#3 マンガみたいなロマンス、だったはずの

 遡ること二ヶ月あまり。二○一二年、春。

 新しいクラスは、それなりに心躍る編制だった。

 

 進学を目指す生徒が集められただけあって、勉強への士気は高そうで。

 中学以来の親友である咲貴さきも一緒で。

 それなりに高いテンションで小説の話ができる子も一緒だった。


 そんな良い印象だったからこそ、学級委員長への推薦も去年に続き快諾した。この年代の集団の音頭を取るのはそれなりに面倒だとは知っていたが、深刻なトラブルが起こるとも思えない。得られる信頼と達成感の方がずっと大きいはずだ。


 文化祭に力を入れている学校だったこともあり、前年度から続いていた運営委員の活動は春になって本格化した。人から求められるのは嫌いじゃなかったし、むしろ必要とされないせいで暇になる方が怖かった。クラスのことでも文化祭のことでも、頼まれ事が集中するようになってきたことは前向きに捉えていた。誰かがやらないと集団は回らない、その誰かになろうと心がけるのは昔からだった。


 面白いことに。私がクラスの女子の代表としてもみなされていたのに対して、男子の代表に担ぎ上げられていたのが一条だったのだ。一条いちじょう克治かつはる、個人病院のひとり息子としても、去年の新入生代表としても有名な彼は、何をやらせても呆れるほど上手くいく人間だった。それでいて変に気取ることもなく、良い意味で高校生らしいふざけ方で輪に溶け込んでいるし、さらには知的かつ爽やかな風貌である。分かりやすく女子には人気があるし、男子からも「うちのエース」のような扱いを受けている。


 そんな一条と私は、中学時代から幾度となく、行事の運営などで顔を合わせていた。私のような――内面も見た目も真面目に寄りすぎた、同性はともかく異性には煙たがられがちなタイプにも、彼は分け隔てなく接してくれた。何かとサボりがちな男子には珍しく、要所できっちりと意識を引き締め、一緒に真面目に考えてくれるような姿勢には、私も助けられていた。


 高望みは明らかだったから、本気に思わないようにはしていたが。

 少なからず、異性として好感を持っていたのは確かだった。


 だから、付き合いを申し込まれたときに嬉しかったのは本当だったのだ。



 四月下旬、クラスマッチの準備に二人で居残っていたときに。


織崎おりさきってさ」

「うん?」

「……彼氏、いる?」

 ただの雑談にしては真剣そうな一条の声に、私は作業の手を止めた。

「いないけど。というか、いるように見える?」


 謙遜でも何でもなく、異性にモテる女子ではない……というか、あまり興味はなかった。可愛らしさや華やかさのために努力できる子のことも尊敬はしているが、手のかからない質実さの方が私の性に合っている。それに、特に愛嬌を意識することもなく集団を取り仕切るタイプなのだ。支持も反発も少なくないが、どちらも恋からは遠い、そう思っていたのだが。


「いてもおかしくないから聞いてるんだろ……じゃあ、さ。

 良かったら、俺と付き合ってくれないかな?」

「一条くんが……え、私と?」

「うん、織崎と」

「……え、なんで!?」


 立ち上がって素っ頓狂な声を上げる私に、一条は深く息を吐いてから答える。


「俺さ、ずっと頑張らなきゃいけない、成功し続けなきゃいけない人間だからさ。

 そばにいてほしいの、真剣に物事に向き合える人なんだ。俺が知ってる女子の中で、何事にも真剣で尊敬できるの、織崎だから。

 それに、織崎は。もっと可愛くなる、自分が思ってる以上に可愛くなれる子だと思う」


 一条の言葉に、少しずつ実感が追いついて、体が熱くなっていく。


「……付き合っても。そんなに楽しい彼女になれないよ?」

「俺はいつも楽しいよ、こうやって織崎と話すの。俺が知らないこと話してくれるのも、どんな人も評価する所も好きだし」

「君と付き合いたいもっと可愛い子なんて、いっぱい居るでしょ?」

「だとしても。俺は、織崎がいい……もしかして、俺のことイヤ?」

「いや……ああ、そのイヤじゃなくて」


 心を落ち着けながら、正直な言葉を探す。


「私はね。一条くんのこと、すごく尊敬してる。いい仲間だと思ってる。勿論、格好いい人だなって気になってた……けど、恋とか付き合うとか、私には似合わないってずっと思い込んできたから。嬉しい以上に、驚いてる、戸惑ってる。

 けど。嬉しい、すごく嬉しい、だから」


 一歩踏み出して、左手を差し出す。


「君さえ良かったら。よろしくお願いします」


 握手、ではなく抱きしめられた驚きも。

 全身を包む、男の感触の馴染みのなさも。


 ちゃんと、嬉しかったのだ。心は浮きたっていたのだ。


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