#19 現実と空想のアルペジオ

 共同制作の誘いに私が乗ってすぐ、和枝かずえは長編の構想について聞かせてくれた。

 異世界を舞台にした学園ファンタジーである。魔法の才能を持った少年少女たちが、魔法や武術を学びながら騎士を目指し、やがて国の動乱に立ち向かっていく……という、定番といえば定番の作り。

 とはいえ、心理や言葉を絡めた魔法の成り立ちはなかなか珍しいように思えたし、キャラクター同士の連携を強調する戦い方にも興味を引かれた。そもそも、彼がイチから作り出す世界観である、聞いているだけで楽しい。


 しかし、何より熱がこもっているのはキャラクターの造形だ。

 身体が弱く侮られがちだが、珍しい魔法適性を活かして仲間の活躍を広げる少年が主人公、というより日陰の語り部。

 魔物に襲われた傷を抱えながらも、恩人である騎士の女性に憧れる少女がヒロイン、というより物語の中心。

 和枝が好きそうな構図、である以上に。和枝と、彼が慕う「彼女」の投影に見えた。はぐれ者どうしで励まし合い支え合いながらも、少年は隣の少女に憧れ、少女は遠くに憧れ、絆が深まるほどに内心はすれ違っていく――それはきっと、彼が予見する「彼女」との結末なのだろう。


 たとえ恋仲にはなれなくとも、共に歩む道を信じたい、という決意。

 共に歩み続けたとしても、恋仲という理想は叶わない、という覚悟。

 

 人には言えない、自分でも納得しきれない激情に折り合いをつけること。彼がどれだけ意識しているかは分からないが、源泉の一つであることには間違いがないように思えた。


 その二人だけでなく。性格も適性も様々な生徒や大人たちは、彼が今いる場所――合唱部での充実を表わすようだった。私が高校で得られなかった青春らしい豊かさだって、この物語で得られる気がした。



 このように描きたいネタは多いものの、オリジナル設定の長編となると不安が多い……書けることは書けるが、読みやすいかは自信がない、というのが彼の悩みらしい。そこで、公開前のプロットや下書きを私に読んでもらい、アドバイスをもらいたいという。


 言葉選びや展開は相変わらず好みだった、とはいえ。彼の不安の通り、確かに構成がぎごちない面はあった。伝えたいことがあまりに多く、私のように相当に集中して読む人でなければ消化しにくいだろう。


 そんな状況に、私の思考回路は意外なほど合っていた。彼の意図と感性がより伝わりやすくなるための、要素の整理とバランスの調整。編集者のような役回りは、自分でも気づかなかった得意分野かもしれない。


「どのキャラクターも魅力的で活き活きとしているのですが、最初から長いスポットが続くのは追いにくいようにも思えます」

「性格や能力の差を示すのに、同じ課題で競わせる、あるいは試合をさせるシーンを入れてはどうでしょう? それまでにメイン二人で世界の基本を押さえておくと、読む方も一気に盛り上がれるはずです」

「やはり、和枝さんの魅力は心理表現の言葉回しです。だからこそ、普段はシンプルさも意識しつつ、大事な場面で一気に密度を上げる、というメリハリが効果的だと思います。映画のアクションがダサかったら不満だけど、アクションばっかりの映画は疲れちゃう、そんなイメージです」


 不躾かもしれないと不安になりながらの指摘だったが、受け取った和枝はいつも乗り気そうだった。むしろ、筋道が見えたことでさらに新しいアイデアが湧くこともあるらしく、意見交換のたびに作品のエネルギーは鮮やかさを増していった。


 そうして、ひと月ほど掛けて執筆とブラッシュアップを行い、最初のパートが完成した。投稿されてからの反応を追っていると、私以外からの注目も少しずつ集まっているのが見て取れた。

 ヒロインの過去を描いた冒頭の没入感。二人の友情の温かさともどかしさ。少しずつ明かされていく世界観と、それらが収束する戦闘訓練の熱量。


 ふたりでこだわったシーンに、少しずつ好意的な反応が積み重なっていく。和枝の世界が、ひとり、またひとりと心に宿っていく。その広がりが、まるで自分のことのように――これまでの人生のどの瞬間よりも、誇らしかった。


 魔術騎士塾マグペジオ。

 二人であれこれ考えた末、見つけてもらいやすいようにシンプルに落ち着かせたタイトル。マグペジオ、というのは魔法とアルペジオを掛け合わせた造語で、和枝が部活の最中に思いついたのだという。


 アルペジオ。連なった、けれども少しずつ離れた音階たち。重ならないからこその、美しい響き。


 重ならないからこそ美しい――それが君の答えで、私にとっての正解なのだろうけれど。


 同じ場所で同時に響く和音を、もう少し夢に見ていたかった。

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