#25 広がっていく、君らしさ

 五月の下旬、和枝から相談があった。

「僕が小説で使っている英語、もっと見直した方がいいでしょうか」「他の分野でも応用できるレベルでしょうか」とのことである。

 


「……難しい質問するなあ、君は」

 小説以外、恐らくは部活でも何か仕掛けようとしているのだろう。本来は学校の関係者に聞くのが筋だと思うのだが、それができないあたり小説のことは相当に隠したいようだ。


 彼の長編『マグペジオ』では、サブタイトルに英語が用いられている。作中の固有名詞も英単語をもじったり組み合わせることで考案されており、洋風の雰囲気が醸されている。

 どれも文章というほど長くはないため、語彙や文法の水準を直接測るには適さないものの。元となる英単語の拾い方やパラフレーズの柔軟さは、同学年と比べれば図抜けているのだろう。

 本格的な英語表現に適するかは判断できないが、言葉遊びとしての活かしようは充分にあるはずだ。和英を大胆に混ぜていく彼の言語センスは、もっと評価されてもいい。


 ……ということを正直に伝えると、「思い切ってやってみます」という返事がきて。数日後には具体的に報告してくれた。

 彼の合唱部では文化祭で、既存の曲を大胆にアレンジしてのパフォーマンスを行うという。彼はそこで、英語のラップの作詞を手がけることにしたのだ。


 英語のラップというと、和枝と共通で好きになったバンドがあった。知り合うきっかけになったライトノベル「Light of Shadows」のアニメ版で、劇中音楽や主題歌を手がけたチームである。

「もしかしてRegen Bogenみたいなことやりたいんですか?」と聞くと、「正解です、僕のチャレンジは往々にしてミーハーですので」と返ってくる。好きなアーティストの真似をしたい、それで実際にできてしまうのも普通ではないのだが、そのレアさに彼自身は気づいているのだろうか。


 和枝の小説の文章は、リズムや響きもこだわられている。むしろ、構成の整然差よりも聴覚的な楽しさを重視している傾向もあった。声に出して読んでみたくなるし、実際に唱えてみるとますます昂ぶる……とは、彼には言えないが。


 ともかく。台詞や歌として響くことでも、彼の言葉の真価は発揮されると思うのだ。


「僕は思いつくだけで満足に歌えないですけど、部員の皆さんの手にかかれば格好いい音楽に生まれ変わらせてくれますし。僕に向いているのは正攻法じゃなくて、奇道から人の可能性を広げていくことだと思うのです」


 他者と関わることで広がる、人の可能性。かつて私が憧れて、諦めてしまった眩しさ。

 けど、和枝がいることで私の可能性が広がったことも確かなのだ。


 「私がこれだけ物語を好きになれること、誰かの物語の支えになれること。君と出会えたから気づけた私の強みです。

 和枝くんは、人の可能性を引き出せる人ですよ。信じて、進んでください!」


 彼が部活の中で自らの居場所を見つけ、個性を誇るようになること。

 それは、「彼女」への恋慕に頼らない自尊への道にもつながるはずだ……彼がそう意識しているかは分からないが。


 だから私も、「紡」も、彼以外との可能性を広げていこう。そんな意味も込めて、小説や映画の感想を載せるブログを立ち上げた。和枝との共同作業の甲斐あって、要素の分析も印象の言語化もスムーズに書けるようになったのだ。ありがたいことに、記事を評価してくれる人も増えている。


 もし和枝との距離が離れても、この活動があれば自分を支えられる――そう思える道筋もできてきた。


 保険を積み上げるたび、抱える恋の深さに気づいていく。

 深みを自覚するほど、彼から離れる理由を探しだす。


 不毛かもしれないけれど、彼がきっかけで確かに自分は変わっているのだ、進歩と呼びたい変化なのだ。それはきっと、彼も同じだ。



 〉紡さん

 つい先日、前からお話していた文化祭の本番がありまして。僕の主観としても、また観てくれた人からの感想からしても、上々のステージになったように思います……まあ例に漏れず、僕は活躍するどころか足を引っ張ってばかりの身なので「他の皆さんが」「良いステージにしてくれた」という言い方が正しいのですが。

 

 それで前にお話ししていた、英語のラップを作ってみましたよ、という件なのですが。こちらも、担当のお二人が格好よく披露してくれました。

 その二人というのが、片方は入部からお世話になってた先輩で……こちらは、意外な形ながらも、ささやかな恩返しができたかなあ、と。

 それでもう一人が、同期の女子なんですが……当初は、僕にとっては苦手なタイプの人で、あちらも僕のことはあんまり良く思っていなかったようです。「クソダサ地味男子」との形容を頂きました(笑)

 そんな「合わなかった」者同士が共同作業した所、案外……ほんとに案外、楽しかったし上手いこといったんですよ。お互いがやりたいことを実現するために足りないものを、お互いが持っていた、みたいな。

 新しく誰かと出会うことが、新しい自分に出会うことと繋がっているんだ、そんな感覚を改めて得たのですが……元々、自分にやらせてくださいって立候補できたのは、紡さんが僕に自信をくれたからなので。

 部活じゃなくて、こっちで書いてる小説に関しても。僕ひとりじゃ思いつかなかったような、紡さんと一緒だったから創れた話がいっぱいあるので。

 きっとこれからも、紡さんがいれば、今の僕が想像していないような物語を、ずっと創っていけるような、そんな過大な自信がありますので。


 いつもありがとうございます、末永く、宜しくお願いしますね。



「クソダサ地味男子……でいいのか、君は」

 前々から察していたが、和枝は自他ともに男子としてのプライドが薄いし、それを問題視もしていない。

 私は中学では吹奏楽部に入っていた。元から女子部員が多い部に入ってくる男子たちは、休憩中こそ同性で固まりやすいものの、練習中は女子の輪に吸収されていくことが多い。王子様然としたタイプも稀にいるが、年頃の男らしさは薄くなっていく方が自然だった。その延長で彼の雰囲気も察せられるし、そうなると無性に可愛く思えてしまうのには困るが。


 ともかく、和枝は私のことを高く買ってくれている。無二の同志として、物語を創り続けていきたいと語ってくれている。そうして支え合って、お互いの居場所にいる人との関係も後押しできている。


 その先に、和枝と「彼女」の恋仲がなくても、私と和枝との恋仲がなくても、素晴らしい友情を築いていける。

 それを証明するかのように、彼に晴れ舞台がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る