#30 バッドエンドの衝動
九月。
先月に受けた高認試験は、無事に合格していた。安心した反面、先の課題が大学入試だけになったという実感も増してくる。
「マグペジオ」の更新ペースは衰えなかった。むしろ、これまでにないほどハイペースだった。
そして、私が抱いた不安は的中していた。
ブレノンやリリファたちが参加する
発生地点である地下迷宮にて。戦闘の主力を集めた本隊はゴスモたちを陽動。その隙に、解析担当者と少数の精鋭からなる別働隊が最深部へと潜入して解析を行う、という作戦が行われた。
作戦前のこと。リリファはソルーナと共に本隊に配属された。またリリファは、単独での戦闘力に欠けるブレノンは本隊の援護に加わるべきだと感じていた。しかしブレノンは研究の中心メンバーでもあったため、別働隊への参加を選択。リリファは迷いつつも、ブレノンと別々に戦う作戦を受け入れる。
両部隊の奮闘のおかげで、目的は達成された。ゴスモ化の全容が掴めるほどのデータが揃い、別働隊の撤退を本隊が援護する。
しかしその最中。ブレノンは数名の隊員と共に、負傷した隊員を先に逃がすために囮を引き受け、そのまま帰還しなかった。
彼を含めた未帰還の隊員を救出するべきだと、リリファは必死に懇願する。しかし、彼らが奇跡的に生存している可能性と、敵地に救出へと向かうリスクを天秤にかけた上で、部隊は撤退を決断した。
歴史的な快挙に社会が湧き、騎士たちが賞賛されるなか、リリファはひとり悲しみに苛まれていた――ここで、一段落。
ブレノンは確かに活躍したけれど、成果を自分で確かめる間もなかった。ずっと抱えていたリリファへの想いも伝えないままだった。
*
「……これしかなかったんだよね、今の君には」
読んでいる最中から涙が止まってくれないのは、キャラクターの心情が痛ましかったからだけではない。和枝が主人公とヒロインを引き離したのは、現実の彼が「彼女」と向き合わなきゃいけないからだ。
ずっと近くにいるよりも、手遅れなくらい遠くにいってしまった方が、人の心に強く刻まれてしまう。突然の訣別ほど、深く心に突き刺さる在り方はない――自分の犠牲を仄めかせば、嫌でも相手の気を引けるのだ。
けど、和枝はそれを選びようがないのだ。絶対に選べないのだ。
友達としての距離。合唱部員としての進退。共通の仲間。
和枝と「彼女」を結ぶ絆を、卑怯な駆け引きに何一つ使うことなく。
自分の痛みを盾にすることなく、お互いの生活を人質にすることなく。
少しずつ、まっすぐに、彼は「彼女」に向き合おうとしているのだ。
だから。現実から自分が退場できないぶん、主人公を退場させた。現実で「彼女」に背負わせないために、ヒロインに愛惜と悔恨を背負わせた。
言い換えれば。作中でキャラクターに贖わせずにはいられないほど、彼は現実で抱え込んでいるのだ。誰にも吐き出せていないのだ。
ただでさえ、コミュニティ内の失恋は厄介な話題だ。加えて「彼女」がレズビアンであることは、彼からは他人に言えないのだ。二人とリアルで接点のある人間には相談しづらいし、接点のない人間には上手く伝わらない。
だから。一番に彼の悲鳴を受け止められるのは、きっと私だ。
私だから。今は、悩みの種をこれ以上持ち込むのはやめておこう。
浮かぶのが何度目かも分からない、「君に恋してる女がここにいる」を打ち消す。読者の頭に切り替え、文面を練りだす。
「マグペジオ」はまだ終わっていない。彼が一番に描きたい感情は、胸を裂く喪失の後だ。ハッピーエンドとはいえない、バッドエンドと言い切りたくもない、この物語だからこその結末が、きっと待っている。
小説でだけは。私はずっと、君の勇気でいたい。
〉和枝くん
こんばんは、マグペジオ最新話まで読みました。
ブレノンがこうなってしまうのでは、という予感は少なからずあったのですが。いざ目にすると、やっぱり辛くてたまらないです。
けれど私は、胸を裂く喪失のその先を信じています。ハッピーエンドとはいえない、バッドエンドと言い切りたくもない、この物語だからこその結末が、きっと待っていると信じています。
君がブレノンに託した痛みは、確かに受け取りました。
その先で、どうか君だけの希望を見いだせますように。
フィナーレ、楽しみにしていますね。
紡
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