現れたプリンセス!

 セラは叫ぶより早く、口をおさえつけられる。


「明日! 明日みんなと説明してやるから、今日は寝ろ!」


 小声で、しかしはっきりした声で、ムロは強調する。


「ふごふご」

「ちゃんと説明する。あたしは逃げねえ。いいな?」


 今ここで、ムロを王国に通報することは簡単だ。しかし、今まで隠れてきたならば、それは彼女の望んだ世界でない。


 突き出すにせよ、事情を聞いてからでも遅くはないだろう。


 ムロを信用して、一休みすることにした。


 

 一夜明け、セラは朝食の場でムロに事情を聞く。


「ご覧の通り、あたしはここから東にある【グァルディーニ王国】の王女だよ」


 リンゴをかじりながら、ムロが告げた。今日のムロは、被り物をつけていない。素顔の状態である。金髪碧眼、白い肌のお嬢様だった。牙のような八重歯があるのが特徴か。


「アンブロジア・グァルディーニ、それが彼女の名前よ」


 ムロことアンブロジアは、旅の吟遊詩人だったナオ姉妹を、無理やり王宮に呼んだ。それがことのはじまりで。


「以前、姉と二人で演奏したときにさ、この姫さんも一緒にやりたいとか言い出してさ」


 楽器はできないというから、賑やかしとしてコンガを貸した。すると、センスがあったのかすぐに馴染んだ。それ以来、コンガの演奏をいたく気に入っている。


「ご家族は、心配なさっていないのですか?」

「心配は、してんのかなぁ? あいつらが気にしているのは、世間体だし」


 渋い顔で、またムロがリンゴをかじった。


 グァルディーニ王国は、国民からどう思われているかを特に気にする家庭らしい。そのため、市民からの信頼も薄かった。


「民主化しろって、国をあげて言われてるくらいなんだよ。要するに、国王とかに向いてねえ。身勝手すぎんだよ。あたしもだけど」


 両親は国のために何かをするという人ではなく、「国王になったから仕方なく」役割を果たしているにすぎない。その割に、国王としてのマナーやら信条やらを押し付けてきた。それがシャクにさわる。自分たちだってできないくせに。


「でな。今、跡継ぎがあたしだけなの。それで、おムコを迎え入れようぜーってなってさ。どこまでも勝手だろ?」

「おっしゃるとおりです」


 ムロが国王を嫌う理由が、わかってきた。


「とはいえ、国王が探しているということは、衛兵さんたちにもお給料が払われているわけですよね? それで、他の業務などもあるのに、姫探索を優先しているというわけでして、これはなんともし難いかと」

「随分と冷静だな。全力で、あたしの味方をしてくれるのかと思ったけど?」

「昔の私なら。あなたも借金背負ったらわかりますよ?」

「遠慮しておく」


 まなじ高額な借金を抱えてしまったので、セラはリアリスト気質になったと自覚している。


「それは、私たちも懸念していたの。私たち、いわゆる誘拐犯なワケでしょ?」

「悪かったよ。迷惑かけててさー」

「誰も迷惑だなんて思っていないわ」


 レティの言葉に、妹のナオもうなずく。


「あんたの気が済むまで、ずっとここにいていいんだよ。ムロ」

「それは、あんがと」

「だってさ、あんたの活動理由って寄付だろ? 貧窮国の」

「……知ってたのかよ?」


 ナオの発言に、ムロが食事の手を止めた。


「あれだけ金にこだわっているんだ。その割にちっともぜいたくをしない。何に使っているかなんて、少し調べればわかるんだって」

「なーんだ。知ってたのか」


 ココナッツミルクを、ムロがストローで一気にすする。


「ここまで姫の捜索願が回っている理由も、ムロが王女名義で寄付していることを知られたからだろ?」

「ああ。一応元気にやってるって手紙でも書いたら、安心はするだろうなーってさ」


 こっそり寄付活動をしているとわかってもらえたら、身代金目的の誘拐ではない。彼女なりに考えての行動だったのだろう。


「ご結婚のお相手は?」

「まさに今、ウチらが滞在しているストポ半島の領主だ」


 グァルディーニ王国より大きな国家で、そこの第二王子との結婚が決まっていた。王子自体も常識人で、半島全域を任されている。まさに文句なしの逸材だ。


 ただ、世界中を回ってライブがしたいムロからすると、厄介な相手でしかない。


「せめてこの国でライブをして、音楽を楽しんでもらえたら、少しは緩和できるかなーって思っていたんだよ」


 ところが、よりによって明日、グァルディーニ王国の国王夫妻が来国してくるという。




「え? 結婚しちゃえばいいじゃないですか」




 セラの発言に、場がしんと静まり返る。


「は? 何いってんだお前?」

「だって、お二人は相思相愛なわけですよね? 王女の音楽趣味にも、理解は示している。しかし、結婚してしまえば、家庭に入らなければならない。ならば、その前提を崩せばよいのでは?」 

「お前なあ、話聞いてたか? それが難しいんだって言ってんのがわかんねえのかよ!」


 ムロは呆れるが、セラには考えがあった。 



「ですからね、『おムコさんとして呼ばなければいいだけ』の話なんですって」


 まだ、ムロの頭上にはハテナマークがついている。



「……その手があった。万事解決だぞムロ!」


 ナオも、セラの言葉が理解できたようだ。


「ムロ、結婚式ライブするぞ」

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