冒険者の少女 1


 町の中心にある、比較的大きな石造りの建物。

 出ている木の看板には『冒険者ギルド』と彫られている。

 冒険者といっても冒険する者を指すのではなく、要は「何でも屋」みたいなものだ。仕事の内容は多岐に渡り、町のドブさらいから物探し、町近くにある森の魔獣退治まで数多くの種類がある。


 ギルドとは、仕事を斡旋する組合の総称だ。他にも生産ギルドや魔法ギルドなどもあるが、飛び抜けた才を持たない人間のほとんどが冒険者ギルドに登録している。

 十歳になれば誰でも登録できる。だからギルド内に設置された掲示板の前で、まだ年端もいかない少女が熱心に仕事の選別をしていてもおかしくはないのだ。


 薄茶色の髪をフワフワ揺らし、高い位置に貼られた依頼書をピョンと飛び上がって見ようとする。辛うじて見えた部分は『討伐』という赤い文字で、そもそも子どもが受けられるような依頼じゃないから高い位置に貼ってあるのだろうと、気づいた少女はガックリと落ち込む。


「はぁ……、いいのがないなぁ……」


 ため息をついた少女は、受付カウンターへと目を向ける。

 そこには忙しそうに書類を整理しているギルド職員が数人いて、少女の縋るような視線に気づく者はいない。


「忙しそう……でも、もしかしたら何か仕事があるかもしれないし……」


 掲示板に張り出されていなくても新着の依頼があるかもしれないと、少女はいちるの望みを持って受付カウンターへと向かう。


 するとたまたま奥から出てきた女性が少女に気づき、笑顔で声をかけてきた。

 目元のほくろが色っぽい金髪碧眼の美女は、たゆんと胸を揺らして手を振っている。


「リリィ、ちょうどいいところにいたわね。新着の依頼があるんだけど、時間ある?」


「本当ですかマルタさん! ちょうど仕事を探していたんです!」


「良かった。これが依頼書なんだけど、内容確認してくれる?」


 リリィと呼ばれた少女は満面の笑みで用紙を受け取ったが、その笑顔が曇っていく。


「マルタさん、これ……」


「イアル村でお祭りがあるのよ。リリィなら資格もあるし、ちょうどいいかなと思って」


「確かに資格はありますよ。でもあれって、教本どおりに歌えば誰でも取れる資格じゃないですか」


「大丈夫よ。その教本に載ってる歌を歌うだけなんだから。資格を持ってる人には結構いいお金出してくれるみたいよ。リリィ、稼がないとダメなんでしょ?」


 その言葉に、断ろうとしたリリィはうなだれる。。

 リリィの実家は農業を営んでいる。彼女は七人兄弟の二番目で、貧しいながらも優しい家族に囲まれ幸せに過ごしていた。

 しかし数年前の異常気象で不作が続き、生活が苦しくなった家族を養うためにリリィは町に出てきた。冒険者としてギルドに登録し、併設されている宿泊施設に住み込み仕事を斡旋してもらっている。地元で働くよりも、危険手当のつく冒険者のほうが何倍も稼げるからだ。


 ギルドならば、送金する手間がかからない。どこの村にもあるギルドの窓口で入金した金を受け取れるようになっている。これは国が専用の魔道具を設置しているおかげだ。

 不作の援助をしてくれない国に不満はあったものの、そこだけはリリィも感謝している。


「依頼内容に歌師の資格があればいいって書いてあるし、一人じゃないから大丈夫よ。ほら、あそこにいる人も一緒だから」


 マルタの指差す方向を見れば、ギルドに隣接されている酒場のテーブルに突っ伏している男がいる。

 男の足元に酒瓶が転がっているところを見ると、昼間であるにも関わらず酔っているのか苦しげにうめき声をあげている。男の様子に思わずリリィは顔をしかめた。


「あの人と二人で?」


「ま、まぁ、今はあんな風だけど人柄には問題ないわよ……たぶん」


「マルタさんの知ってる人?」


「彼がギルドに登録した時、私が担当したから」


「なるほど」


 リリィはマルタを信頼している。彼女の言うことなら間違いないとは思う。

 しかし、止まない男の地獄から響くようなうめき声に、彼女の心は不安でうめつくされていた。







 職業でもある『歌師』とは。

 魔獣と戦う『戦士』や、理を操る『魔術師』と並び立つもの……というわけではない。

 資格の欄に書くものがない人が、教本の歌を歌えて適正があれば誰でも取れる資格であって、それを職業とする者はいない。

 歌師は歌うことによって、ごく稀に「奇跡」を起こすことができる。体力向上だったり、魔力が上がったりと戦闘にも役立つ。

 ちなみに「奇跡」いわれる所以は、魔法と違って歌に魔力を必要としないからというのもある。


「あの、今日は、よろしくおねがいします……」


「よろしくなー」


 肩あたりまである黒髪は手入れもせずボサボサ、軽装に深緑色のマントを羽織った無精髭の男は眠たげな目を少女に向けた。

 対してリリィは橙色の服に皮製の胸当て、編み上げのブーツと白いポンチョを身につけている。腰にはナイフもあるが、あくまでも護身用だ。魔獣と戦えるほどの力は彼女にない。

 ゆえに、彼女の心には相変わらず不安しかない。


「あの、ここら辺にいる魔獣は弱いとは言いますけど、剣ひとつも持たないのはどうかと思いますが」


「へーきへーき、持ってるから」


「そう……ですか」


 持っていると彼が言うなら持っているのだろう。マルタが「問題ない」と言っていたし、一緒に依頼を受けたがパーティを組んでいるわけでもない冒険者に、あれこれ質問するのは良くないことだとリリィは無理やり自分を納得させる。

 先ほどまでうめき声をあげていたはずの彼は、マルタが声をかけるとトイレへ入り、しばらくして出てきた時には復活していた。

 そしてこの日、イアル村へ向かうことになったのだ。


「私はリリィです」


「俺はサク。『歌師』をやってる」


「はぁ、そうですか」


「サクお兄ちゃんって呼んでもいいぞ」


「え……兄というよりも、おじさん……」


「おい! 俺はまだピチピチの二十八だ! オッサンじゃない!」


 リリィはサクの顔をじっと見る。

 しっかりとした眉に夜空の瞳、通った鼻すじを見れば彼の顔は整っている。しかし無精髭が生えているため、むさ苦しいことこの上ない。


「二十八なら、お父さんと同じ年だから……」


「んがふっ」


 事実をそのまま言うリリィは斬れ味のいい返しをしたため、サクはガックリと落ち込むのだった。



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