#35 バッドエンドの先で
合唱部のステージが上手くいった、という報告が
それから年末年始、彼にとっての冬休みに当たる頃、長編『マグペジオ』はハイペースで更新されていった。私は大学受験の本番を前に、心身ともに余裕がなくなっていたが、和枝の小説だけは欠かさず追っていた。頭を使いすぎないよう簡潔にと心がけていたが、感想だって欠かさなかった。むしろ、和枝の小説に関わり続けることで余裕を保っていた。
*
主人公ブレノンが敵地で消息不明になる、という衝撃的な展開の続きだ。
彼ら部隊が入手した
それだけでなく、ゴスモを殺さずに無力化する魔術が開発された。ゴスモを凶悪化させるトリガーである人間の怨念を、獣の肉体から分離することで、危険性の低い獣として生まれ変わらせるのだ。分離された怨念は、祈祷による浄化を受けて消滅する――日本でいう成仏だ。
さらに。試験運用の中で、分離された怨念の中に故人の人格が残っているケースも発見されるようになった。それはすぐに成仏させるのではなく、魔法具に封印することで、精神のみが生き続けることが可能になる。精神のみでの存在は不安定であるため、短期間で消滅してしまうのだが、束の間の蘇生には変わりなかった。
ゴスモの治療事業には、脅威を取り除くだけでなく、故人の魂が生者とお別れをし直すという希望が加わったのだ。その可能性に惹かれ、国じゅうの魔術騎士が事業に参加する。かつてブレノンやリリファと共に学園で過ごしていたメンバーも、再び集結していた。
対策が確立し、態勢が整ったのを機に。
彼らは再び、ゴスモ化の発生地点を目指す。
目標は、ゴスモ化現象の解消。
そして、一帯にいるゴスモの治療も行う。取り残された隊員をはじめとする人間たちが魂だけでも甦る、一縷の望みをかけた戦いでもあった。
キャラクターも、戦術も、台詞も表現も、活き活きと燃えていた。
シリーズの積み重ねを誇るような、熱く濃い最終決戦だった。
目標が達成され、ゴスモに囚われていた故人の怨念を解放していく途中のこと。生死不明だったブレノンの人格が発見された――彼の肉体は死んでいたが、魂はまだ残っていた。残っていた魂は魔法具の羽根ペンに封じられ、言葉だけは交わせるようになった。
そして、ブレノンの「お別れ」の日々が始まる。
彼の努力と貢献が讃えられた。ゴスモ治療の研究は彼が関わる前から進んでいてとはいえ、これだけ早まったのは彼の手柄であると激賞された。
それ以外の彼の成果も、他の仲間に引き継がれた。欠点を補うべくために彼が編み上げてきた戦術論は、少なくない後進にとっても参考になる。彼が仲間と刻んできた足跡は、確かに引き継がれるのだ。
そして。彼がずっとリリファに抱いてきた想いが伝えられた。
出会ったときから、大好きだったこと。
友情は確かでも、どうしようもなく恋だったこと。
彼女がいたから、自分らしく戦い抜けたこと。
それでも、自分の未来には期待できなかったこと。
せめて誰かのために命を使いたかったこと。
事実、盾として命を落としたことが。今になって、今さらのように、悔しいこと。
叶わなくても、無様でも、彼の人生のその先を生きていたかったこと。
一生ぶんの悲しみを、リリファは全て受け止めていた。
一緒に過ごした日々を愛おしんで、失ってしまった日々を嘆いて、何度も、何度も、ブレノンと夜を語り明かした。
そのうえで、ブレノンに別れを告げた。
たとえ彼が生き延びていたとしても、望みには応えられないこと。
騎士としても、女性としても、ソルーナと共に生きていきたいこと。
だとしても、彼からの愛情が自分の礎になっていること。
顔の傷も、最初は不器用すぎた戦い方も、彼とだったから自信になったこと。
絆と愛情を胸に、ずっと胸を張れること。
喜びと悲しみの全てを、分かち合って、ぶつけ合って。
救出から十日あまり。ブレノンの魂は消えた。
リリファとソルーナ、そして戦友たちは、全てのゴスモを治すために戦いに戻った。
およそ二十万文字、一年間に渡って続いた物語の終幕だった。
*
ハッピーエンド、とは言いにくいけれど。
和枝の見つけた喜びが、温かな絆が、確かに伝わってくるフィナーレだった。
彼は「彼女」に告白できたことを、本当に喜んでいる。先日のメッセージ以上に、それが伝わってくる小説だった。
出会いと別れは、挑戦と失敗は、愛と痛みは、いつだって裏表だ。
先に待つのが離別で、失敗で、痛々しい片想いだったとしても。この出会いも、挑戦したことも、好きになったことも無駄じゃない――きっと誰かの支えになる。思い出になっても支えていける。
彼が青春の中で見いだし、確かめようとしている答えが、この小説なのだろう。
だったら私だって、その答えを証明してやるんだ。
〉和枝くん
「魔術騎士塾マグペジオ」完結おめでとうございます。
感動しきりの最終章でした、お世辞でなく本当に、人生で一番思い入れのある物語です。
君が青春の中で見つけた想い、確かに受け取りました。たとえ悲しい結末だとしても、出会いも挑戦も愛も無駄ではないこと。それらは誰かの心に刻まれて、力になり続けること。
きっと、嘘じゃないです。少なくとも、君が片想いからつなげた物語は、私の心を救っています。だから、私が不登校になってまで貫こうとした正しさだって、どこかで人の支えになると思えるのです。これから私が踏み出すたびに、この物語が勇気をくれるのです。今だって、受験勉強に向かうエネルギーになっているのです。
この物語を読めたこと、そして作り手として関われたこと。
一生、誇りにできるような、大切な思い出になりました。
そんな大切な思い出を。これから何年もかけて、たくさん、たくさん、紡いでいきましょうね。
最後にひとつだけ、わがままを言わせてください。
君らしさを詰め込んだ主人公が、君の好きを詰め込んだヒロインと、生きて幸せに結ばれる物語を。いつか、読ませてほしいです。
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