バンドメンバーに実力披露!

 ナオに、バンド【なんだ、あのでっかいモノ】が使っている貸しスタジオへ案内される。


 継ぎ接ぎだらけのサメが、木製の椅子に座っていた。ヒレからは人間の手が、シッポからは人の足が出ている。足の間には、コンガを挟んでいた。肩に大剣の鞘を担いでいるから、冒険時は戦士職か。


「こいつはコンガ兼賑やかし担当のミリアム・ティエポロ。通称ムロね。戦闘ジョブは【女剣士ソードウーマン】さ」

「ムロっす。よろしくー」


 サメの正体は、キグルミ少女である。素材はパーカーらしい。


「素顔は……」


 パーカーサメに触ろうとすると、ムロは露骨に椅子を下げた。


「ちょっとこいつ、ワケアリでさ。顔を出せないんだ。顔さえ出さなかったら、フツーだから」


 ナオの一言で、セラは引き下がる。


「どーも。よろしくー」

「セラです。こちらこそよろしくおねがいします!」


 キグルミのムロは、セラと握手をした。


「カワイイ手だね。ちょっと弾いてみてー」


 年季の入ったギターを、ムロが乱暴にセラへと手渡す。


「うおっと」


 慣れた手付きで、セラは利き腕の方へ持ち変える。左手用だから、ナオのギターだろう。しかし、やけにホコリまみれだ。


「いいよねー?」


 ムロが、ナオに確認をとった。


「うん。あと一人、ウチのマネージャーがいるんだけれど、そいつに紹介は後でいいかな?」

「決まりだ。じゃあ、どーぞー」


 OKが出たようなので、セラは覚悟を決める。


「……三、四」


 まずは指で、セラはギターをかき鳴らした。久々の感触である。ギターの様子を調べる、触診のような手付き。

「足を引っ張らないようにしなければ」という感情が働き、そのまま緊張が手に伝わっている。まるで、楽譜をなぞるような演奏である。


 やはり、ムロもお気に召さないようだ。


 ナオも、心配そうにこちらに視線を向けている。


「弦がヘタってます。切っちゃうくらい思い切ってもいいですか?」


 あまり使い込まれていないらしく、弦もどこか弱々しい。


「いいよ。自分で直してね」

「はい!」


 もう少しだけ。ようやく、このギターちゃんのクセが掴めそうなんだ。


「よし! 術式エフェクター展開。いきます!」


 手持ちのピックを用意し、足元にエフェクターも発動させた。


 次は、本気を出す。


 ナオとムロが知っていそうなナンバーを、アレンジを交えつつ奏でる。


 ギターは技術だけで引くものではない。魂が乗って初めて音になる。裏方を務めるスタジオミュージシャンも、ステージの中心に立つミュージシャンも変わらない。


 自分がどの立場にいるのか、まだ迷いはある。

 だから、拾ってくれたことに対する感謝を弦に乗せた。

 無心で音を爆発させる。


 クライマックス演奏直後に、とうとう弦が寿命を迎えた。


「ありがとう」と言い、セラは弦を取り替える。


 指を離すと、ナオがムロと同じように首を縦に振っていた。


「どう、でしたか?」

「採用!」


 そう答えるナオに続き、ムロがサムズアップだけでセラを称える。


「ありがとうございます! でも、ギターは右用はないですか? 消耗品ですから、できればそちらを使いたいのですが……」

「え、あんた右利きなん? 左手用でもちゃんと弾けてたじゃん」

「それもありますが、ギターに利き腕は関係ないんです」


 むしろ、左手用ギターは珍しい。なので、パーツとか置いてなかったりする。品数が少ないからこそ、オンリーワンなギタリストを目指せるというメリットもある。が、左利きでも右手用は問題なく扱えるものだ。


 頻繁に弦などを変えるなら、数がある右手用を使うほうがいい。


「エアじゃないかなって疑っていたのは、そういうコトも見ていたからかー?」

「はい」

「ますます採用するしかないね、ナオ!」


 ムロから太鼓判を押されて、セラも自覚が出てきた。同時に、手に汗までかき始める。 


「じゃあ、演奏するナンバーね。頭に叩き込んで……ていうか、手に刻みつけて」

「はい!」


 全部、知っている曲だ。これなら、いけるかも。


「リハやろうか。ねえセラ、ちょっと歌ってみてよ。あたし、あんたが歌ってるトコ見てないんだよ」


 木製の椅子を反転させて、ムロが背もたれに頭を乗せる。


「いいんですか? 死んじゃいますよ、こんな至近距離で歌うと」

「こんなところで死んだら、そこまでの女だったってあきらめも付くもんよ」


 なんという覚悟だろう? 自分にもこれくらいの根性があったら、もっと可能性があったのではと、セラは考えた。


「歌ってあげなよ。ウチも、もう一度あんたの声を聞きたい」

「わかりました。すうう……」


 セラは、大きく生きを吸って、歌い始める。



「君は太陽だぁ。命の光ぃ。幸せをぉ、呼ぶ炎ぉ。いちたす、にーたす、さんしゃあああああいんんんんんん!」



 演奏は完璧だ。しかし、歌声は外し気味かも知れない。


「ぎゃああああッ! 死にたくないいいいいいッ!」


 さっきまでの威勢はどこへやら。耳を抑えながら、ムロは出口へまっしぐら。


「花が枯れて、鳥が空を捨てて、人が極寒の収容所で労働させられる物悲しい歌にしか聞こえないいい!」


 しかし、ボヨンという擬音とともに、ムロは出口に阻まれた。


 ムロの身体がひっくり返る。

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