#122 彼との愛詩/柊詩葉
「――はい
「ありがとうございました、歌えて楽しかったです!」
紅潮した顔で深くお辞儀をする紡へ、一同から温かな拍手と労いが贈られる。
「いやあ燃えたね」
「心にめっちゃ響きました……」
「これぞ
紡に乗せられてフルで歌い続けたクワイアの面々も楽しそうだった。こんなふうに突発的なノリにみんなで乗っかっていくの、確かに雪坂合唱部らしい。
そしてその熱の中心が紡であることが、詩葉にはこの上なく嬉しい。本当だったら今すぐ飛びついて興奮を分かち合いたいくらいだ。
けど今の私たちは、友人や仲間である以上に、リードボーカルの座を奪い合うライバルなのだ。手を取り合うのは、もう少し先。
「大団円になっちゃって、詩ちゃんはちょっと歌いにくいね?」
冗談めかした
「いや、むしろ燃えてきたよ」
人前で歌うことがほとんどなかったはずの紡がここまで仕上げてきたのは、贔屓目を抜きにしても絶賛に値する成果だ。しかしやはり経験の差は歴然で、合唱部出身者に比べれば粗削りで乱れも多い、喉に負担が掛かりやすい発声でもあった。
詩葉がいつも通り歌えば紡に負けることはない、それは客観的に見て確かだろう。
けど、そうした拙さを越えて心に響く歌だった。
それは詩葉にとって嬉しくて愛おしくて――けどやっぱり、悔しいのだ。
言葉や物語、あるいは生き方なら。
けど、歌では。誰よりも飯田希和と歌声で通じ合えるのは、私であってほしい。歌う楽しさに魅入られた柊詩葉にとって、どうしても譲れない意地だ。
だから気持ちでも、紡に負けたくない。
「じゃあ最後、詩葉ちゃん」
「はい!」
ねえ、まれくん。
もう二度と取り戻せないとしても、君自身が否定したとしても。
君と一緒に歌ったあの時間が、私は本当に大好きなんだよ。
喜びを思い出すたびに、失った大きさを突き付けられるとしても。
絶対に忘れたくないんだ。みんなにも伝えたいんだ、証明したいんだ。
君と私で見つけた幸せのことを、一緒だから奏でられた音色の美しさを。
――愛惜と決意を、胸いっぱいに吸い込んで。
「お願いします」
流れ出す伴奏トラック、
ねえ、神様。あなたがどこかにいるのなら。
希和くんに会いたい、なんて言わないからせめて。
ここじゃないどこかの彼に、私の歌を届けてください。
そう願ってから歌い出す、受け取った彼が絶対に信じてくれるように。
柊詩葉は、飯田希和を誇っていたと。
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