#21 物語の裏側、の裏側


 和枝かずえの長編『マグペジオ』において、魔法の適性はそれぞれ四種類の「系統」と「傾向」の掛け合わせにより規定される。

 系統は魔法の作用の種類で、火や風など自然現象を操る自然系統、体や材質を強化する強壮系統、別のモノに変わる変身系統、動植物を味方とする使役系統からなる。

 傾向はそれらを扱うときに秀でている側面で、個人での発動における出力・技巧・持続の三傾向がメジャーだ。さらに希少だが、他者と協力し負担を軽減することで優れた作用を発揮できる共有傾向もある。


 自然系統で出力傾向なら、派手な魔法攻撃。強壮系統で持続傾向なら、武器を携えての接近戦……というように。定番のRPG的なタイプ分けを再解釈したのが、この世界設定なのだろう。


 主人公のブレノンは、珍しく共有傾向に長け、知識も広い少年だ。しかし単独での魔法力は人並み以下、さらに身体を動かすのが極端に苦手であるため、一人では周りに負けてばかりだ。当然、侮られる。

 しかし共有傾向を活かすことで、仲間の得意技をさらに磨く、あるいは短所を補う連携が可能だ。それらに知識や洞察力を組み合わせ、新しい戦術を編み出していくのが彼の役回りだ。恐らく、和枝自身にこうした経験があるのだろう――運動は苦手、一人では役立たない、しかし誰かの特性を引き出すことができる。


 もう一人の主人公であるリリファは、自然系統と出力傾向に長け、強力な一撃を繰り出すことができる。しかし制御が苦手で魔力の消費が激しいため、安定した立ち回りには難がある。そうした彼女の特性にブレノンは目をつけることになるのだ。

 リリファは幼い頃、村を襲う怪物ゴスモにより重傷を負っている。その傷は今も顔に残っており、ときに嫌われる原因にもなっていた。活発さの裏に隠した痛みが、ブレノンのコンプレックスと共鳴していくのだ。ポテンシャルと不安定さ、苦悩ゆえの共感の深さ、和枝が想う「彼女」の投影だろう。


 そして二人に大きな影響を与えたのが、既に騎士や指導者として活躍している女性のトラリアだ。彼らが暮らす地方を守る騎士団のエースであり、かつてリリファをゴスモから救い出したその人だ。

 リリファが騎士を目指すきっかけとなった偉大な先達、であり。

 後輩に現実を突きつける壁でもある。一人で弱くても補い合えればいいというブレノンの理想を、厳しい訓練によって試していく立場だ。


 トラリアがまとう、凜々しくも厳格な女性という雰囲気にも、和枝の実感が込められている気がした。それ以上に、リリファがトラリアに向ける崇敬の熱さには、リアルな眩しさと切なさが感じられた。


 きっと。「彼女」の近くに、そんな女性がいるのだろう。きっと和枝にも近しい人、同学年の知人だろうか。

「彼女」が体と声をいっぱいにして表現する、その好意の行き先が、自分ではない女子であること。そのもどかしさがこうした作中の人間関係に表れている、私はそう推測していた。


 彼自身を投影した主人公が、「彼女」を投影したヒロインに愛される、そんな構図の方がよほど納得がいった。現実からの逃避でも、現実に立ち向かう予行であっても、空想の中でくらい都合よく結ばれてもいいはずだ。


 リリファは、ブレノンと学友や仲間として絆を深めるにつれて、「男女」の仲を感じさせなくなっていた。きょうだいのように、あるいは同性の友人のように、遠慮も愛嬌もない間合いになっていく。信頼が強まるほど期待は遠くなっていく、そんな日々を彼も送っているのだろう。


 私は、そんな話を読みたがっていたはずだった。ロマンスもラブコメも好きだけど、そうならない異性の方が圧倒的に多いはずなのだ、友達として絆を深めるペアがもっと多くてもいいと思っていた。

 その意味で和枝の物語はピッタリだった、はずなのに。


 惜しげもなく自分の理想をヒロインに吹き込んで、その上で彼女を自分から遠ざけていく、和枝のその姿勢が切なかった。

 ブレノンの挫折も空回りも、彼が自身から弾きだした期待値の低さ、その投影だ。

 ブレノンは不器用で醜い自分の体を呪っている、それも彼の自意識の投影だ。


 所詮は私の推測で、思い違いかもしれないし思い違いであってほしいけど、読むほどに予感は強くなっていた。


 誰かとつながる自分の日々は誇れるけど、自分自身のことは嫌っている。

 自分自身のことが嫌いだから、日々を誇れるように誰かとつながっている。

 だから、集団の中で友人にも仲間にもなれるけど、一対一の恋人にはなれない。

 自分に強さを見いだせないから、一人きりで責務を負う恋人にはなれない。


 彼の行動原理に気づいて、同時に思い至る――私にそっくりじゃないか。

 純粋に和枝を応援しているんじゃない、彼を応援している自分が気持ちいいだけだ。

 恋愛に裏切られた痛みから逃げたくて、彼の恋に感情移入して、挙げ句の果てには自分が主役になりたいだなんて夢見ているのだ。


 心を震わせてくれた小説家への尊敬、だけじゃない。自己否定を拗らせた少年への憐憫、それだってこの恋心の正体だ。可哀想だから救ってあげたい、「彼女」の代わりに私がなりたい――なんて、何様になったつもりだ。


 彼の恋慕が報われてほしい――私はそれに耐えられる?

 拒まれて私を求めてほしい――彼にそれを耐えさせる?

 どっちも正解で、どっちも間違いだ。手の施しようがない。


 そんな歪んだ気持ちなら、捨てた方がいいはずなのに。


 こんなに強く、生きていたいと思えたのは、初めてなのだ。

 未来を捨てようとした日々が嘘みたいに、死にたくないのだ。


 常識からは外れた道かもしれないけれど。抱えて、前に進むしかなかった。事実、自習も塾通いも順調だったのだ。自分を仕切り直せる次のステップへの道は、少しずつ明確になっていた。


 このまま。彼との関係が途絶えないよう、仲間として友人として関係を深めていく。

 それでいい、それしかないと言い聞かせながらも。


 顔も知らない彼が、優しく触れてくれるのを、甘く囁いてくれるのを。思い描かずには、縋らずには、いられなかった。


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