#44 今の私たちの、終わり

 合格発表からは目まぐるしい忙しさだった。

 その日のうちに母と飛行機に乗り、宮城へ。翌日、大学生協が主催していた説明会に参加し、住居を決める。


「住まいにケチって危ない思いはさせたくない」というのが両親の方針だった。大学や店にも近くセキュリティも充実している、そのぶんやや家賃の高いマンションに住ませてもらうことになった。だから遊び代はバイトで何とかしろとのお達しだったが、ありがたい。


 引っ越しまでの間はバイトしつつ、咲貴さきと思いっきり遊んだ。これだけ心が解放されたのは久しぶりである、何をやっても楽しかった。和枝かずえも少しずつ創作を再開している、彼も吹っ切れようとしているのが筆致から伝わってきた。


 三月下旬、新居に引っ越した。初めての一人暮らしは、意外なくらい性に合っていた。やっぱり、一人でいる時間がどうしてもほしい人間なのかもしれない。

 大学の新入生向けのイベントに参加しつつ、ミライステップにも顔を出した。昨年度に訪れたときからは面々も変わり、お世話になった先輩には引退している人もいたが、初めての人にも歓迎してもらった。「入ってくれる?」「是非!」という約束もして、ずいぶん喜んでもらった。


 身の周りの歯車が、次々と明るい方に噛み合っているようだった。


〉和枝くん


 こんにちは、私はやっと一人暮らしの実感が出ていた頃です。九州から東北へとなると、気候も街のムードも全然違っていて新鮮ですが、いずれこの場所も「地元」と思えるようになるのかなと思います。


 まだ数回しか行っていないですが、大学の空気は心地いいです。学業にも課外活動にも真摯に取り組む、そんな人たちが大勢いる……というのは言い過ぎかもしれないですが、印象としては確かです。誰も私のことを知らない、そのことに不安がないといえば嘘ですが、やはり楽しみが勝ります。


 何もかも塞ぎ込んで、学校に行けなくなったあの頃から、三年。

 和くんのおかげで、新しい私になれました。前よりもっと、強くて優しい私になれた気でいます。きっと君も、部活の皆さんと出会って、別れて、少しずつ変わってきたのでしょう。少なくとも私は、君の変化を紛れもない成長だと思っています。


 私も、君も。形は違えど、本来望んでいた自分にはなれない、そんな高校時代でした。望みに届かなかった痛みも、今はまだ浅くないかもしれません。

 けど、あの頃よりも鮮やかな姿が、これからいくらでも見つかると、今の私は信じられます。人と人との出会いには、それだけの可能性があるはずです。君が創った物語と、君が聞かせてくれた景色のおかげで、そう思えます。


 まだ誰も知らない、胸躍る「これから」の話。私はたくさん伝えたい、君にも伝えてほしい。

 だから、これからもずっと、よろしくね。


 つむぎ



 四月。すぐに学部で合宿があって、そこで何人かと仲良くなれた。環境が変わったせいか、高校での居心地の悪さは嘘のようだった。これからずっと付き合えるほどかは分からないけど、一緒にいて苦にならない子たちだろう。

 好きな本の話になったときには、「織崎おりさきさん、ビブリオバトルとかやってた?」と驚かれた。それだけ語り慣れてみえたらしい、和枝との交流の賜物である。


 友達と講義を受けるという体験も久しぶりで、たまに泣きそうになった。初っぱなからサボりがちな人もいたけど、近いテンションで勉強の話ができるのはやっぱり良い。早速ミラステにも正式に加入し、放課後は新歓に混ざりつつ運営の手伝いをするようになった。

 そのことを和枝に伝えると、「僕もそういうの興味あったんです、こっちでも探してみます!」と返ってきた。彼も同じ志を持ってくれたらと、ミラステを知った頃から描いていたのだ。また一つ、彼の好きなところが増えそうだ。


 バイトを何にするか悩んで、ミラステの先輩と同じ家庭教師センターに申し込んだ。ミラステはボランティアとバイトとの両立にも協力的だし、同じ長所を活かせる教育指導系バイトを掛け持ちしている人が多い。私にも、みゆき先生への憧れがあったからだ。


 新しい生活に心身が馴染んで。

 ここにいれば和枝と離れても大丈夫だ、そう思える居場所ができて。


 いよいよ私は、彼との関係を変えるべく動き出すことにした。


〉和枝くん


 こんにちは、今日は一つ大事なお話です。


 私たち、直に会ってみませんか?

 もちろん、君が嫌ならそれでも構いません。この場所で言葉を交わすだけ、それも私にとってはとても大事な関係です。


 ただ、私は君のことを、もっと知りたいです。「和枝くん」じゃない君のことも知りたい、「紡」じゃない私のことも知ってほしい、そういう仲になりたいです。

 ちなみに、ネットで知り合った人にこの話を持ちかけるのは初めてです。危ないかもしれないことだって分かった上で、お話しています。


 早ければ来月の大型連休あたりに、お互いが会いやすいところで集まれたらと思っています。考えてみてくださいね。


 紡



 それから数日、彼との連絡が途絶えた。






 

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