#22 Stand Alone, Together

 三月。

「じゃあ咲貴さき、二年生お疲れ様でした」

「は~い、つむも……中退決定、お疲れ様でした?」

「もうおめでとうでいいよ」

「それは皮肉すぎるなあ……」


 私の高校中退が正式に決まった。両親の説得には時間が掛かったが、不登校のまま受けた模試がそれなりに好調だったこともあり、私の心情を優先してくれることになったのだ。お互いの節目ということで、カフェでお茶会である。


「一時期は、もうつむに二度と会えないんじゃとか思ったけど。元気そうで良かった良かった」

「これからだけどねえ……咲貴は学校、大丈夫?」

「それなりに擬態してやってるよ……ねえ、あの人たちの話、してもいい?」

一条いちじょうとか鱒河ますかわの? 別にいいよ、もう連絡取ってないし」

「うん。まず鱒河くんだけど、他県の高校で仕切り直してるらしいです」

「へえ……生きてるならいいや。他の人はなんて?」

「あんまり言及してないかなあ……つむがリタイアした日のことも、『意見出し合ってたら急に』みたいに先生に伝わってるし」

「……それ、一条が口裏合わせさせたってこと?」

「いや、一条くんに証言させなかったんだよね。みんなで庇って」

「また変なことに……まあどうでもいいけどさ」


 よみがえる苦さをコーヒーで上書き。


「で、その一条は?」

「反省してるっぽい……っての、つむに言っても今さらだけどさ。学校には来てるし、普通に話してるけど、黙って机に向かってることが増えた気がする」

 そう答えた咲貴は、何か隠しているようだった。

「ねえ咲貴、何か言いたいことあるんじゃない?」

「……うん、つむに言うことじゃないけどさ」


 珍しく目を伏せながら、咲貴は言う。

「あのときのつむが、ちょっと私には羨ましかった」

 ペンネに伸びていたフォークが、手元でかちゃりと鳴った。

「……続けて」

「うん。あのとき一条くんがしたこと、ダメだけどさ。

 誰かを傷つけてまで、悪者になってまで、守ろうとしてくれる人がいること。私は羨ましいって思っちゃったよ。そんな男子は私にはずっといなかったから、眩しかったんだよ。結局、みんなのこと傷つけて終わりだったけどさ」


「……彼なりに、大事にしようとしてたんだとは思うよ」

 あまり思い出したくもないけれど、忘れ去ってもいないのだ。彼が隣を歩くだけで心強かったこと。彼が他の存在から私を守ろうとしてくれたこと。思い出しながら、回答を続ける。


「彼氏、にさ。自分のことだけ大切にしてほしいって。他の人には攻撃的なくらいがいいって。そんな子もいるとは思うし、その気持ちもちょっとは分かるんだよ」

 好きな人に、和枝に、自分のことだけ考えていてほしい、だとか。最近の自分に積もっていく感情だって、あのときの一条と少しは通じているかもしれないのだ。


「それでもさ。やっぱり私は、好きな人が誰かを傷つけるのは嫌で、好きな人にはなりたい私を肯定してほしいんだよ。人を想える人が好きなんだよ、私が思う優しさを持っている人しか好きになれないんだよ」


 ばつが悪そうな顔のまま、咲貴も頷く。

「つむがいなくなって、あんなに頼れる人がいなくなって気づいたんだ。甘えられる誰かがいるのは幸せでも、甘えるために自分を曲げるのは嫌だなって……この先の社会もそうだって」


 つむみたいに優秀でも強くもないし、どうせ地元で適当に就職して結婚するよ――以前の咲貴はそう言っていた。


「……勉強、頑張らないとだね」

 自分にも言い聞かせるように呟くと、咲貴は「今はその正論しないでよ」とそっぽを向いて、それから吹き出していた。



 それからカラオケに入り、終了時間を見計らって部屋を出よう、という頃に。


「忘れ物ないね……ん、咲貴?」

 咲貴は私へと抱きついてきた。いつか保健室で安堵させるように抱きしめてくれたのとは違う、すがりつくような抱擁。


「……ごめんね、一回だけ言わせて。

 つむが学校に帰ってくるの、待ってた。前と同じじゃなくてもいいから、もっと自分勝手でいいから、私と同じ青春にいてほしかった」


 辞めてごめんね、と言うのも違う気がして。私は黙って、咲貴の背中をさすっていた。彼女が泣くのは、本当に久しぶりだった。

「寂しくて泣く私が嫌いだよ。あれだけ苦しい想いした君より、自分のことばっかり考えちゃう私が嫌いだよ。けど、やっぱり寂しいんだよ」

 涙声で語られた自己否定に、私からも抱擁を返す。


「私は今でも、咲貴のこと大切だよ、大好きだよ。

 それでも、もう同じ道は歩けないんだ」

 

 高校三年間、からの進学や就職。その順番なら、もっと晴れやかに受け容れられたはずの別れだったのだろう。道が違えられていく基点が傷であることは、お互いに浅からぬ苦みを残していた。


「分かってるから。納得もするから。

 もう少し、ぎゅっとしていてよ」


 咲貴の頼みは、私の気持ちと同じだった。

 店員から呼ばれるまでの間。大丈夫、大丈夫と繰り返しながら、私たちは抱きしめ合っていた。

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