冒険者の少女 2


 揺れる馬車には、なぜか御者の老人と仲良く話しているサクと、微妙な表情のリリィ、夫婦らしき若い男女と子供二人が乗っている。

 イアル村まで歩こうとしていたサクたちは、祭りのおかげで臨時の乗合馬車が出ているのを発見。お金を極力使いたくないと渋るリリィだったが、サクが御者と交渉し、村まで馬車を護衛する代わりに無料で乗せてもらえることになった。


 確かに町から外に出れば弱いとはいえ魔獣が出ることもあるし、護衛がいた方がいいだろう。それでもリリィの心境は複雑だ。

 いざ魔獣が出ても、リリィは戦力にならない。すばやいオオカミ型の魔獣が出れば、逃げることさえ彼女には難しいのだから。


「心配するなリリィ。こういうところの御者なら魔獣よけの歌を歌えるもんだ」


「歌ったら逆に魔獣が出そう……」


「おいおいお嬢ちゃん。うちの馬車は親父の代から歌を歌っていて、一度も魔獣に襲われたこたぁねぇぞ」


「ご、ごめんなさい!」


「おっちゃん悪いな。この子、冒険者だから慎重なんだよ」


 サクの言葉に御者の老人は「なるほどな」と言って機嫌を直す。かの有名な英雄の名言に『優れた冒険者は臆病である』というものがあるからだ。

 老人とサクは英雄について話に花を咲かせ、馬車に乗りあった家族も交えて盛り上がっていた。


 そんなサクに助けられた形になったリリィは面白くないようだ。一人輪に入らず背を向ける少女を見て、サクは小さく息を吐くと御者の老人に声をかける。


「おっちゃん、そろそろ魔獣よけの歌を聞かせてくれよ」


「よーし、耳かっぽじって聴けよーう」



  静かの森の、その向こう

  満ちたる楽園あるという

  探せ、探せ、かの場所を

  すべてを許す、その日まで


  我らは言わぬ

  我らは問わぬ

  我らは厭わぬ

  すべてを許す、その日まで



 老人の低くしわがれた声は、なぜか辺りによく響いた。

 魔獣よけの歌を聴いたのは初めてではないのに、なぜかこの歌にリリィは聴き入ってしまう。乗り合わせた子供達も黙って、静かに聴いているようだ。


「おっちゃんもう一回。出だしと最後の音は高めに歌ってみてくれ。その方が格好いい」


「そういや兄ちゃんは『歌師』って言ってたな。ならその格好いいってやつで歌ってやろうかい」


 サクの言葉に、老人は気を悪くすることもなく歌い始める。

 先程とはまた違う感じの歌になってはいるが、老人の低くかすれた声に合う、聴く人が心地よくなるような歌声になっていた。


「へぇ、こりゃぁ、えらく声が出やすくなったなぁ」


「おっちゃんの声には、こういうのが合うと思ったんだ」


「今度からこっちで歌ってみるわな。兄ちゃんありがとうなぁ」


「金も払わず乗せてもらってるんだ。これくらいじゃ礼にもならない」


 子供達に拍手されて、少し照れた老人がもう一回歌ってという声に負けて再び歌い出す。

 リリィは先程までのモヤモヤとした気分を忘れて、サクに問いかける。


「あの、ほんとに『歌師』なんですか?」


「ん? 最初に言っただろ? 俺は『歌師』だって」


「それは、そうだけど……」


 教本通りに歌えれば皆取れる資格だと思っていた『歌師』というものに、リリィは初めて興味を持つ。


「教えてやろうか?」


「結構です!」


 もはや反発するのは条件反射なのか、そっぽを向いてしまうリリィ。

 軽く肩をすくめたサクは再び御者の歌に耳を傾けるのだった。







 イアル村に到着した馬車は今日中にもう一往復するとのことで、すぐに元来た道を戻っていった。

 固まった体をほぐすサクの横で、リリィは依頼書を取り出す。


「まずは村長さんの家で依頼書を確認してもらわないと……」


「祭りは明日か。あまり時間がないな」


「時間がない?」


 依頼は明日の夜からのはずだ。今の時点で村に到着してるのだから早すぎるくらいだとリリィは首を傾げるが、そんな彼女をサクは呆れたように見る。


「おいおい、ここには『歌師』として来たんだ。歌の練習をするに決まってるだろ」


「練習をするんですか?」


「するだろ。おかしいか?」


 手入れをしていないボサボサの髪に眠たげな目、無精髭はそのままで薄汚れた服は胸元のボタンは取れてしまっている男。

 その適当な男の代表といった風体のサクが発した生真面目な言葉に、リリィは何とも言えない気持ちになる。


「村長に挨拶するのが先です。依頼の前に内容を確認してもらわないと。間違いが起こってからじゃ遅いので」


「わかった」


 コクリと素直に頷くサクに、やはりリリィは何とも言えない気持ちになる。この感情をどう表現したらいいのか分からない彼女は、心にモヤモヤを溜めたまま村長の家へと足を向けた。




 イアル村は自給自足で村人が生活している、小さな村だ。

 多くの若者は町に働きに出て、そのまま村に帰ってこないため人手不足となっていた。そこで今回の依頼である「祭りの歌い手」の募集だ。


「祭りは若ぇもんの歌がねぇど、困るでなぁ。来でぐれで、あんがどぅなぁ」


「え、えっと……」


「めんごい嬢ちゃんだぁ」


「うう……」


 特徴のある訛り言葉にリリィは固まってしまう。彼女も田舎育ちではあるが、幼い頃から近くの商家で働いたり、接客などもしていたため共通語以外の言葉は分からない。

 出されたお茶を美味そうにすすりながら、サクは眠たげな目のまま口を開く。


「可愛いお嬢さんだと言われているぞ。よかったな」


「え、言葉が分かるんですか?」


「なんとなくな」


 褒められて頬を染めるリリィに構うことなく、サクは村長へ問いかける。


「祭りの歌は教本にあるので大丈夫なのか?」


「んだ。でぎれば二人で歌っでぐれっどよがっべさ」


「……混声か」


「めおどの神さんだ。あんだら二人でやっでぐれっどありがでぇんだが」


「わかった。俺たち二人で歌おう」


「えっ……」


 勝手に了承されて慌てるリリィをサクは不思議そうに見る。


「何を慌ててるんだ。最初から歌うつもりで来たんだろ?」


「そう、ですけど……」


「ここいらの祭りなら女だけで歌うと思っていたから、俺は補助のつもりで来たんだが」


 そう言って顎の無精髭をさすると、サクは席を立つ。


「え? 何?」


「何って練習だろ練習。村長、俺たち外で練習してるから」


「わがっだ。夕飯でぎだら呼ぶがんな」


「ありがとう。ほら、いくぞ」


 問答無用とばかりに、リリィをひょいと抱き上げる……と思いきや、そのまま肩に担ぐ。

 わっしょいわっしょいである。


「ええ!? ちょ、ちょっと!! ちょっとおろして!!」


 おろせー!! という悲痛な声が、のどかなはずのイアル村に響き渡った。

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