第3話 推しの弟になる?
あぁ……心臓の音がやけにうるさく感じる。
まあ、当たり前なんだけど。
だって、今、俺は千冬さんと同じベッドで横になっているのだから。
俺は千冬さんの作った夕飯を食べた後、お風呂に入ったり歯を磨いたりなどを済ませ、今に至るのだ。
何というか、千冬さんって完璧すぎない? と思った。
彼女が夕飯に作ったのはハンバーグだったのだが、店で出されていてもおかしくないほど美味しかった。
俺はハンバーグを食べながらまたしても涙を流してしまいそうになった。
だって……
夕飯を誰かに作ってもらったことがなかったから。
「葵くん……う~ん……えへへ」
千冬さんは気持ちよさそうに眠りながら俺の名前を口にしていた。
こんなの寝れるわけがない。
俺の名前を口にしている以前にこんなに可愛くて料理もできて優しい女の人が隣で寝ているって考えるだけで心臓の鼓動が早くなってしまう。
理性を抑えることができているだけでも褒めてほしいくらいだ。
俺が目を閉じて「無心、無心、無心」と何かの呪文のようにずっと唱えていたら、横で寝ているはずの千冬さんが「葵く~ん」と言って抱きついてきた。
いや、どんな夢見てるんだよ……!
緊張が俺の許容量を超えたようで、そこで俺の意識は飛んだ。
*****
「おはよ~」
「あ、おはようございます」
「って、大丈夫?! 顔色悪くない?!」
「いえ、大丈夫です」
「そう? それならいいんだけど」
目を覚ました俺と千冬さんはキッチンに向かった。
千冬さんは朝ごはんも1人で作ろうとしたが、さすがに毎食作ってもらうのは申し訳ない気持ちになってしまうので今日の朝食は俺が作ると伝えた。
母親は俺に食事なんて作ることがなかったから俺は基本的に毎日、自分で作っていたのでそれなりに上手く作れると思う。
まあ、朝食なのでそこまで手の凝ったものは作らないけど。
俺はスクランブルエッグにベーコンを焼いて、その後にフレンチトーストを作って食卓に並べた。
「はい、どうぞ」
「葵くん、朝食作ってるときの手際良かったね! びっくりしちゃったよ!」
「そうですか? 簡単なものばかりだったからだと思います」
「それでも凄いよ!」
「そんなに言われるとなんだか照れちゃいますね」
俺は千冬さんと一緒に朝食を食べた。
千冬さんは口いっぱいに頬張って「ん~おいひい~」と、幸せそうに満面の笑顔を見せている。
自分の作った朝食をこんなに美味しそうに食べてもらえると作った方としても幸せな気持ちになる。
俺と千冬さんは朝食を食べ終えると、歯を磨いたり洗顔をしたりして、外出の支度を始めた。
やっぱり、緊張するなぁ。
これから千冬さんの所属事務所『バーチャライブ』に行くのかぁ。
面接的なことされるのかなぁ。
「葵くん、準備できた?」
「は、はい」
「緊張しないで大丈夫だよ。リラックスして」
俺は何回か深呼吸して気分を落ち着かせた。
まだ心臓がバクバクしてるけど、少しは落ち着いたと思う。
「それじゃ、行こっか!」
「はい!」
俺は千冬さんの運転する車に乗って大手Vtuber事務所『バーチャライブ』へ向かった。
*****
「大きい……」
「だよね~、私も初めて来たとき同じような反応したよ~」
日本でも最大規模のVtuber事務所ということもあり、それなりに大きいところなんだろうなとは思っていたけど、予想以上の大きさで驚いた。
外観はまるで高級ホテルのようだ。
それほど大きくて、オシャレさもある。
「行こっ」
千冬さんは俺の手を掴んで事務所の中へと入っていく。
ちょ……!
俺はまだ心の準備ができていないんだけど!
そんな俺の心情は気づかれることなく、千冬さんは今にもスキップをしそうなほど上機嫌で事務所内を進んで行く。
最上階の一番奥の部屋に着くと、千冬さんはドアをノックした。
「はい、どうぞ」
部屋の中から返事が返ってくると、千冬さんはドアを開けて部屋に入る。
中には高身長のイケメンな男性がいた。
直感でわかった。
絶対に偉い人だ。
「おお! 君が兎野が言ってた子か!」
「は、初めまして! 夏野葵です!」
なるほど。
この事務所内ではVtuberとしての名前で呼んでいるのか。
これは俺も覚えないといけないかもしれないな。
「じゃあ、2人ともそっちに座って」
俺と千冬さんは用意されていた椅子に座った。
「まずは兎野に聞くよ。その子をVtuberにしたいというのは本気かい?」
「はい! 本気です!」
千冬さんは大きくはっきりと答えた。
千冬さんの返答をきいた男性は俺の方を向き、次は俺に問いかけてくる。
「夏野くん、君も本気でVtuberになる気はあるのかな?」
「は、はい!」
「配信経験はある?」
「いえ、ないです……」
「そうか。うちでは配信未経験の人を採用したことがないんだけど、その声は非常に魅力的だな。人気になるかもしれないな」
声……?
この声が魅力的?
実は俺の声は男にしては少し高くコンプレックスだったのだが、この業界では俺の声は武器になるのだろうか。
男性は俺と千冬さんを交互に見て、「う~ん」と少し考えた後に俺と千冬さんの2人をみてからこう言った。
「よし、採用しよう」
「「やった!」」
俺と千冬さんは嬉しさのあまり同時に立ち上がった。
だが、男性の話はまだ終わっていなかった。
「条件がある」
「条件ですか?」
「Vtuber上の2人の関係を姉弟にしてもらいたい」
「「姉弟?」」
俺はVtuberとしてデビューできることが確定した。
だけど、兎野ウサの弟としてデビューすることになったのだった。
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