#49 Their First Meeting / 月野 陽向

「……で、そのつむぎさんがね。今度の連休に来ることになったんだけど、」

 会いたい? と陽向ひなたが訊ねる前に、詩葉うたはは陽向の腕を掴む。


「会いたいんだね?」

 詩葉は頷き、スマホに文字を打っていく。

〈私が会わなくちゃいけない人だよ〉

〈その人、まれくんのこと、すごく大事に想っているんじゃないかな。だから、ちゃんと話したい〉


「分かった。じゃあ、まずは飯田いいだ家に案内して、それからここに連れてくるね」

 お願いします、と言うふうに詩葉は頭を下げる。真似して陽向もお辞儀して、二人で少しだけ笑う。

 詩葉は陽向に抱きついて、耳元で囁く。


「ヒナ、」

「うん?」

「すき、だよ」

 かすれた無声音だけど、詩葉の声はしっかりと陽向に響いた。

「ありがと、私も大好きだよ」


 詩葉に抱きしめられる力が強くなる。

「迷惑、かけて、ごめんね」

 陽向は詩葉を見つめて、はっきりと言い切る。

「迷惑だなんて、私は全く思ってないよ。それが詩葉にとっての向き合い方なら、支えるのが私の役目で……支えられるのが私の喜び、だから」


 詩葉のそばにいたいと願いながらも、離れるしかなかったのが希和なのだ。今の陽向には、彼の遺志だって掛かっている。

 詩葉と額を合わせながら、陽向は何度目かの誓いを立てる――君の心を、絶対に守り抜くんだ。



 紡は大学の先輩に付き添われて、信野市を訪れるという。

 約束の日、陽向はみのると共に、紡たちを駅まで迎えにきていた。


 到着を待つ間、陽向は穣に訊ねる。

「お父さんもさ、」

「うん?」

「お母さんが海外にいる間に死んじゃったらって、心配になるんだよね?」


 陽向の母・光子みつこは、ずっと海外で働いている。危険に巻き込まれやすい立場ではないが、いざというときに会えない可能性は高い。昔の陽向は、何かにつけ光子が心配で泣きじゃくっていた。今だって、毎日連絡を取っていないと落ち着かない。


「心配はしているよ。光子さんの任地で何か起きていないか、ニュースのチェックは欠かさずしている」

 陽向を宥めることの方が多い穣だが、やはり根は同じらしい。

「ただ。もし光子さんに何かあっても、後悔はしないよ。光子さんがやりたい仕事を応援して、僕が陽向と日本に残ったこと、間違いじゃないって思える。それに僕らは、いつが最後のお別れになっても悔やまないくらい、愛情も感謝も表現してきた」


 陽向は穣ほど達観できていないけど、言いたいことは分かる。会える時間は少ないけど、陽向が光子に深く愛されていることに疑いはない。

「だから陽向も、詩葉ちゃんと存分に愛しあって生きてほしい。それに、」

 陽向たちへのエールの後、穣は改札の方へ目を向ける。


「好きだって、大事だって、本当のことを言えないままの別れは、きっと苦しいよ」

 紡のことを慮る穣の言葉が、陽向の心も締めつける。

「そうだよね……私にできること、精一杯やるよ」



 そして、事前に聞いていた服装の女性二人が姿を現す。

 どちらが紡か、陽向は話す前に分かった。眼鏡でボブカットの、戸惑いの浮かぶ表情の女性――希和と気が合いそうだな、と思ってしまった。

 もう片方、紡を気遣うように寄り添っていた女性が、先に陽向たちへ声をかける。


月野つきのさんでいらっしやいますか?」

「はい、月野陽向です、こちらが父です。来てくださりありがとうございます」

「こちらこそ出迎えありがとうございます、木坂きのさか灯恵ともえです」

「……紡、と名乗っておりました、織崎おりさき紬実つむみです。本日はよろしくお願いします」


 穣の運転で飯田家へ向かう。紡はほとんど黙って、流れる景色を見ているようだった。その間、灯恵が信野のぶの市についてあれこれ聞いてくれたので、陽向は会話に困らず済んだ。

 マンションに着いたところで、灯恵は紡に声をかける。


「紬実ちゃん、本当に良いんだね? 今ならまだ、戻れるよ」

 希和について詳しく知ることは傷を深めることにならないか、という配慮だろう。

「……大丈夫です、ちゃんと向き合います。今のままじゃ、お別れもできないので」


 今はマスコミが来ていないことを確認してから、陽向たちは車を降りる。穣にはまた迎えに来てもらうことにしていた。インターホンを押すと、希和の母の孝子たかこさんが迎えてくれた。

「お邪魔します、孝子さん」

「ええ、ようこそ陽向ひなたちゃん。そして、そちらが」

「はい。かず……希和さんにネットで仲良くしてもらっていました、織崎紬実です」

「母の孝子です。遠路はるばる、本当にありがとうございます。どうぞ、あの子に会ってあげてください」


 和室の仏壇。祖父母と思しき男女と並ぶ、希和の遺影。元は、お姉さんの成人祝いに家族で撮った写真だという。

 紡はゆっくりと、希和の遺影と対面した。

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