私を連れ出して

ふり

ちょっとした勇気

 最近になって楽しいことがひとつできた。


 週に一度、他市から大型の運送トラックが荷を積みにやってくる。


 ドライバーは女。前に歳を聞いたら25歳とのこと。私より年上だ。でもこれが、そこらの男よりもゾックゾクするほどカッコいい。


 黒い作業服の上下に、茶髪をワックスでツンツンしている――さすがに作業の時はヘルメットを被るけど――。紫のアイシャドウの濃いめメイク。長く細い眉。思わずドキッとするほどの赤い唇。両耳にめちゃくちゃカッコいい紫のイヤリングに、開かれた首元には金と銀のネックレス。


 背も私より20センチは高いかな。細いわけでもなく、結構ガッチリしている。加齢で背の縮んだり、縮んでいる最中のおっちゃんたちを見下ろすほど。もうね、いろんな気持ちが倒錯して臓器がヤバい。


 何より作業中の彼女の仕事っぷりったら、もうね……! フォークリフトの魔術師じゃないかってぐらい、テキパキと荷を積んでしまう。


「加速と減速の使い方、爪の差し加減がどれをとっても一流だ!」 


 ってこの道30年の大ベテランの定年のじいさんが言っていた。


 そもそも私の勤める会社は男率が9割。工場だから少ないのは仕方ない。だけどねぇ、同年代の20代女子がひとりもいないというのは、どうなのよ。同じ事務方に若い娘がいると、やる気が上がると思うんだ。主に私が! ……あ、ついでに現場のおっちゃん連中もね。


 いや、やっぱりさ、仕事をするなら同じ年代の娘がいたほうがいいの。同じもの、同じ文化、同じ時間を見て感じて過ごしてきた同士の繋がりっていいものだよ。ウマが合うならモチベーションアップ間違いなし! もちろん、私の!! 


 おばちゃんたちと話すのも楽しいけどさぁ、ジェネレーションギャップを感じる場面が多々あるんだよねぇ。幸い、お局様的なクで始まってソで終わるババアはいない。おっちゃんたちも優しいし、とてもやりやすい職場だ。


 ただ……刺激が足りない! トキメキも足りない! 何よりも出会いがない!!


 まだ自分の時間が大事だし、職場恋愛なんて夢見てないけど、このまま仕事をしていておばさんに近づいていく恐怖。生きている以上必ずしも訪れる老いという罪。


 でも、自分から動くのも面倒くさいしー。真面目に仕事を勤め上げていれば、いつか神様がご褒美的な要素をくれる。そういうのを待っているのも、ひとつの作戦じゃない?


 作業が終わったぐらいのタイミングで近づく。気づいた彼女が、手を上げてこっちに来る。ヘルメットを取って崩れた髪形になっても、カッコいいものはカッコいい。片目が隠れ気味になって、むしろそそった。


「よう、かわいこちゃん。また背が縮んだじゃなねーか?」

「むぅー失礼なっ。2日に1回は測ってますが、現状維持です! 貴女のほうが大きすぎるんです!」

「アッハッハ、わりぃわりぃ。でもな、アタシだって伸びたくて伸びたんじゃないぞ?」

「嫌味にしか聞こえません」

「まあ、そう言うなって。フグみたいになってっぞ」


 いつも、こんな丁々発止なやり取りをしている。歳が近いからだろうね。私も割と砕けた口調で話せる。最近は、毎週この瞬間が楽しみで仕方がない。


 彼女と話す時間が月並みなんだけど、幸せ。仕事の話、日常の話、アーティストの話――会話は途切れることなく、いつまでも話していたいと思う。


 ちなみに彼女の名前は知らない。名乗らないし、作業着に名札もついていない。私も名乗るタイミングを失ったせいもあって、お互い「かわいこちゃん」と「貴女」と呼び合っている。


「……っと、いろいろ話しこんじまったな。そろそろ次があるから行くわ」


 彼女は腰を曲げて目線を私にわざわざ合わせる。


「またな」


 私の帽子を取って頭を撫でて去っていく。いつもならそこで嬉しさと寂しさをしばらく噛みしめているのだが、今日は違うアクションをすると決めていた。


「私を……私を連れて行ってください!」


 ゆっくりと振り返った彼女は、驚きと当惑が入り混じった表情だ。主語がないからこうなるに決まっている。ところが私も勇気を出して叫んだものだから、色んな意味で心臓がつらいことになっている。なかなか主語が出て来ないうちに、言葉が勝手に口から出た。


「チケット……そう、チケットが取れたんです! 『Purple(パープル) Attract(アトラクト)』の!」


『Purple Attract』とは5人組ガールズヴィジュアル系ロックバンドのことだ。アップテンポやゴリゴリのロックやバラード。歌詞もセクシーなものやエロティック、時にはストレートの歌詞でファンの心を鷲掴みにする。現実的なものやファンタジー寄りの世界観もあって、バンドの可能性を拡げている。底の知れぬ魅力を持つ、大好きなバンドなのだ。


「マジか!?」

「だからその、横浜ベイスタジアムに連れて行ってもらえませんか!?」

「おお、いいぞ! いっしょに盛り上がろうや!」


 彼女は親指を立てて喜んでいる。私は私で、いっしょに行けることが嬉しすぎて、涙が勝手に流れて止まらない。


「おいおい、泣くことないじゃねぇか」

「だって、嬉しくて……」


 不意に温もりを感じた。顔を上げると眼の前には作業着。背後には彼女の腕……ああ、私は抱きしめられているのか。


「なあ、いっしょにライブに行くなら名前を知らないとな。アタシは橘樹(たちばな)花恋(かれん)。かわいこちゃんは?」

「私は音(おと)帆波(ほなみ)です……今後とも末永くよろしくお願いしますっ……!」


 涙と鼻水がどんどん出てきていて、うまく口が回らない。


「おいおい、帆波。アンタって大げさな奴だなぁ」 


 優しい声に、ぐしゃぐしゃになった顔を上げてみる。すると、その声に負けずとも劣らない花恋さんの微笑みがあった。

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