#118 はじめましての、ただいま

「はい、発声練習お疲れ様でした! 続いてはパート練習になるので各パートリーダーについていってください。ソプラノは私、アルトは奏恵かなえ、男声はジェフさんです――はい、どうぞ!」


 和可奈わかなさんが手を鳴らすのに合わせてそれぞれが移動開始、パートごとに距離を取って部屋中に散らばる。

「はい、アルトこっちです!」

 パートリーダーは赤紫の髪色が目を引く紅葉もみじ奏恵さん、希和まれかずたちの一つ上の先輩だ。今は音楽系の専門学校に通っているという――ちなみにRNPJ参加の学生のうち、プロとして音楽に携わろうとしているのは彼女だけだ。後は音楽科教諭の松垣まつがき先生くらい。


 その奏恵さんがキーボードの周りに集まったメンバーを見回し、立ち位置を指示していく。恐らく、気になる人の声が聴きやすいように。

「じゃあつむぎさんは……香永かえとは離しちゃって大丈夫ですか?」

「ええ、そのつもりで来てます――でいいんだよね香永ちゃん?」

「OKです! 怖がらずに行っちゃってください!」

 ということで、私は奏恵さんに一番近い位置へと呼ばれた。ちゃんと見ようとしてくれている、応えねば。


「はい、じゃあ改めて……あたしがパーリーやらせてもらいます、よろしくお願いします」

「お願いします!」

 パート一同が声を揃えた後。

「また奏恵さんと歌えて嬉しいです」

 付け加えた結樹ゆきに、奏恵さんは「あたしも」と笑みを返す。全然タイプ違いそうだけど仲良いんだな……


「じゃあ『Rainbow Noise』について、あたしのピアノ伴奏に合わせて一通り歌ってください――はい、」

 イントロを聴きつつ右手で拍を取り、左手で楽譜を掲げて音符を追い、歌い出しが近づいたところで視線を上げ――自然と目が合った春菜はるなと、微笑みを交換して、一緒に息を吸って。


 ――ああ、どうしてだろう、とても懐かしい。


 春から香永かえちゃんに教わってきて、このメンバーと合わせるのは初めてで、緊張だってしていたはずなのに。

 息を、声を、言葉を、想いを揃えるこの場所に。帰ってきた、なんて、どうして思えるんだろう。


「――はいありがとう。みんなよく練習してて安心しました」

 奏恵さんはパチパチと手を叩いてから、私の方を向く。

つむぎさん」

「はい」

「歌うの初めて聴いたけど、思っていた以上にしっかり声は出てるし、音も取れてます。自信持ってください」

「ありがとうございます、励みます!」

「はい、ただ……色んな感情が詰まった歌とはいえ、練習ではもうちょっと落ち着いたテンションで」

「自覚してます……合わせられたことに、ちょっと感動しちゃって」


 隣にいた結樹に背中を叩かれ、「だから分かってるもん!」と返す。なんだか今日は末っ子気分だ。

「オッケーです、じゃあ……気になったところピックアップしていきますね、」



 久しぶりとはいえ、年単位で合唱に取り組んできた面々である。奏恵さんのディレクションは発音からグルーヴまで多岐に渡り、私以外のパートメンバーが続々と応えていくのも肌で分かった。

「はい、じゃあちょっと休憩にしよっか。他パートの様子も見たいしね」

 奏恵さんの指示に力が抜け、思わずその場にしゃがみ込む。

「おお、紡さん大丈夫?」

「ありがと春菜ちゃん、ライフってよりMPが削れた……みんなレベル高いもん……」

「私たちは何年もやってるからね。紡さんこそよくついて来てるよ」

「そうそう、オレの合唱部一年目よりは絶対に上手いって」

 持ち上げてくれたのは元部長の陽子さん。ボーイッシュな雰囲気も相まって、少年誌やホビーアニメの主人公のような頼りがいを感じる人だ。


 アルトのメンバーと一緒に、練習を続けている他のパートを観察。

 まずは和可奈わかなさん率いるソプラノ、女子校的な華やかなムード。詩葉うたは陽向ひなたも参加しており、当然のように隣り合っているけれど。

「詩ヒナコンビ、やっぱり練習中は真剣なんだよね」

 私のコメントに結樹が頷く。

「特に陽向は普段からメリハリを心がけてるからな……合間とか休憩中は逃さずくっついて充電してるけど」

「オキシトシン充電かな」

「活動電位は動くからね間違いない」


 一方、ジェフさん率いるテノールパート。男子全員が集まるとやはり賑やか――と思いきや。

「結構真面目ですね、雪坂ゆきさかボーイズ」

「伝統的にカカア天下なんですよ合唱部、ふざけると良いことないって皆さん学んでますから」

 答えてくれたのは、つい先月まで現役合唱部員だった伊綱いづな和海なごみちゃん。まさに合唱女子らしい、しっかり者の経験者である。

「和海ちゃんも部長だったんだよね」

「ええ、ここ最近の部長はみんな女子ですね。男女混合の文化部だとそうなりがちじゃないです?」

「私のいた吹奏楽部もそうだったなあ、ガンガン仕切っていける女子と行儀のいい男子が集まりがちなんだよねえ」

「まさに仕切りたがる女なので全面同意です」

「あはは、私もそういうタイプだった」

 そうした習慣もあって不登校になったようなものだが、今となっては苦さも薄れている。母校よりも母校らしく思えてしまうのだ、雪坂高校は。



 それから他パートも休憩に入り、続いて全体練習。松垣先生が前に立ち、並んだ一同を見渡す。

「――うん、いい景色だね」

 純粋な愛情の伝わる笑顔に、私の頬も綻ぶ。

「久しぶりの君もはじめましてのあなたも――と思ったけど、このメンバーで歌うのはみんな初めてだもんね。よろしくお願いします」

「お願いします!」と声を揃える一同。


「それじゃあ『Rainbow Noise』歌っていきましょう。和可奈ちゃん、コンダクトお願いね」

「はい、先生ご指導お願いします――じゃあみんな、始めましょう」


 スピーカーから前奏が流れ始める。

「楽しく歌おうね!」

 和可奈さんの声に応え、体を揺らしはじめる部員たち。私も真似ようか迷って、思いきって体の力を抜く。まずは、心が赴く方へ。


 和可奈さんが両手をかざす、歌へと呼吸を整える。

 吸い込んだ息の温度。

 放たれた声の、重なっていく歌の、広がる和音の、心地よさは。


 ――ああ、やっぱりだ。

 和くん。懐かしいね、やっとまた会えたね。

 この時間、この場所、本当に好きな人たちに。

 

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