#119 心のドアをQuizでKnock!
日没頃まで続いた練習はとても楽しかった――けれど勿論、楽しいばかりではなかった。明確なお手本がなかったこともあり、目指すべき方向性を模索するための歌唱も何度も繰り返された。そして固まった理想に近づくための改善点も山積みで、つまりは相応にハードな練習だった。
しかし、やはり
「――よしオッケー、超格好良くなってるよみんな!」
最後のテイクへ、
「私も振っててすごい気持ち良かったです、明日もこの調子で進化していこうね!」
それからまずは晩ご飯、どの料理もとても美味しかった。以前の合宿のレクで行われた寸劇の話を聞いて、ちょっと行儀が悪いくらいに大笑いしてしまった。『推理熱唱シンフォニア』って何やってんの
続いてお風呂。もしかしたらカムアウトした詩葉と陽向のまわりがギクシャクするのでは――という懸念とは裏腹に。
「ところで……どっちから告白したの?」
「ってかそもそも陽向って詩葉さん目当てで雪坂に来たんだよな」
「えっ一目ぼれでそこまでしたんですか陽向先輩!?」
……などなど、男子がいないのをいいことに囲み取材が白熱していた。まあ距離取られるよりは良いんだろうけど。なお本人はというと、陽向が開き直って熱く語ろうとするのを詩葉が全力で止めていた。可愛かった。
後、女性陣全体の印象として。ステージに立つ人が多いからか、プロポーションやスキンケアへの意識の水準が高い――と、私には思えた。こういう場が久しぶりすぎるので何とも言えないが、ボディラインの綺麗な人が多くてちょっとビックリするくらいだったのだ。
なお香永ちゃんの筋肉も凄かった、さすが友達をお姫様抱っこできる女。
そしてめいめいが大部屋に移動、夜のお楽しみタイムである。
*
「それではいよいよ開催です――雪坂紹介ウルトラクイズ~!!」
「いぇ~い!!」
「司会は私、
「さっちゃん可愛い!」
「ありがと~、お金ちょうだい?」
「いくらですか!」
「沙由先輩、進行進行!」
「はいはい、じゃあ改めて企画の説明です!」
今回のレクとして企画されたのは、参加メンバーのエピソードを題材にしたクイズを集めたゲームである。一人二問ずつ持ち寄りシャッフルして出題、作問者以外に解答権がある。
「なので、問題の元ネタになった人が答えてもOKです。ただ、」
沙由ちゃんはパソコンに目を落としてから、悪戯っぽく微笑む。うっわ可愛い。
「自分で答えるには恥ずかしい問題が……ちょっと多い、かな?」
どよめく一同、実態は体のいい黒歴史暴露大会である。
「問題はこのホワイトボードに映します、答えが分かった人から挙手してもらって私が当てます。間違えたらスクワット五回で復活、減点はありません。なお得点が一番高かった人には、豪華景品~~」
溜める沙由ちゃん。
「よりももっと嬉しい、この場のみんなからのスペシャル褒め褒めタイムがあります!」
つまりはゼロ円景品である、けど一同は盛り上がっていた。
「それでは早速第一問、出題者は
〈
「ちょっと倉名くん!?」
怒り出す和可奈さんに、栄太さんは「もう時効でしょ」と涼しい顔。そして早速、
「テスト前夜はダーリンとお楽しみでしたねだったから!」
「こら陽子!」
「ブー……けどちょっと近い!」
陽子さんは「近いの!?」と驚きつつスクワットを開始、ご丁寧にフルスクワットだしめちゃくちゃ速い。一方の私はメタ読みを始めていた、栄太さんは関係者しか分からないようなクイズを出す人じゃないだろうから推理でたどり着けるはず、そして彼氏が絡んでおり、三学期のテスト――ということは。
「はい」
「お、
普通に答えようと思ったが、せっかくだし立ち上が熱演してみる。
「だってぇ……女子高生だもん、テストでいい点取るよりバレンタインで彼氏のハートを奪うお勉強の方が大事~~」
「……オーバーキルだけど、まあ正解でいいでしょう!」
わお、当たってしまった。
「いやそこまで言ってないもん!」
抗議する和可奈さんをスルーして、沙由ちゃんは正解を発表する。
「正解は〈バレンタインの研究に集中してたから〉です、ほんとですか和可奈さん」
「ちょっとスマホで調べただけでちゃんと勉強もしてた、そもそもツッコミ待ちの小ボケだし、そんな小ボケをなんで何年も覚えて……ってかひどいのは倉名くんだよいっつもいっっつも私より早く寝てるのに高得点で」
「ふっ、賢くてごめんね」
「うざ!!」
――という賑やかなスタートを切ったクイズ大会、以下は個人的なハイライト。
*
「出題者は
〈陽子が「前に校長が話してた、チンコ痒くて漏れそう~みたいなことわざなんだっけ」という思い出し方をしていたのは、どんな言葉?〉
「おい由那!!悪意!!」
「だって実際言ってたじゃん」
「こんな下品なワード、生まれてはじめて言いましたよ……お、紡さんどうぞ」
「天網恢々疎にして漏らさず」
「正解、さすがです!」
「紡さんもガチ当てしないで恥ずかしいから!」
*
「出題者は紡さんです」
〈紡が詩葉&陽向の新居に泊まったとき、紡の寝相が悪いせいで起こってしまった事件とは?〉
「――はい速攻で手が上がりました香永」
「布団を越境して詩葉さんに接触したせいで陽向がキレた」
「そうなんですか陽向ちゃん?」
「よりによってお腹に頭突っ込んでたんだよこの人!」
「というわけで正解です。どんな気分でしたか紡さん」
「目線だけで命の危機を感じたのは初めてでした」
「私が熟睡してる間にそんなこと……」
*
「出題者は
〈次の会話文の空欄を埋めよ。
希和「結樹さん、先生に物理を教えてもらったそうだけど、ここから巻き返せそう?」
結樹「中国大返しばかりに巻き返すぞ」
希和「それは良かった、????だね」
結樹「その返し邪悪すぎるだろ」〉
「――はい、
「解けぬなら教えてもらおうホトトギス」
「いいことだけど違います、はいスクワット――陽子さん」
「職員室では先生とお楽しみでしたね」
「もうそのネタ飽きました、希和さんにも結樹さんにも謝りながら屈伸してください――詩葉さん」
「その場で聞いてたけど意味分かんなかったので覚えてないです!」
「じゃあ挙手すんな! はいキヨくん!」
「敵は己の煩悩にあり」
「韻は踏んでるけどそっちじゃない……ちょっとキヨくん屈伸が浅いよ、フルでやる!」
紅葉奏恵さんが「そもそも歴史ネタが周知だって前提がおかしいんだよこの空間」と愚痴りだすのを横目に、私は希和の心理をトレースする。「中国大返し」といえば、信長に謀反した光秀を討つための秀吉の行動だ。それを踏まえて邪悪ということは、秀吉や豊臣勢にとってマイナスの――ああなるほど、大坂の陣。
「はい紡さん、そろそろ決めてください!」
「国家安康、君臣豊楽」
「お見事!」
「信じてたよ紡さん……!」
「シェアありがとう結樹さん……!」
固く握手を交わす私と結樹さんを、
*
「出題者は春菜さんです」
〈校外の合唱部の集まりのことです。集合場所に早めに着いた私は、先に来ていた部員と合流しましたが、後になってからそれを後悔しました。どうしてでしょう?〉
「はい、キヨくん」
「来ていたのが香永と沙由さんだったので二人におやつ代をたかられた」
「スクワット百回! はい
「先に来ていたのが
「違うけど近いです、はい
「清水先輩が物陰から幼女百合を観察しているところを見てしまった」
「違うけどナイス追撃、スクワット免除です」
「僕の名誉どうしてくれんの!?」
「キヨくん百回終わるまで喋っちゃダメ……はい詩葉さん」
「その……私とヒナが先に集まってたから?」
「もっと具体的に」
「えっ言うの? あの、HumaNoiseライブの準備でね、女子部員で衣装を買いに行こうってことになって、せっかく休日に集まれるなら早めに来てデート気分を――ってそういう企画じゃないよね今日!」
*
「出題者は香永、四択問題なので各選択肢に挙手してください」
〈次のスライドで映るのは、四歳の私が〇〇にキスをしている写真です。その相手は次のうちどれ?
A:倉名パパ、B:倉名ママ、C:栄太お兄ちゃん、D:なかよし沙由ちゃん〉
騒然とする会場。即座に緊急離脱を試みる栄太さんを、中村さんと真田さんの同期男子コンビがガッチリ拘束している。和可奈さんは「倉名くんから聞いたことある! 昔の香永ちゃんキス魔だったって!」と叫んでおり、当の香永ちゃんは貫禄の笑みを浮かべていた。どんなメンタルなのこの子。
そして私は真剣に答えを考える。栄太さんをいじるために兄妹キスを暴露――というのがこの場に対する王道。しかし今日の沙由ちゃんはアイドルモードに振っている、ならば。
「それじゃあ回答に移ります、正解だと思う選択肢に手を挙げてください!」
C(栄太さん)とD(沙由ちゃん)で半々に割れた、私はDに挙げた。
「それでは正解です、はい!」
今日一番の悲鳴のような歓声――ピクニックの一幕だろう。沙由ちゃんの頬に唇をくっつけている香永ちゃんと、嬉しさ満開の笑顔を爆発させている沙由ちゃん。想像していた以上の、凶悪なまでの可愛らしさである。みんな惚れちゃうでしょこんな子、そして十数年もずっと仲良いんだこの二人。
「というわけで正解はDでした、他を選んだ人は仲良く屈伸してくださいね」
真っ先に動き出した結樹が、拝むように両手をこすり合わせながらのスクワットを敢行していたので、他の面々もそれに倣っていた。怪しすぎる儀式の爆誕である。
ちなみにその後、オマケとして。楽しみにしていたソフトクリームを妹に強奪されて半泣きの倉名栄太くん(五歳)の写真が提供されて、今日一番の笑いが起きていた。栄太さんは目を閉じてフィボナッチ数列を数え上げていた。
*
「出題者は紡さんです」
〈希和くんは紡とのネット文通の中で、合唱部での活動について触れていました。ではその中で「合わなかった者同士が共同作業したところ、意外と楽しかったし上手いこといった」と述べていたのは、何のこと?〉
「シリアス回ですか紡さん」
「シリアス回だよキヨくん」
清水くんがしばらく唸ってから回答したのは「HumaNoiseライブでの衣装選び」だった、希和は思っていそうだったが私の想定とは違っていたので誤答。キヨくんの足のライフはもうゼロよ……
それから「バスパート練習」「演劇部との衣装製作」「ミュージカルでのメイク挑戦」などが挙がるがどれも不正解。みんなでスクワットしながら頭を捻って希和について思い出す空間、面白いでしょ和くん?
そんな混沌とした空間でえいっと手を挙げたのが、希和の同期だった藤風さん。
「はい
「ウチらが……二年だよね、文化祭でやったドレミの英語ラップ、ウチと飯田と直也さんでやったやつ!」
沙由ちゃんは正解を告げようとして、私に視線をスライド。
「――で合ってますか紡さん?」
「合ってます! ありがとう藤風さん!」
いそいそと握手を求めにいくと、藤風さんも笑って応えてくれて、そして。
「――ありがとね飯田も!」
どこか照れを滲ませた声は、私の心にとても嬉しく響いたのだった。
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