#74 君が踏み出した道へ、私も一緒に
私は
「おお、はるちゃん格好いい……」
ハンドルを握る春菜を見て、後部座席の詩葉は感動したようだった。
「ちょっと大人に見えるでしょ」
「うん、なんか一気にお姉さんな感じ」
この辺りでは車のニーズが高いため、春菜や結樹は高校卒業直後に免許を取ったらしい。
「けど春菜は本当に運転上手いよ、私はここまでスムーズにいかない」
結樹の言う通り、乗り心地は快適だった。正直、急発進しがちな地元の父の運転よりもホスタピリティがある。
車内には春菜セレクトの合唱曲が流れており、三人の思い出話も盛り上がっていた。合唱曲だと恋愛に絡む歌詞があまりないので、私も聴きやすい。
「しかし
生前の彼からも聞いていたが、実際に会ってみるとより強くイメージされたのだ。
「難しい役回りだったよね、私が女子ひとりだったら絶対無理だもん」
詩葉が答えた。男子の集団の中に詩葉ひとり、という光景を想像すると「サークルクラッシャー」という文字が浮かんだ。これは黙っておこう。
「けど結樹ちゃんは紅一点の方が合いそうだよね」
春菜に振られ、結樹はむすっとした表情で答える。
「だろうな、姉貴面は得意だし……むしろ私は、女子だけの集団が一番苦手な気がする」
どうしてかと私が訊くと「効率厨だから平等志向に配慮できない」とのことだった。
「ああ、そういう……私も中学のときは吹部でクラリネットのパーリーしてたから、なんとなく分かるよ。結樹さん、上司にいたらいいけど部下にすると持て余しそう」
結樹が吹き出す。
「辛辣だけど合ってるんだろうな……今はあんまり目立たないようにしてるよ」
ちなみに春菜は「面倒見すぎちゃうからリーダーには向いてない気がする」とのことだった。性格と性別の組織論、当たり前だが理想は人によって違う。
かつての仲間の話を聞いていると、やはり
「よくも悪くも他の男子とは違ったよな……多分あいつ、男子だけの集団でもやりにくいんじゃないか」
結樹の推論。
「だよね。キヨくんもそういうところあったと思うの……だからあの二人、仲良かったんじゃないかな」
話を聞いていないはずの春菜もそれを推測しているようだった、勘いいな彼女……
「そういえば大丈夫なのかキヨ、相当落ち込んでたみたいだけど」
結樹が訊くと、詩葉が答えた。
「みんな真剣に練習できてるよ~ってヒナからは聞いてる!」
それからしばらく、合唱部の後輩たちの話になる。私はあまり知らないなりに、彼女たちの話を聞いているのが楽しかった。
*
雪坂の出番が遅い時間ということもあり、別で来ていた卒業生たちとも会場近くのファミレスで待ち合わせていた。
そしてもう一人、目を引く綺麗な女性。倉名が話していた「部長だった女性」だろうと、聞く前から分かった。
「はじめまして、紡さん。合唱部卒業生、
人当たりが上手いな、と初手で感心してしまった。
「はじめまして、
「はい、聞かせてもらってます。
和可奈は三年生で就活中。今はサークルの運営を退いているが、かつては部長を務めていた。希和たちが合唱部として参加したライブでの中心人物でもある。
そしてこの場でも、自然と場の中心になっていた。みんな彼女に会いたがっていたのだとはっきり分かる。これだけ目立つ美人なら敵も多そうなものだが……みたいに思ってしまうのは、私が荒みすぎだろうか。
全員がオーダーを終えたところで、和可奈がぱちんと手を鳴らす。
「はい、積もる話もあるけれど……新企画の作戦会議のゼロ回、やっていきましょう!」
ひとしきり一同が拍手した後、倉名がコメントを差し込む。
「山野さんのゼロ回って言い方いいよね、高二の三学期は高三のゼロ学期みたいな」
「ああ、倉名くんひどいよそのつなぎ方!」
私にも聞き覚えがあったので笑ってしまう、全国の高校で流行っているのだろうか。
「はいはい……じゃあそうだね、
「うっす」
今のサークル代表である中村が進行役になる。なら最初から彼が、とはならないのだろう。和可奈から任されることに意味がある、そんな空気だった。
「この前に紡さんに部室に来てもらって、そこで色々話したんですね」
希和の遺稿からオリジナルの曲を作ろう、というのが当初の目標だったのだが。あれこれと話すうちに「同窓会みたいに、かつての知り合いが集まれるステージがあると楽しいよね」という案が持ち上がってきたのだ。
それについて、人数を増やして意見交換してみよう……というのが今回の趣旨である。
和可奈はライブ運営に携わっていたこともあり、練習や公演に必要な期間や費用について具体的な案を出してくれる。それだけ聞くと、クオリティの伴う同窓会ライブは難しいと思われたのだが。
「HumaNoiseの定期ライブと同時開催にすれば、費用の問題はクリアできると思ったの。セットリストも短くていいし、サークルのメンバーとの共演みたいな形も取れそうだし」
和可奈の提案に、後輩たちも頷く。私も納得していた、やれるとしたらそれくらいだろう。
「ただやっぱり、別々のところに進学した人が一緒に練習するのは簡単じゃないし、ロクに練習しない内輪ノリの演奏は……良くないというか、私はすごく嫌い」
和可奈はあえて強めの表現を選んでいたが、それも納得。続いて中村が発言する。
「和可奈さんの言う通り、HumaNoiseのサブでやるにしてもハードルは高いってのは分かります。ただ、そのハードルに立ち向ってでもやる意味ってあると思うんですよ……雪坂でやってた音楽とか、一緒にやってたみんなのこと、このまま過去にしたくないので」
中村の言葉に、詩葉も続く。
「私もです……私は合唱部のこと、何年経っても帰ってこられる場所だと思ってるんです。皆さんが集まる場所はもちろん、一緒に歌う場所だってそうです……私が浪人で、新しい場所に行けてないからかもしれませんが」
尻すぼみになる詩葉の背を、結樹が「私もだよ」とたたく。
続いて由那も。
「現役のときにいくら付き合いが密でも、放っておくと疎遠になっちゃうのは私も感じてました。帰ってくる理由があった方が長続きするかなって……けど進学先で忙しい人とかも多いかな」
「まあ、来れないなら来れないで良いんじゃね? やることあるなら良いことだし」
「直也くんは相変わらず豪快すぎるよ、そういうの簡単に断れる人ばっかじゃないんだし……
由那と中村の議論、不参加の人を出してしまうことの心理的なリスク。
……こういうの気にする空気感、久しぶりだな。
その論点に和可奈も入ってくる。
「由那の心配はすごく合ってるよ、そういう細やかなところ推せるし。ただね、仲間外れが出ちゃうかもしれないからそもそも止めとこうってのは勿体ないし、私はやる方向で進めたい派だな」
朗らかに言ってから、少し目を伏せて。
「……大事な人に会えなくなっちゃうのは怖いけど。みんなの中から私が消えちゃうことも怖いんだ。だからみんなと歌いたい、一緒に音楽やった自分を更新したい」
和可奈が語ったのは、詩葉からも聞いていた感情だった。突然に自分がいなくなる恐怖に釣り合うのは、どこかに自分を遺したいという願い――それは、希和の創作とも同じだ。
今日集まっている面子は、総じて前向きに考えているようだった。しかし、後輩のステージを見に来ているということは、部への思い入れが強いということでもある。その逆が、私には気にかかった。
「あの、部外者が言うのもなんですが……ここに来てない人にとって、合唱部はすっかり過去なんでしょうか?」
しばらくの沈黙の後、中村が答える。
「やっぱりさ、やるぜって言えば来そうなんですよ、あいつらなら」
「だよねえ」
和可奈も笑う。
「
詩葉が訊き、結樹が「自分の出番できるなら来そうじゃん」と答える。
その様子を見ていると、私はまだ直接知らない人たちなのに、一緒に活動できる自信がしてきた。自分たちができる新しいことへの貪欲さ、それが分かる気がした。
前向きな空気を受けて、中村は先の見通しの話を始める。
「やるとしても来年かね。今のHumaNoiseのライブが十二月なんで、そのときに同時開催だと費用も集客も考えやすそう」
「だね、お姉さんも同感だよ」
和可奈をはじめ全員、これには頷いている。私も納得だった……というより、それしかないと思っていた。ただ私から混ぜてくれとは言い出せなかった。そうはいっても部外者である。
「そうだ紡さん、飯田の歌詞から作る曲ってのは、どういう段取りなんだっけ」
結樹に聞かれる、前にHumaNoiseの部室でも話したことだ。
「まだ具体的には決まってないですが……メインの作詞は私にやらせてほしいと考えています。メロディーについては、ジェフさんも出来るとは話していましたが、他にやりたい人がいれば譲ると。確か中村さんたちの同期で、作曲が得意な人がいたとか」
中村が答えてくれた。
「音楽の専門学校に通ってる奴がいます。ただそっちの方で忙しいですし……正直、あんまり希和とは相性合わなかったですね」
希和も語っていた、ずっと足を引っ張ってしまっている先輩がいると。ひとまず、その人は当てにできなさそうだ。
代わりに、詩葉が手を挙げる。
「おう柊、どした」
「はい、私にも作曲のチャンスほしいです。ダメだったらボツでも全然いいんですけど、せめて挑戦したくて」
覚悟を決めてきたらしい雰囲気だった。すれ違っていた希和と共作で歩み寄ってきたのが彼女である、今度もそうやって彼と向き合おうと決めているのだろう。
「先輩方からはイメージ薄そうですが、その手の素養もありますよ詩葉は」
結樹に背中を押され、詩葉は顔を輝かせる。
「……結樹ちゃんいつのまにかデレデレ?」
由那がぼそっと呟き、結樹は「離れるとそうなりません?」と返した。以前の結樹はもっとツンツンしていたのだろう。
「紡さんはどうかな、詩ちゃんとの共作」
春菜が私に訊いた。
「歓迎だよ、できるか自信ないけど……」
詩葉と目が合う、その向こうにいる希和が見えた気がした。
「……自信はないですけど、覚悟と希望ならありますよ。
それにきっと、和くんがやりたかったことを一番理解しているのも私たちです」
大げさな言い方しちゃった、と口にした瞬間に思ったが。
「その調子!」
「格好いいじゃん紡ちゃん!」
みんなに拍手された。慌ててお辞儀を返しつつ、口元が緩む――こんな瞬間、和くんにもあったかな。君もそうやってチャレンジしてきたなら、私も調子乗っていいかな。
詩葉と目が合う、頑張ろうねと笑う、その瞬間も。
一緒にテーブルを囲んでのランチも、コンクール会場へ向かう間も、ずっと不思議なぬくもりに包まれていた。知り合ったばかりの人も多いのに、ずっと前から一緒だったみたいな錯覚でいっぱいだった。
私の中の希和が懐かしんでいる、そんな気がした。
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