第12章 Restart

#41 とびきり眩しい青春の幕引き

 〉つむぎさん


 ミュージカル、無事に成功できました。懸念していた心配はなく、期待していた以上に良い仕上がり、だったと思います。少なくとも僕は非常に楽しくて、至上に幸せな時間でした。こんな風に仲間を誇れたのも、劇ならではだったと思います。


 こんなに向いていない自分が部にいていいのだろうか、みんなを乱すノイズになっていないだろうか、そんな迷いを捨てられずにいた高校生活でした。ステージを重ねるにつれて、誰かに認めてもらうにつれて自信も芽生えてきたのですが。この部にいる自分をこんなに誇れたのは初めてでした。空想好きな奇特な奴がいても良かったでしょうと胸を張れるステージでした。


 踏み出す勇気をくれたのは紡さんでした。だから紡さんだって、胸を張れる舞台に出会えなかったら嘘です。きっと待ってます。

 これからの未来を紡ぐ戦い、お互いに悔いのないように頑張りましょう。


 和枝かずえ


*


 大舞台を終えた和枝からの文面を指でなぞる。

 私は、彼が私と過ごした時間は、こんなに大きくなれた。

「未来を紡ぐ戦い……だね」

 私を編んでくれた、そのエールだけじゃない。彼らしさを支えられたという実感が、生きる活力に変わっていく。


 顔も知らないけど、その文面を書いた和枝の表情は思い浮かぶのだ。

 強ばった顔で、痛みを押さえつけ涙を呑みこみながら、言葉を組み立てている――そんな回だって少なくなかった。痛々しい筆致だって知っているから分かる、いまの彼は笑っている。彼と彼の好きな人たちが、選んで築いてきた道を、心から誇れている。


 その誇りが伝わるから、私も私を誇れる。

 


 〉和枝くん


 お疲れ様でした、そして成功おめでとう!

 君も、例の女の子も、尊い輝きを見せていたんだって確信しています。居合わせた人にとっても、きっと楽しい思い出になったことでしょう。


 勇気をもらえていたのは私の方です。教室の悪意に負けて、人を信じられなくなってからずっと。和くんが伝えてくれる青春の感情に、人と出会って変わっていく君自身に、人と向き合うための勇気をもらってきました。

 高校とは最後まで向き合えずじまいでしたが。新しい場所で新しい人に向き合う勇気なら、ちゃんと充填できています。自分を、誰かを信じて、踏み出せます。


 頑張ったのは君と部活のみんなだと分かっていますが。それでも、そのきっかけになれた私と君のことが誇らしいです。ただ応援していただけの私だって、誰かの青春の光になれたんだって。おこがましいかもしれませんが、こんなに強固な誇りを抱けたのは久しぶりでした。


 だから、君に胸を張れる私になれるように、一日一日を積み重ね続けています。

 君も最後の挑戦、どうか悔いのないように謳いきってください。


 紡



 そして、和枝が合唱部で歌う最後の機会がやってくる。


 今年の自由曲は、別れをテーマにしているらしい。顧問の先生の知人でもある、亡くなられた詩人が制作に関わった曲だという。これで引退ということもあり、この先が別れであることを強く意識していることが、和枝の文面からは伝わってきた。


 それはきっと。彼にとって合唱部は、ずっと恋してきた「彼女」と一緒にいる理由でもあったからだろう。失恋を経て、奇跡的に続いてしまっている近距離での関係に、もう一つ区切りがつくのを分かっているからだろう。


 なら私は、彼の視線を未来に向けたかった。

 一緒に歌える時間は終わっても、歌で築いた光は消えない、そう信じてもらおう。

 


 〉和枝くん


 憧れを追いかけて、それぞれの世界と向き合って、努力を重ねてきた君のことを、私は信じています。また人を信じられるようになった私が証です。だから君も信じ抜いて、君を謳い抜いてください。

 その和音が、何年経っても希望になりますように。世界の悲しみをかき消すノイズになりますように。


 いってらっしゃい、和くん!


 紡



〉紡さん


 先日は応援ありがとうございました。

 無事、全力で、歌いきってきました。


 結果こそ去年よりは後退しましたが、悔いはないです。色んなことに手を出してきた部にとっては順当と言えるかもしれません。僕だけでなく他の部員も、納得いく演奏ができたようです。


 紡さんが言ってくれた通り。

 今回のステージも、これまでの経験も、喜びも悩みも全部。人と築いてきたことの一つ一つが、これからの人生への希望になるのだと思える日になりました。


 誰かと比べれば至らない所だらけでも。前より少しだけ、僕は僕を謳えるようになりました。前よりずっと、人との絆を信じられるようになりました。


 だから、大好きな人たちと離れても、ちゃんと進むべき道へ進めそうです。


 僕も、受験シーズン本格突入です。

 無理ない程度に、しかし真摯に、戦い抜いていきましょうね。

 


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