#26 遠回りの先の栄光へ


 和枝かずえの合唱部では、七月末に大きなコンクールがある。それに向けた練習のため、彼はしばらく『マグペジオ』の更新を止めていた。小説はこれから面白くなりそうな場面だったが、あくまでメインの課外活動は部活である。投稿サイトへのログインも減り、メッセージの頻度も減った。


 とはいえ、たまに送られる彼からの文面には、自信のなさや不安が色濃く滲んでいた。これだけ大切で眩しい人たちを、一番に邪魔しているのは自分ではないだろうか、という迷い。


 それを解決するために必要なのは練習と工夫だ、そこに私が助言できることはない。

 けど、彼の心が折れないために、できることは欠かしたくなかった。練習と工夫の成果を引き出すのが心の強さなら、言葉を尽くして支えたかった。



 〉和枝くん

 こんばんは。確かこの週末が、君の部活のステージだったと思うので、直前の応援メッセージです……まあ、そんな時期にこのサイトは見ないのかもしれないけど。それはそれで構いません、私の自己満なので。

 

 さてさて。

 合唱部での君の姿はあまり知らないので。あくまで、私から見た君、小説書きとしての和枝くんの話になるんですが。

 出会った頃のお話も、たまらなく大好きだったけど。読んで読まれてを通して、色んな人の感性と関わる度に。君が世界を切り取る感性は、より鋭く、長く、逞しい刃へと磨き上げられていったように思います。世界で一番、君の小説を読んできた私が保証します。

 そんな、他の誰かと向き合うことで得られた成長は、多分、部活の方でも掴めているはずだと思います。周りと比べて劣っているのが確かでも、以前の自分と比べてみれば、きっと歩めた道の長さが分かるから。


 君のその「苦手」が、全体にどれだけ不利益になっているかは分からないから、これはちょっとした我が儘なんですが。他の誰かの良いところを目指すのはすごく良いことでしょう、けど誰か「みたいになりたい」と、無理して考えるのは、できれば避けてほしいようにも思えて。

 和枝くんは、私にとってかけがえのない、大切な人です。君にできないことの分だけ、君にしかできないことがある。そう思えてなりません。


「自分たち」を誇らしく感じる君が、そこにいる君自身のことも誇れる。そんな日になればいいと思います……いいや。

 そんな日になります。私は心から信じてます。


 という訳で。今夜はしっかり休んでくださいね。


 夢の中でも応援しています。



「……重すぎてむしろ疲れる?」

 最後の一行には疑問も浮かんだが、それくらいの言葉じゃないと伝わらない気がした。えいっと送信して、勉強に戻る。


 和枝はずっと、自分から遠い存在に憧れている。自分から遠いキャラクターじゃないとヒーローにはなれない、そんな物語ばかり書いている。その願望は私も同じだ、彼の隣で想われる「彼女」を羨む気持ちは募るばかりだ。


 けど、他人になれない絶望の裏で、自身の進歩を尊ぶことはできる。

 小説家としても高校生としても、彼が迷いながらも歩んできた道の長さを、彼が積み上げてきた経験の強さを、私は確かに知っている。

 私の心だって、一年前と比べれば随分と豊かになった。教室で穿たれた大穴を、美しいもので埋めてきた。


 それを振り返れば、きっと経験は成果に変わる――その信念を文面に込めて、自分にも刻む。彼が頑張っている姿を描いて、日々の課題に取り組む。


 嬉しいことに、コンクールの本番では目標を達成できたらしい。

「先輩たちの夢が叶って本当に良かったです」

「僕も歌いたいんだって頑張ってきたこと、たくさん足を引っ張っても続けてきたこと、間違いじゃないとようやく思えました」


 彼の素直な喜びが躍る文面に、たまらず涙腺が熱くなった。


 向いていないかもしれない。あまりに長い回り道かもしれない。きっかけは歪んでいたかもしれない。


 それでも、好きなことを追いかける君と私の日々は、間違いじゃない。

 最初から抱いていた望みが叶わなくても、きっと、その先に実りは溢れている。


 思い込もうとしていた希望に実感が伴って、今までにないくらい満ち足りた気持ちで眠りについた、その三日後のこと。


 転機となるメッセージは、突然に送られてきた。


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