#50 Your Real Name
「どうぞ、あの子に会ってあげてください」
写真の中、微笑んで――微笑みを浮かべようと頑張っている、学ランの男の子。
少し焼けた肌。短く揃った黒髪。黒縁の眼鏡の向こう、気弱そうな瞳。
きっとこんな人だと、私が描いていた通りだった。私とよく似た眼鏡で、最初からお揃いだね、なんて今さら思った。
「かず、くん」
呼びたかった名前。私の声で君に届けたかった名前。
「かずえ、くん」
君がつけた名前。私に教えてくれた名前。
「……まれかず、くん」
君につけられた名前。私が知らない長い時間を――もっと長いはずだった人生を、生きてきた名前。
呼びかけても、写真の彼は答えない。もう永遠に返事はない、らしい。
それでも、分かる。分かってしまった。
「君はずっと。生きていたんだ、ここで」
偽物じゃなかった。高校生の
りんを鳴らし、合掌する。私がここで取り乱したらいけない。ずっと彼を育ててきたご家族の前で、ネット越しの知り合いでしかない私が取り乱したらいけない。上品に、行儀よく、礼儀を尽くさなきゃいけない、のに。
立てなかった。希和の前から、離れられなかった。
亡くなったなんて嘘であってくれないか。質の悪い冗談か、何かの間違いである可能性に、どこかで縋っていた。
けど、本当に彼は、この世界から旅立ってしまった。
待っているはずだった幸せ、歩むはずだった道、もっと一緒にいたかった人、何もかもを置き去りにして。
「
喉が震える。積み重ねてきた、太らせすぎた想いが溢れていく。
「本当に。君に、あいたかったよ」
会って、この声で、伝えたかった。どれだけ君に救われたか、どれだけ会いたかったか。
けど、もう、永遠に。
喉が、目が、壊れたみたいだった。
涙と、叫びが、体を塗りつぶしていった。
言葉にならない声で、ずっと叫んでいた。
和枝くん。希和くん。
私は本当に、心から、君が好きだよ。
人生を照らしてくれる物語をくれた小説家が好きだよ。
私に輝かしい役目をくれた共演者が好きだよ。
不器用なくらい優しい、恋に悩み続けた男の子が好きだよ。
この声で呼びたかった。
この体で抱き合いたかった。
この世界を、君の隣で歩きたかった。
君が生きてきたより長い時間。
私たちが言葉を交わしたより、ずっとずっと長い時間を。
君と一緒に、生きていたかった。
この世と天国は、どれだけ離れているだろうか。
これだけ苦しいなら、こんなに叫んだなら、その少しだけでも君に届くんじゃないだろうか。
涙の一滴でも、声が揺らした空気の一欠片でも、君の魂に届いてくれればいい。
どれだけ君を愛していたか、最後に君に知ってほしい。
なのに。
涸れて、嗄れても、届いた気配なんてどこにもなかった。
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