第4話 幸せな時間

 なんだか疲れたなぁ。


 Vtuberとしてデビューすることができるのは嬉しいんだけど、まさか兎野ウサの弟としてデビューすることになるとは思いもしなかった。


 推しの弟……か。


 あの面接の後、千冬さんから聞いたんだけど、あの男性は『バーチャライブ』の社長らしい。


 そっちにも驚きだよ。


 兎野ウサの弟としてデビューするため、容姿も兎野ウサに似た容姿にするということでイラストレーターも同じ人に頼むらしい。

 似た容姿ってことは俺にもウサ耳が付くのかな。ちょっとだけ恥ずかしい気もする。


 Vtuberというのは、イラストとそれを動かせるようにしたLive2Dモデルが必要なので、1ヶ月から2ヶ月掛かるらしい。

 それでもかなり早いとは思うんだけど。


「いやぁ、それにしてもビックリしたね~」


「やっぱり千冬さんも聞かされていなかった感じですか?」


「全く聞かされてなかったよ~」


 千冬さんは車を運転しながら今日のことを話し始めた。


 千冬さん本人も聞かされていなかったようだ。どうりで聞かされた時、俺と同じくらい驚いていたわけだ。


 でも、1つ疑問に感じたので聞いてみる。


「千冬さんは嫌じゃないんですか?」


「え、何が?」


「その……俺が弟としてデビューすることです。容姿も似ているらしいし……」


「あー、そのことね! 全然嫌じゃないよ、むしろ嬉しい」


「嬉しい……?」


 俺は千冬さんの意外な返答に首を傾げてしまう。


「同じ事務所に所属しているVtuber同士が姉弟設定なんてなんだか新しい感じがして面白そうだし、私、1人っ子だから弟が欲しいと思ってたし!」


「そうなんですね」


「葵くんは……嫌?」


「いえいえ! 嫌じゃないです! 俺も嬉しいですよ」


「よかった」


 千冬さんが嫌だと思っていないことに安心した。

 言葉だけでなく、その表情からも本当に嬉しいんだなということが見て取れた。


 家に着く頃にはもう日も落ち、夜になっていた。


「それじゃ、夕飯作ってくるから葵くんは休んでていいからね」


 それは申し訳ない気がする。

 昨晩も作ってもらったのに今日も作ってもらうのは……。


 俺が作ると言っても、いいから休んでてと言われそうな気がする。

 だったら、一緒に作るのはどうだろうか?


「今日は俺も手伝っていいですか?」


「夕飯作りを?」


「はい! 一緒に作った方が楽しいと思いますし」


「たしかにそうだね! 一緒に作ろうか!」


「はい!」


 俺と千冬さんは手を洗ってキッチンへと向かった。


「今日は何作るんですか?」


「んー、そうだなぁ。葵くんのVtuberデビューできることが決まったから葵くんの好きなものでいいよ? 何が食べたい?」


 千冬さんは本当に完璧で優しすぎないか?


 こんなのドキッとしてしまう。


 俺の好きなものかぁ。

 まだ寒い季節だし、温かいものが食べたいな。


 そう思い、俺の好きな温かくなるような料理を伝える。


「ロールキャベツとかどうですか?」


「ロールキャベツいいね! 久しく食べてないし、私も食べたくなってきたなぁ。それじゃ、材料もありそうだし、早速作ろうか!」


 俺たちは材料を冷蔵庫から取り出し、調理の準備をする。

 キャベツ、豚ひき肉、玉ねぎ、にんじんなど。


 あとは、コンソメスープの素も必要だね。これがないと美味しく仕上がらないからね。


「私が野菜をみじん切りにしておくから、その間にキャベツを下茹でしておいてもらえるかな?」


「わかりました。キャベツの葉は何枚くらいにしますか?」


「そうだなー、2人だけだから4枚くらいでいいんじゃいかな?」


「了解です」


 俺は言われた通りにキャベツの葉を4枚取って、下茹でした。

 その後も調理を進めていき、1時間弱で完成した。


 肉ダネを下茹でしたキャベツの葉で巻く作業が一番楽しかった。

 その作業だけは2人で一緒に行ったのでドキドキしたけど、幸せだった。


 端から見たらカップルが一緒に料理をしているように見えたりするのだろうか?

 俺は時折、そんなことを考えたりして赤面していた。


 完成したロールキャベツを皿の上に盛り付けて、食卓に並べた。


「それじゃ、食べよう!」


「はい」


 俺と千冬さんは「いただきます」と手を合わせてから、ロールキャベツを口に運んだ。

 嚙んだ瞬間に肉汁が口の中いっぱいに溢れ出した。


 初めて誰かと一緒に作った料理は成功だった。美味しかった。


 ――これが、幸せの味か。


 千冬さんも幸せそうな表情で美味しそうに食べていたので俺の表情も自然と笑顔になる。

 俺を拾ってくれた千冬さんにはいくら感謝しても足りないくらいだ。


 俺が恩を返さないといけないはずなのに、俺の方が彼女からもらってばかりな気がする。




 夕飯を食べ終わった後も一緒に食器を洗った。

 その時間も俺にとっては幸せな時間だった。




 俺はこんな時間がずっと続くことを願った。






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