SS 神宮寺朱葉のモノガタリ

「…ここは、…」


目を覚ますと知らない天井。そして知らないベッドの感触。

ゆっくりと身体を起こし状況を確認しようと思考を巡らせた。


(私の名前は…神宮寺朱葉。…うん、大丈夫。名前は覚えてる)


ふと、頬に掛かる髪の色が金色な事に気が付いた。本来の私の髪色は…黒。


(ああ…そういえば、新しく出来た衣装の試着をしていて…)


と、すれば…これはウィッグだろうか。…まさか装着したまま眠ってしまった?

…そんなはず、と思いながらウィッグを外そうとするも……外れない。


「え…、…何…?」


よくよく自身を見遣れば、着ている服は試着していた衣装ではなく…そう、眠る時に着るような、肌着の様なもの。


(こんなの着た覚え…ない)


混乱しそうになりつつ、軽く部屋を見回した。

そこは見慣れた自室ではなく、もっとこう…そう、中世というか…それをモチーフにした、ゲームの様な世界観のものと言うか。


「…あ、鏡」


視界に鏡を捉えた。

ベッドから静かに降り、鏡台へと歩み寄る。

そこに映っているのは……


「…エルフィーナ…」


…私の好きなゲームの、ヒロインだった。


(どういう事? なんで、こんな…)


そこで、ぁ…と小さく声が漏れた。

…記憶が途切れる前、私は出来上がったばかりのコスプレ衣装を試着していた。

ゲームは一週間前に発売されたばかりのものだけど、半年程前から各ゲーム雑誌で取り上げられており、キャラクターのビジュアル等がよく載せられていた。

それを元に、少しずつ作り始め…ゲーム発売から一週間後、ようやく完成。

それを試着し、自室の鏡の前でおかしな所がないかチェックしていた。


(…うん、大丈夫そう。これなら、あの人も褒めてくれるはず)


そんな事を考え、僅かに口元に笑みを浮かべた時だった。

ヒラヒラと動く衣装のパーツに、愛猫が反応し飛び付いてきた。

…それに驚いた私は後ろへと倒れ、頭に衝撃が走って…そこから今目覚めるまでの記憶はない。


(…え、…もしかして、転生とか転移とかそういうもの? 現実の私は…どう、なったの…?)


鏡の中の自分の姿をまじまじと見つめる。

そこにいるのは間違いなく、あのゲームのヒロインの一人、エルフィーナ・ホーエンウルフ。

…なんとなく信じられなくて、軽く頬をつねってみた。


「……痛い」


夢ではないようだった。


(頭を打ち付けて…現実の私がどうなったかはわからないけど、好きなゲームのヒロインに転生って…それこそ、漫画やゲームみたい。…ああ、そういえば描きかけの原稿…どうしよう。いや、そもそも…)


「…戻れるの? 元の、世界に」


そう思ったら、目の前が少し暗くなった気がした。

好きなゲームの世界に入り込めたら、なんて考えた事は勿論あるけど…今はそれを手放しに喜べない。

次の即売会、あの人が…サークルに来てくれるって、リプくれていた。


「うそ…もう、会えないの? 気持ちも、伝えられないまま…?」


あの人の笑顔が脳裏に浮かぶ。


…溢れる涙を止める術を、私は知らなかった。



***



「ふう、こんなものか」


あれから数日。

この世界の生活にも少しずつ慣れてきた。

元々前作を含めてゲームをプレイした為、世界観は分かっているし登場人物も把握している。


…エルフィになりきることも、難しくはなかった。


「しかし…このコマンドはどうにかならないものか…」


小さく口にして空中へと視線を向ける。

このエルフィは騎士団に属する槍騎士で、戦闘シーンでは自身の身長よりも大きな槍を振るって戦う。

勿論そんな事なんてした事がない私は、そこだけなりきれるか不安だったのだけど…槍を握った瞬間に、そんな不安は払拭された。


…コマンドが出るから。


一昔前のRPGでよくある『たたかう』みたいなコマンド。

このコマンドは念じるだけで選択出来、そうすれば身体が勝手に動いてくれる。


便利ではあるけど…なんだかな、という感じは否めない。


ちなみに今はナタを片手に薪を割っていた。

もちろん、これもコマンドがどうにかしてくれている。


「お疲れ様、エルフィ」

「あ、クリス」


ひと息吐いたタイミングで、クリスが話しかけて来た。…いつ、来たのだろう。全く気が付かなかった。

彼女はクリスティーナ、このゲームのメインヒロインの一人でエルフィの親友。

実を言うと、私はこのクリスと主人公・フォレスのカップリングが大好きだった。


(…新刊もその予定だったのにな…)


そんな事を心の中で呟く。


「…随分買い込んだな」

「今日はフォレスと一緒に食事をする約束をしていて…折角だし、好きな物作ってあげようと思って」


ぇ…何それ、見たい。

推しカプがイチャつく現場とか見たいに決まってる。


「そうか」

「うん。あ、エルフィも一緒にどう? 三人で食事したらもっと楽しいと思うから」


…是非とも参加したい。

したい、のだけど…邪魔をするのも気が引ける。それに…。


「そうだな…いや、やはりやめておこう。少し用事があるんだ」


騎士団長に呼ばれているのを思い出した。


『また誘ってくれ』


そう言葉を続けて、その場は別れる。


…フォレスが倒れたと聞かされるのは、それから少し経っての事だった。

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転生したら好きなゲームの主人公だったので好きに振る舞ってみた。 霧嶋結楠 @psyjudgement

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