#121 In/Exhale Love
合宿二日目。
前日に決めた女子部屋の起床時刻きっかりに、
朝食前、やたらと動きにキレのある
朝食時に聞いたところ、朝の体操のおまけにヒットソングや子供向けアニメの踊りをねじ込むのが、この合宿の恒例らしい。AKBのダンスについていこうとする
練習、午前の部。発声練習に続き『Rainbow Noise』について昨日の復習、さらに会場全体で歌う『希望の和音』について確認。
そして小休止を挟んだ後、この合宿で最大のイベントが始まる。
「みんな揃ったね――それじゃあ、全体曲リードボーカルのオーディションに移ります!」
まず『Rainbow Noise』だが、リード専用パートである間奏のラップ部分が審査対象となる。一人二票で予選投票を行い、大差で一人が選ばれればそこで確定。複数人が拮抗した場合は協議を行い、一人一票での決選投票に移るか、ペアでリードを担当するかが選ばれる。連携さえできればソロでもペアでもできる曲だからだ。
一方『希望の和音』は男女一名ずつと決まっているため、最初から一人一票である。
「それでは『Rainbow Noise』から、届け出順に候補者を発表します」
個々人での立候補の報告は禁じられていなかったが、全体に発表されるのはこれが初めてである。
「
ここまでは多分、順当な面々。
「
呼ばれた私が返事と共に立ち上がった瞬間、周りが意外がる気配がした――うん、意外で当然。
*
香永ちゃんの指導でボイトレを行う中、私は練習のモチベーションを保つため、過去の合唱部ステージの映像を見返していた。その中でも特に
このときの希和の感覚を知りたい、という欲が育ち。
みんなの前で詞を歌うことが希和を理解する道では、という発想が芽生え。
オーディションの告知が決まった頃、香永ちゃんに真剣に相談していた。
勝算は薄いこと、それでもやるからには全力で取り組むことを前提に、クワイヤの練習と並行してラップ部分の練習を重ねてきた四ヶ月。
上手いとは言えないけど、スタートと比べれば着実に上達はした。その成果を存分に見せる今日にしたい。
歌唱順はくじ引きで決めた。中村・空詠・清水・私・詩葉――上手そうな人に挟まれているし比べられやすい後半だが、もうそういうことは気にしない。希和からつないだリリックを色々な人が歌う貴重な機会、めいっぱい楽しもう。
マイクやスピーカーのテストを済ませ、いざ本番。
一人目、希和たちの一つ上の先輩だった中村直也さん。文化系というよりは運動部らしいゴツくて明るい人で、歌声も太く力強い。それでいてリズムは完璧で抑揚も的確、パワーもテクニックも兼備した良いボーカルだった。
ただ、あくまで私見なのだが、声の色合いやトーンが曲にあまり合っていない気がした。もうちょっと高くて軽やかな方が合う――というか、私は好きだ。
二人目、演劇部の伊綱空詠ちゃん。合唱部とはミュージカルで共演しており、合唱部部長だった
歌うというよりミュージカルでの台詞に近い、語りかけるような表現は、ボーカルやラッパーよりも「主人公」という形容が似合う、独特の存在感を放っていた。クワイヤと一緒に歌って合うかは分からないけど、私はとても気に入った。演劇部部長の
三人目、曲作りから一緒に関わったおなじみキヨくん――正直、圧倒的だった。
男子にしては高めのトーンながらパワフルでもあり、リズミカルな前半と雄大な後半の歌い分けも完璧。HumaNoise初回やミュージカルの映像を観たときもラップが上手いと思ったが、それからさらに練習を積んできたことが瞭然と分かる歌唱だった。周りのメンバーも目を瞠っていた、私の贔屓だけじゃないはず。
仲良しの後輩がこれだけ見事に歌ってくれたら希和も嬉しいだろう、これで決まりじゃなかろうか。
――だから、彼が選ばれたならとても嬉しい、それはそうと。
「続いて
「はい、よろしくお願いします」
負ける前提で歌う訳にはいかないんだ、
「あー、マイクテスト……ちゃんと聴いててね希和くん!」
名前を呼んで心のスイッチを入れる。背中を押すような拍手、その温もりを信じる。
伴奏音源が流れ始める、向かい合っていたクワイアが合唱パートを歌い出す。その仲間たちが一人ずつ持っている希和との思い出を、希和への想いを、空気と一緒に吸い込んで。
大好きだよ、と伝えたかった、この声に乗せて。
"Saved by, "
心から湧き上がる言葉が声になって。
"shined by, "
声は音楽と溶け合って、心に響いて。
"covered by rainbow hearts"
心と心を歌がつないだ、その感触を――追いかけた彼に、私も追いついたと。
確信してからは、緊張も哀惜も忘れていた。
身体を駆け巡る熱も、心の弾む軽やかさも、魂が感じる世界の広さも、初めて抱くような喜びに満ちていた。
"—―Welcome to show by Rainbow Noise!"
間奏のラップ部分を歌い切ったところで曲はフェードアウト、という段取りだったけど。誰が言い出すでもなく、誰も止めることなく、クワイアのみんなは歌い続けてくれた。
自分の言葉に仲間が応えて歌が広がっていく、リードボーカルという役を。束の間、特別に、私は経験できた。
――ねえ和くん、私も分かったよ。
それでも君が、歌を信じ愛した理由。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます