#23 隔たりのユニゾン

 そして、年度が変わり。

 高校生という身分が消えると共に、受験生として本格的に対策に取り組むことが必要になった。家庭教師に加え、これまでは臨時で通うだけだった塾も追加である。費用も嵩むため、伯母が紹介してくれたアルバイトも始めることになった。個人経営の喫茶店で、稼ぎは最低限だが、人柄は伯母の保証つきだ……たいして家計の足しになる額ではないが、少しくらい働かないと気が済まなかった。


 みゆき先生も、より手厚く面倒を見てくれるという。

「じゃあ紬実つむみさん、志望はやっぱり薬関係?」

「はい。元から興味あったのに加えて、去年は自分もお世話になりましたし」

 和枝かずえのおかげで回復した、のも間違いではないけれど。一番に大きかったのは心療内科での治療だったし、そこには投薬も含まれていた。昔だったら、もっとハードな経過になっていただろう。


「精神の薬に限らず、新しい薬を送り出す側にいきたいです。研究とか開発とか、そこまでは絞れてないですけど」

「新薬メーカーか……割と学歴もシビアになってくるよ?」

「分かってます、今の学力じゃ厳しいのも分かってます。

 けど、一回レールから外れたぶん、もっと強くなりたいんですよ。誇り持てる仕事して、ひとりでも不自由ないくらい稼げる大人になりたいです」

「そう……昔の級友、見返したい?」

「いや、それはないです」


 家族に言われたりもしたが、復讐のような感情は否定しておきたかった。

「私はもう、あの人たちと関わりたくないんですよ。あの人たちを思い出すのも、あの人たちにこれから思い出されるのも嫌です。

 自分の人生のため、自分を好きになれるため、それだけです」


 私がそう言うと、みゆき先生も顔をほころばせる。

「へえ……いい意気じゃない、その調子。じゃあ私も、ガツガツ行くからね」



 そして、環境が変わったのは和枝も同じである。二年生になった彼は、部活に後輩を迎えることになったのだが。どうも、気になる出会いがあったらしい。


つむぎさん


 こんにちは、先日はマグペジオへのアドバイスありがとうございました!

 彼らの学園での最終局面、おかげで良い形になりそうです。この後は舞台を変えることになりますが、流れを固めるにはまだ時間が必要そうです。そのときはまだ相談させてくださいね。


 さて。

 僕は二年生になり、部活では新しく後輩を迎えることになります。

 新歓が賑やかな部ではありませんが、初日から熱心そうな子が訪ねてくれたりして、思っていた以上に順調そうです。懸案の男子も、既に一人は固そうです。


 それは非常に嬉しいのですが、ひとり凄く気になる子がいまして。

 僕がたびたび話題に出している片想い中の同期、彼女を熱烈に慕っている新入生の女の子がいるのです。その後輩さん、去年の秋に僕らのステージを見に来て、そのときにも「高校になったら入ります」と言っていたくらい、前から興味を持ってくれていた子でした。ただ、合唱部全体への興味以上に、同期の彼女への関心が強いようで。

 そして同期の彼女の方も、後輩さんをすごく歓迎しています。あそこまで熱烈に慕われることもないですし、見たことないくらいの喜びっぷりです。僕と二人きりのとき、あれほど喜んでいる顔は見たことがなかったです。


 彼女が自分を誇れるのは、僕にとっても嬉しいことです。

 ただ、これまで以上に、彼女にとっての僕は薄くなっていくのだろう……という予感がしています。

 僕にとっては寂しいけど、悪いことではないので。この場所を離れるまでに、少しずつ慣れていかなきゃいけないですね。


 そんな、女子パートの問題は置いておいても。

 僕の実力が、先輩として誰かを指導するレベルには全く追いついていない……どころか、足を引っ張るばかりです。先輩、という響きは重いです。あと半年で三年生もいなくなると思うと、不安でなりません。

 その不安こそ、頑張る理由にしなくてはいけないでしょうので。僕なりに努力を重ねようと思っています。


 紡さんも、新しいステージでご武運ありますように。


 和枝



「喜んでいる顔、か……」

 君の小説を読んでいるときの私は、きっと人生で一番にいい顔をしている――なんて、言えないけれど。表情が感情を、その人にとって大事なものを映すということは、私が重視してきた視点でもあった。それを彼が理解しているのは、私にとっても嬉しい発見だった。

 彼がまた少し「彼女」から遠ざかったのも、嬉しいと思ってしまった。そんな自分を、また嫌になる。


 頭を振って、彼の不安への返答を考える。きっと彼は、恋愛相談をしたいんじゃない。ただ、誰にも言えない感情の行き先に、私を選んでくれただけだ。それを分かっていたから、恋にまつわる悩みにはあまり立ち入らないことにしていた。


 その代わりに、部員としての悩みは後押ししていく。



〉和枝くん


 こんにちは、君の街でも桜は残っている頃でしょうか。

 私は晴れて高校を辞め、高認や受験へと仕切り直している頃です。和枝くんが描く彼らに勇気づけられたこともあって、勉強への意欲は前より上がっているくらいです。自習場所としての図書館は、相変わらず過ごしやすいですし。


 君が紡いでくれる物語で、君が交わしてくれた言葉で、私はちゃんと前へ進めています。

 音楽はまだ発展途上かもしれないけれど、誰かの背を支えられる心を君は持っています。同期や先輩は勿論、後輩の皆さんだって、どこかで君を必要としています。今の君にも、これから辿りつく君にも、胸を張ってほしいです。


 お互い、未来のための精一杯、重ねていきましょうね。

 小説の更新も、無理のない範囲でお待ちしています!


 紡



 作家としてだけでなく、合唱部員として、高校生としての自信も導きたかった。

一番に応援が必要なのは男としての側面かもしれないけれど、今の私にはどうしようもない……「彼女」が彼を必要としないなら、彼の推測が本当なら、それをねじ曲げさせる訳にもいかないのだ。満たされない望みも、折られていくプライドも、彼には忍んでもらうしかなかった。


 彼が耐えているなら、私も耐えられる。

 彼が自分を変えようとするなら、私も頑張れる。

 

 今はそうやって進むしかなかった。

「進むしかないんだよ」と、自分に言い聞かせていた。

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