音痴のギタリスト、本番!

「どけレティッ! あたしはこんなところからオサラバするんだ! わかったら、さっさとその脂肪まみれの自堕落ボディをどけろ!」


 小さい体で、ムロは何度も肉壁に体当りした。

 しかし、脂肪の壁はビクともしない。


「失礼しちゃうわね。ポッチャリって言いなさいよ!」


 巨体は、剣士職なはずのムロを突き飛ばす。どすこいという声が漏れそうなほどの怪力で。


「あなたがナオの言っていた、新人のセラちゃんね? 私は彼女たちのマネージャーをしている、レティーツィア・セニーゼよ。レティと呼んでちょうだい」


 はふう、とひと息つき、マネージャーのレティはセラとあいさつをした。この場にいなかったのは、打ち合わせをしていたからだという。


「セニーゼ? ってことは」


「そうよ、ナオことアントニーナの姉よ。五つ違いなの。ナオが一八で、私が二三」


 セラは、ナオとレティを見比べた。


 全然、似ていない。


 ナオからは同性特有のたくましさを感じるが、レティから溢れ出ているのは無限の母性である。


「マネージャーさんということは、楽器の方は?」

「演奏するわ。担当はベースとサックスよ。というかあなたは、ムロより二つも歳上なのに、どうして敬語なの?」


 レティの言葉からして、ムロは一四歳ということになる。


「だって、先輩じゃないですか! タメ語なんて恐れ多い!」


 セラが言うと、ハン、とレティが苦笑いした。


「あの子が、そんなこと気にすると思う? むしろ、距離を置かれて寂しがっていると思うわ」

「そう思うわ」


 レティに続いて、ムロも同意する。


「加入時期もそんなにかわんないし、タメでいいからね」

「はい。でも、敬語は生まれつきなのです。誰に対してもこんな感じです」

「それなら、まあいいか」


 ムロが続いて質問してくる。


「楽器が超絶技工なのに、どうして歌はダメなんだー?」

「あら、ムロは知らないの? 歌の音痴と楽器の音痴は、質が全然違うのよ?」


 レティが、セラの代わりに答える。


 楽器音痴は、耳が悪い。複雑な音を聞き分けられないのだ。


 対してセラのような歌音痴は、歌うために使う筋肉が発達していないという。演奏は完璧なのに歌が下手な人がいるのは、このためだ。


「はあ~、なるほどぉ」

「でも、セラちゃんのはあそこまでいくと、ある種の呪いね。訓練でどうにかなるレベルを超越しているわ」


 腕を組みながら、レティはセラの分析する。


「どうしてお二人は平気なんです?」



「ああ。言ってなかったかしら? 私たち魔術師は、【耳栓】の魔法が使えるの」



 初めて聞いた!


「それを覚えていないと、【封魔】の魔法を聞いてしまうかもだから。すぐに対処できるように備えているの」


 レティが、首飾りをセラに見せる。

 先端に、巻き貝のような形をした装飾が。この先端部に、【耳栓】の魔法がかかっているそうだ。わからないように、アクセでごまかしているという。


「これだと、耳をふさいでいるって悟られないでしょ?」

「はあ、なるほど」


 だから、音痴の歌声を聴いても平気だったのか。


 ショックだが、自分の歌声て死なれても困るし。


「でも、気を落とさないで。ギターの腕は本物だって、私も知ってるから」

「どこで聴いたので?」

「ナオが選んだ子だもん。信用するわ」


 レティは、妹に絶対の信頼を寄せているようだ。


「じゃあ、行きましょうか」


 ライブ会場はすでに準備完了だそうな。


 舞台は、町の中央にある公園だった。時計台の真下がすべて草むらとなっていて、普段は憩いの場として利用されている。今ではそこが、特設会場になっていた。ライブステージが大きい。酒場なんて目じゃなかった。


 セラは、こんな大きな場所に立ったことはない。まして、自分たちだけを見に来る客すらいたかどうか。


 軽くステージで打ち合わせを済ませ、本番を迎える。


 すごい人数が集まっていた。これ全員が、大物吟遊詩人のファンか。


 いつだって、本番は慣れないものだ。



 とはいえ。



「わたし、踊り子の衣装なんですね」


 セラの衣装は、踊り子のままである。


「ダンサーを雇ったという体裁だからよ。あなたがエアギターをしている、ってギャラリーは思っているの」


 レティが、そう解説してくれた。


「なるほど! 思い切り演じてみせます」


 ライブの本番がスタートする。


「みなさんこんばんは。【なんだ、あのでっかいモノ】です!」


 バンド名をナオがあげただけで、観客が一斉に沸いた。


「今日は、新しいメンバーを紹介するね。踊り子のセラ! セクシーなビジュアルで盛り上げてくれるから。ギターもうまいんだ。みんな拍手!」


 ギャラリーがナオの先導により手を叩く。


 歌紹介の後、セラがギターを弾く。と同時に、ナオも手を動かした。全員、ナオが演奏していると思っているだろう。


 ナオが、メロディを歌い始める。さっきセラが歌った英雄譚だ。世界を救う勇者を太陽に見立て、鼓舞する内容である。


 セラとは、全然違う。温かみのある歌声だった。


 自分ではかえって、吹雪で勇者を足止めしてしまう。


 しかし、ナオの方はセラを見て驚愕していた。自分は、何かやらかしただろうか?


 一曲終わるごとに、ファンが歓声を上げた。こんな経験は初めてである。


 すべての演目が終わって、握手会も済ませる。


 ファンと握手なんて、体験したこともない。


 打ち上げの後も、セラは舞い上がっていた。

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