歌師は旅をする

もちだもちこ

おわりとはじまり


 朱色の絨毯の道が祭壇へと続く。

 普段は一人で行う歌の儀を、今日、この日だけは二人が並び立っていた。


 かたや、長く伸ばした黒髪をひとつに結い、夜空の瞳を持つ美丈夫は静かに時を待つ。

 かたや、薄茶色の髪をふわりとなびかせ、若葉のような瞳を持つ優しげな青年は、隣の男に向けて何度も視線を送っていた。


 二人は揃いの白装束を身にまとい、細かな刺繍の施された布が幾重にもかさねて作られた衣を肩に掛けている。

 

 石造りの祭壇には伝統的な織物が供えられ、その布はまるで花のように美しく折ってあった。

 祭壇の向こうから吹き込む風は、まるでそこから生まれ吹いているかのように感じられ、普段とは違う特別な何かを予感させている。


「二人とも、準備はいいか?」


「はい」


「だ、大丈夫です」


 いつからいたのか、祭壇の前には壮年の男性が立っていた。

 二人の青年を見定めるその目は鋭く厳しいが、わずかにあたたかみを感じさせている。


「次代の選定の儀を始める!」


 男が朗々と儀式の開始を告げると同時に、青年二人は息を合わせ歌い始める。


 それは喜び。

 それは輝き。

 それは変革。

 それは終わり。

 そして、始まり。


 天におわす神々に届けとばかりに響くその歌声は、遠くから見守る人々にも届くほどのものだ。

 泣いている子供は笑顔になり、老いた人は手を合わせ涙を流す。

 数十年に一度だけ行われるこの儀式は奇跡を起こすと言われている。神の歌い手がいれば、人々は神に守られて生活することができるからだ。

 そう、ここでは彼らは穏やかに何事もなく、笑顔のまま生きていけるのだ。


 二人の歌は響き、交わり、そして離れて再び合わさる。

 先ほどまで曇っていた空からは優しい光が射し、祭壇の前にいる青年二人を包み込んでいった。







 次代の『神の歌い手』が選定される。

 永く続く一族の担い手として。

 告げられたのは、どちらだったのか。

 夜空の瞳は静かに閉じられ、若葉の瞳は驚きに見開かれた。







 かくして今代の長が決まり、人々の安寧は守られる。







 そして、その数ヶ月後。

 光溢れる場所から若者が一人、姿を消した。


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