第4章 Response

#13 恋に見つかった日

 私の要望と伯母のアドバイスもあり、無理に学校に行くことはしない、という方針はまとまった。

 心療内科での診療を中心に、症状の回復を目指すこと。並行して、できる限り自習すること。今年度じゅうの復帰が難しければ、中退し通信制高校や予備校で仕切り直すこと。こうした方針が家族内でまとまり、学校にも共有された。といっても、この手の医院は予約が取りにくいらしく、受診はもう少し後になりそうだった。

 同時に、祖母が心疾患で入院することになり、一人の時間が増えた。人との関係に疲れた身としては最適な環境……と思えていたのだが、何日も続くと寂しくもなってくる。しかし、一緒に過ごせる人もいない。


 そこで居場所に選んだのは図書館だった。誰もお互いに干渉しない、しかし人の目はある、何より本だらけ。これほど安らげる場所に、なんで早く気づかなかった、とさえ思った。

 様々な作家に触れてみると。あれだけ感動していた和枝かずえの文章も、プロに比べれば荒削りであることには気づく。投稿サイトで見かける中では洗練されているとはいえ、やはりアマチュアだし、高校生らしい青さも感じる。

 けど、好きだった。何度目でも、読むと心が満たされていった。予測のしやすい展開かもしれないが、視点の置き方には血が濃く通っていた。


 暑さが本格化し、やがて学校が夏休みの期間に入る。人目につかないように受け取りにいった通知表は、欠席分が反映されて芳しくない数字が並んでいたが、ギリギリでテストは受けていたため単位は取れていた。登校する気力は湧いてこないが、二学期もテストだけは受けておこうと決めた。


 その間、和枝はコンスタントに投稿を続けていた。彼も夏休みで執筆時間が取れた、ということだろう。何回目でも心の震えは褪せなかったし、コメントを送るときにラブレターの心境を味わうのも相変わらずだった。


 そして、八月の半ばを過ぎた頃。

 投稿サイトからの通知メールに「和枝さんからのメッセージが届いています」と表示され、不思議に思いつつアクセスする。最新作に送ったコメントへの返事はもうもらっていたはず、だが。


「うっそ!?」

 間抜けな大声が出てしまった。

 使われていたのは作品に紐付いたコメントではなく、ユーザー間でのメッセージ機能だ。それも、だいぶ長い。



 〉つむぎさん


 こんにちは、先日から度々お読みいただいている和枝です。

 各作へのご感想にはもうお返事を差し上げていたのですが、紡さんに見つけていただいたことがあまりにも嬉しかったので、改めてお礼を送らせてください。


 創作、特に小説に触れることは、物心ついたときから自分の大きな支えでした。それらを受けて頭の中で空想を広げることも、ずっと楽しんでいました。

 ただ、それらを形にして人に見せるのは、ずっとハードルが高いままでした。認めてもらえる自信がなかったのは勿論、否定されることが怖かったのが大きな理由です。

 しかし、この春からの学校での経験から、想いを人に伝えることの、書いたものが心に響くことの楽しさを知ってしまいました。なら思い切って踏み出そう、と公開したのが、読んでくださった物語たちです。


 それらを紡さんが気に入ってくださったことで、僕の一番僕らしい一面が肯定されたようでした。僕にできることって、考えていた以上にあるのかも、そんな風にさえ思えています。


 行き場をなくしかけていた物語を救ってくださり、ありがとうございます。

 夏休み明けになると投稿ペースが落ちるかもしれませんが、ここでの創作は続けていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。


 和枝



「……どうしよう、」

 こんなの。好き、になってしまう。


 浮かびかけた感情を飛ばすように、自ら頬をはたく。相手は知り合ったばかりで顔すら知らない、そもそも名乗る通りの身分だとも限らない。それにまた男を求めてどうするんだ、恋だとか好きだとかには散々裏切られたばかりじゃないのか。


 恋にはならない、なっても実らないから絶対にしない、けれど。

 友達、にはなりたい。これほど私に関心を持ってくれるなら。


 頬を伝ってゆく涙もそのままに、スマホのメモ帳を開く。どう返そう、何から話そう。こんなに伝えたいことだらけなのだ、何度も書き直さないと読める文章になんかならない。


 まずは感謝を。どれだけ救われたか、どれだけ心の支えになっているか、隠さずに伝えよう。不登校になっていることも書こう、和枝ならそれを蔑んだりしない。

 そして。この場所でこれから、小説に関係のないことも伝え合いたい、その望みも伝えよう。きっとこの人はそんな相手を求めている、心の響き合う相手を探している。


 遠くてもいい、言葉だけでいい、彼にとっては趣味のほんの一部分であってもいい。

 私にとっては、最上の救いだ。また世界を好きになるのに、必要な光だ。

 

 たどたどしい手つきで、敬愛する小説家への手紙を記しはじめた。

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