#54 告白は、本当に友達になるために

 私が希和まれかずに向けていた好意、その形を詩葉うたはは訊ねた。


「どんな好意……ですか。最初は、ファンが憧れの作家に向けるような感情でした。友達のように付き合えるだなんて思ってもいなかったです。

 けど、連絡を取り合うようになってからは、より親密で対等な関係になりました。お互いの深いところも見せ合ったり、一緒に小説の案を練ってもいましたから……憧れで、親友で、相棒、そんな人です」


 陽向ひなたに言われた通り、私の恋心は隠す。詩葉はしばらく私をじっと見つめた後。


〈まれくんが亡くなる前の日、彼から電話がありました。つむぎさんから直接会おうと誘われたことを話してくれました〉

 事前にスマホに用意してあったと思しき、長い文。


〈彼は誘いに喜びつつも、それ以上に心配そうでした。

 生身の自分で対面したら、紡さんに幻滅されないか、紡さんの中の彼のイメージを裏切ってしまわないかということ。

 そして、紡さんに会うことで、恋してしまうことを〉


 叫びを飲み込む。だってそれじゃ、そんなの。


〈内面が通じ合っていたからこそ、男女を意識してしまったら恋の好きになってしまうと、それは紡さんを裏切ることにならないかと、心配していました。

 私は、紡さんのことは何も知らなかったけど。お二人が恋人として結ばれる素敵な未来を願っていました。

 あなたは、どうでしたか? まれくんに恋されたら、嫌でしたか?〉


 三年間、探し続けていた答えを見せられて。押し込めていた言葉が、あふれていく。

「……私は、私は、和くんを」


「つむ――」

 制止するように陽向が声を上げるが、詩葉に触れられ声を呑み込む。二人がしばらく見つめ合った後。

「紡さん。本当のことを、答えてください」

 陽向の言葉が、引き金になった。


「……私は、和枝かずえくんに、希和くんに」

 もう一度息を吸う。陽向の前ではすぐに言えたけど、詩葉と向き合うとこんなに喉が重い。

 けど、伝えたい、知ってほしい。私が言わなきゃ、いけない。


「恋を、していました」


 その二文字が露わになると、もう止まらない。


「好きでした、大好きでした、ずっと恋人になりたかったです。

 会ったこともなくて、声も顔も知らなくて、彼が語る通りの人かも分からなくて、騙されてるかもしれなくて。それでも好きで、好きで、たまらなかった人です。いつか彼にこの想いを届けることが、彼が応えてくれることが、一番の望みでした。それを希望に生きてきました、彼がいたから生きてこられました」


 言い募ってから、涙に詰まる息を整えていると。


 詩葉は震える手で、私へスマホを差し出していた。


〈本当にごめんなさい。

 私は、あなたの大切な人を、傷つけました〉


「そんな、」

 反射的に答えかけて、詩葉の表情が目に入る――ああ、本気だ。


 詩葉は心から、私に詫びている。私が愛した彼を傷つけたことについて、私に許しを乞うている。

 確かに私は、詩葉に嫉妬していた。怒りすら覚える日もあった。

 今だって、あまりに希和が報われないことに、気持ちの折り合いがつけられない。


 けど。

 詩葉はただ、自分が望む恋と愛を貫いただけで。

 自分のとは合わなかった希和の恋が、別の誰かとなら叶うと信じていただけで。


 そんなに、自ら責めるような痛々しい表情をする必要なんて、どこにも。


「――詩葉さん、」

 震える詩葉の手を、そっと握る。

 

 ねえ、和くん。きっと君は、彼女がこんな顔をすること、絶対に望んでないでしょう。


「あなたは、何も悪くないですよ」


 君のために私ができること。

 君のせいで彼女が苦しまないようにすること。


「私は、あなたを責めようだなんて、少しも考えていません。あなたはただ、自分が望む生き方を選んだだけです。和くんが失恋で傷ついたとしても、それは、仕方ないです。人と人が生きていくうえで、どうしても必要な痛みです。彼だってそれは分かっています。

 それに私が好きになったのは、あなたと出会った和くんだから。あなたが和くんと出会ったから、私は和くんに救われました」


 どうしようもなく、それが真実だ。

 私は、希和だけを見て彼に惹かれたんじゃない。彼が詩葉に向き合う姿にこそ、恋焦がれてたまらなかった。


「和くんは。詩葉さんと陽向さんのこと、応援してたんですよね。幸せを祈っていたんですよね。私は和くんの言葉を信じてます。だから……誰にも、あなた自身にも、あなたを責めてほしくありません」


 詩葉は、じっと目を閉じて私の話を聞いていた。

 涙が溢れていた瞳が、ゆっくりと私を映して。

 

 そして、スマホの文字と、かすかな声の両方で、彼女は私に伝えてくれた。


「紡さん。まれくんを、好きになってくれて、ありがとう。

 私と、友達になってくれませんか」


 ――それでいいんだよね、和くん。

 お互いの痛みを癒やすために、私たちは手を取り合える。きっと君は、そのことを希望と呼ぶよね。


「うん、私も詩葉ちゃんと、友達になりたい。

 和くんがいなくなった、その寂しさに押しつぶされて終わりたくない」


 詩葉を見つめる。その瞳が覚えている希和が見つかるくらい、深く見つめる。


「詩葉ちゃんの後悔は、私が救うから。

 私の孤独を、詩葉ちゃんに救ってほしい」

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