第10章 Rejoice
#34 誤算と虹色
十二月半ば。
クリスマスに賑わう街の空気と対照的に、受験生の心身が荒んでくる頃。数週間ぶりに
〉
お久しぶりです。
先日からお話していた、片想い相手の彼女のことで報告です。
ちゃんと、告白できました。ちゃんと、振られてきました。
僕がこれまでに積み重ねてきた気持ち、たくさん話せました。
僕がどれだけ彼女に支えられてきたか、彼女のおかげでどれだけ僕が変われたか。
恋人として結ばれないとしても、彼女の幸せを祈っていることも、ちゃんと伝えられました。
そして彼女も、誤魔化しもあしらいもせず、まっすぐに受け止めてくれました。
確かに、僕を大切な友人だと思っていたこと。レズビアンだと気づく前は、僕を異性として好きになろうとしていたけれど、どうしても意識できなかったこと。
気づいた後は、僕を拒むことが怖かったこと。
それでも今、僕からの告白が嬉しいこと。嬉しいけど、応えられはしないこと。
伝え合ったうえで。この先もずっと、友達で、仲間でいようと約束しました。この気持ちが、この先もお互いの支えになると確かめられました。
幸せな時間でした。強がりでも負け惜しみでもなく、本当に幸せでした。
久しぶりに人前で泣いてしまいましたが、僕の人生で初めての、温かい涙に思えました。
僕が誰かを好きになって、その人に支えてもらうだけじゃなくて、その人の支えになれること。それを確かめられて、叶わない気持ちにだって意味はあったのだと信じられました。
意味があったのなら。彼女に出会う前からずっと抱えてきた劣等感も人への怖さも、全部が報われた気がしました。
誰かは回り道だと思うかもしれません、叶うはずのない告白なんて迷惑だというかもしれません。実際、僕が同じことをしたとして、誰もが優しく受け止めてくれはしないでしょう。
それでも、彼女と僕との間では、これで良かったのだと信じています。出会ってから四年間かけて、やっと本当の意味で友達になれました。
僕はずっと、これだけ好きになった人に拒まれても自分を誇れるように、支えを探してきたのだと思います。いま拒まれたら自分のことも、彼女のことも憎んでしまう、それがずっと怖かったです。
歌に向き合って、人に向き合って、ここまで来ました。あなたがくれた言葉が、あなたが読んでくれた言葉があったから、ちゃんと向き合えました。
人と生きていく人生を呪わずに済んだのは、紡さんのおかげです。
だからこれから、僕なりの方法で、あなたが人を信じられるお手伝いができればと思っています。
僕は音楽に向いていない、ずっとそう思ってきました。たぶん、これからもそれは変わりません。
けど、彼女と出会って、たくさんの大事な人と出会って、その中で僕が歌えることには、ちゃんと意味があると信じています。
ステージで歌いきって、また小説に戻ってきますね。
和枝
*
そのテキストを、覚えるまで読んで。
ベッドに寝ころびながら、目を閉じて思い返す――さあ、私はどうして泣いている。
和枝にとって今度こそ、直接の失恋だ。膨らみに膨らんだ恋慕に、今度こそトドメが刺されたはずだ。痛くて苦しい、はずなのに。
どこまでも、どこまでも、彼の言葉には喜びが溢れていた。
それが虚飾でないと、私は直観で理解していた。
これは私が導いた結末だ。
和枝には自分の言葉で告白してほしい、私が伝えてきた。
それが成されたことに安堵しているのも、確かだ。
けど、彼の言葉から読み取れた感情は、私にとって致命的な誤算だった。
彼は、「彼女」に振られて恋慕から卒業できた、のではない。
恋慕を「彼女」に受け止められて、これまで以上に「彼女」を好きになっている。それはもう無条件といっていいほどに、愛してしまっている。
その愛し方は。どうしようもなく眩しく美しく狂おしい。
その一途な愛が自分に向けられたなら、どれだけ幸せだろうか。
期待と想像に膨らんだ胸が熱くなる。その温もりを全身が求める。
同時に、気づく。
今の私は、どうやっても「彼女」に勝てない。和枝にとって「彼女」より眩しい女に、どうやってもなれない。世界中の誰も、和枝の中にいる「彼女」に追いつけない。
きっと和枝は、親しい女性に告白されたのなら付き合うのだろう。顔も知らない私が急に告白したところで、お互いの身分が確かめられたのなら彼氏になってくれるのだろう。大切にしようと励んでくれるのだろう。
それでも、心の根っこは動かない。本当の意味では振り向いてくれない。
もっと好きになってしまったのも、余計に届かなくなってしまったのも、彼と私で同じだ。相手に胸を張って伝えられたか、伝える勇気があったか、それだけが違う――その愛おしさが、届かなさが、違いが、私には受け止めきれなくて、涙になって零れていく。零れるたびに募っていく。
この激情を、今の私はまだ伝えられない。どんな自分になれたら伝えられるのかも分からない。私の恋は進みようがない、けれど。
和枝と「彼女」が見つけた絆の形。それは確かに、私にとっての光だった。
あの頃の教室で、私がずっと望んでいた世界の見方だった。
たとえ自分にとって不都合だとしても、人の望みを、心の形を、大切にできること。恋愛に限らず、人と人が生きていくなかで避けられないあらゆるノイズを、温かく乗り越えていく姿勢。
ふたりが見つけたのは、これからもずっと忘れないのは、世界で一番綺麗な虹色だ。その鮮やかさを、私も確かに受け取った――受け取ったから、和枝がいなくても思い出せる。ひとりでも、ずっと支えにしていける。
起き上がって、パソコンに向き直る。
まずは彼のフォローから。幸せな時間だったとしても、痛みが消える訳じゃない。
続けて、讃えよう。男性として、人間として、彼自身のプライドを折ったのなら、そのぶんも私が讃えよう。折ったことすら新しい誇りになるのだと伝えよう。
そして送り出そう。
私が直接は見届けることができなくても、彼にとって大切なステージだ。
〉和枝くん
君にとってあんなに大切な一面を、私に伝えてくれたことに感謝します。
誰より辛いのは君のはずですし、ただの傍観者でしかない私に言える資格があるのかは分かりませんが、どうしても言わせてください。
よく頑張ったね。よく伝えたね。よく受け容れたね。
選ばれないと分かっても伝えたことも、報われないと分かった恋を支えに励めたことも、自らを拒む選択に優しさで向き合えたことも、強さなしにはできないことです。
たとえ他の誰が君たちの選択をどう言おうと、私はそれを讃えたいです。君と彼女の選択を、向き合い方を、私は誰よりも応援したいです
君は優しくて誠実で、強くて、本当に格好いい男の子なんだって、何度でも精一杯、君に伝えたいです。私に見えたのは、痛みと共にきらめく、何よりも美しい恋の形でした。
そんな在り方にたどりつけた今の君たちだからこそ、響かせられる声が、輝かせられる笑顔が、絶対にあるはずです。君たちの心の底から指先まで、根っこから枝葉まで、そこにしかない鮮やかな色彩に溢れているはずです。その虹色で、君たちが大好きな人たちを、君たちを大好きな私たちを、思いっきり照らしてあげてください。
私を救ってくれた、私が大好きな君の言葉を。君の声で、君がずっと生きてきたその体で響かせること。直接は見えなくても、とても楽しみにしています。この空の向こうでそんな景色が広がっていることを、心から嬉しく思います。そのことが、私の歩みを駆動してくれます。
永遠に輝く一瞬一瞬を見つけられますように。
君が君を謳えますように。
*
最後の言葉、いつも通りに「和枝くん」と書きかけて、手を止める。
ハンドルネームの由来を聞いたことはない。ただ、「和」の字は本名から来ている気がした……という推測を勝手にしているから、かもしれないが。
対面で、声に出して呼ぶなら、こう呼びたかった。喉に馴染む四音節で呼びたかった。それを今から始めたっていい。
少しくらい、可愛らしい挨拶で送らせてね。
「行ってらっしゃい、和くん!」
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