第三章 美少女アンドロイドが俺と逃避行をはじめました

 俺と唯那と東條は電車を乗り継ぎ、問題のアンドロイドが騒動を起こしている場所の一駅前で降りる。ここから先は規制線が張られ、電車も折り返し運転だ。俺の家も襲撃され、東條の家も割れているとなれば、俺たちの身元も確認され、今や追われる身となっている可能性は高く、下手に携帯やスマートホンの電源を入れられないため、情報の収集には手間取った。

 だが、幸い端末として携行されているガン鉄にはアウトプットをする機能がついているため、唯那のネットワーク機能と連携すればネットやテレビからの情報入手が出来る、という事が判明し、飛躍的に情報の量と精度は上がった。

「電波っ! 電波っ! 電波さんどこですかー!」

 ピョンピョンとはねながら、唯那は電波受信を試みている。単に周波数の同調を試しているだけなのだが、気分で飛び跳ねているらしい。

 俺たちは人目を避け、やはり路地裏的隠れ家に身を隠しながら、事の成り行きを追いかけていた。

「じゅっしーん! ガン鉄さん、映せますかあ?」

「うむ、任せられよ」

 端末ガン鉄のモニターにニュース映像が映る。

 現場の映像は今のところシャットアウトされているようだった。記者たちはかなり離れた所からリポートしている模様で、遠くから望遠で映される爆炎の上がる地域が見えるだけだ。

「これではわからんな」

 東條はこんな映像には価値はない、と言った。だが、リポーターやコメンテーターの話を総合することで、事態を把握できる。

 つまりこういうことだ。罪を犯している連中は自分のアンドロイドの性能を把握しつつあり、それが高性能、つまり、強いと自覚することでどんどんと大胆な犯行を行うようになっている、と。

 今市街戦となっている現場では、黒い長身のアンドロイドが銀行を襲い、金庫を破壊して金塊を持ち逃げしようとしたところを包囲したらしいが、威嚇射撃にもびくともせず、むしろ反撃をしてきたために本格的な戦力投入、となったようだ。

「うーん、黒い長身だと、ガン鉄さん系のアンドロイドでしょうか? 唯那、戦闘に役に立ちますか?」

「おまえ、対アンドロイド戦を想定して作られてないように思うぞ?」

「うむ、あたしもそう思う。今のところ唯那の能力は情報収集に特化しておいていいと思うぞ」

「しゅーん……じゃあ、あまりお役に立てませんか」

「いや、そんなことはない。情報は最大の武器だ。いまでも、唯那がいなければあたしらは情報の入手すらままならない。お前は優秀だ」

 言って、東條は唯那の頭をなでる。

「そ、そうですか! えへへ、褒められました。ほら、雅樹さんもいい子いい子してください!」

 テンションの上がる唯那の頭を撫でつつ、俺は画面に釘付けになる。唯那は横で『ごろごろ~』とご機嫌だ。

「おい軍オタ、今ちらっと何か映らなかったか?」

「うむ、土煙の向こうだが、アンドロイドらしきものが映ったな。それに、自衛隊の連中もかなり本格的な兵装で攻撃しているようだ。今遠景で映った砲身は、自走(じそう)二〇(にいまる)だな。こりゃ面白い」

「なんだよそれ」

「アメリカのM一一〇A二って自走砲を日本用に改修した二〇三ミリ自走榴弾砲だ。実戦投入は初めてじゃないか? くふふふ、いいぞ。これだけ派手な戦場なら、ガン鉄が出ても問題ないだろう」

 いや、問題大ありなような気がしないでもないのですが今は何も言うまい。眼が座ってるからな、こいつ。 

 だが、報道規制が敷かれている以上、最も確実に現状を知ることが出来るのは、現場への突入だ。そして、今、日本広しと言えどそれが出来るのはこのガン鉄だけだろう。

「ガン鉄、このテレビキープしたまま、突入できんの?」

 俺はちょっと気になったことを聞いてみた。だが、ガン鉄は『無論』と、自信たっぷりに答える。

「ではガン鉄よ、我が配下として最初の戦闘を命じる。この戦場に赴き、敵性アンドロイドを食い止めよ。いいか、自衛隊他、我らの味方として引き入れるべき者たちを守れ、こちらの攻撃の余波で彼らを傷つけてはならん」

「御意。ガン鉄起動。現場投入まで一〇分でござる」

「よし、行け!」

 東條の号令一下、ガン鉄は戦闘起動した。

 だけど、本体は遥か彼方のデッド・スクエアだ。かっこいい起動シーンも、颯爽と飛び立つ姿も俺たちには見えない。すまんなガン鉄。もし機会があれば、お前の雄姿も見てやるよ。



 かっきり一〇分後、ニュースは騒然となる。そして、こちらはガン鉄からの映像と、テレビからの映像の二画面表示になった端末を注視する。

 ガン鉄は、自衛隊の射線軸上に、敵性アンドロイドと正面対峙する形で戦場に降り立った。

 一瞬砲火がやんだ。突然現れたガン鉄に対しての対処に迷ったようだ。その一瞬の時間を逃さず、ガン鉄は敵性アンドロイドに対し掴みかかる。

「ふむ、身長は互角。体つきはガン鉄に比べると華奢だが、パワーはそこそこあるようだな」

 組み合ったまま動かない。ギリギリと震える腕がガン鉄からの視界としてモニターに映っている。

「か、勝てんのか?」

「どきどき」

 俺も唯那も食い入るようにその様を見る。

「相手のアンドロイドも優秀な物だろう。ガン鉄や唯那を見る限り、一〇八体の全てが何らかに特化された恐ろしいほどの能力を持っていると考えられる。さしずめ、あれもガン鉄も、戦闘特化型だろう」

「まあ、そりゃ、見た目でわかる」

「そうだな。問題は、どんな戦闘に特化されているか、だ。この戦術的意味合いがわからぬ以上、今日は勝とうとは思わぬことだ」

 東條は生き生きと語る。真性軍オタだな、こいつ。

「でも、じゃあ、どうすんだよ?」

「こうする。ガン鉄、マイクとスピーカーをオンにしろ」

「御意」

 言って東條は、端末を持ち、マイクと思しきところを口元に持ってくる。

 おい、まさか。

「あーあー、現場の諸君。聞こえるかね」

 妙に恍惚とした表情の東條。とうとう、俺たちも表舞台に出ることになるのか……平穏な日々よさようなら!

「我々もアンドロイドのテスターである。だが、全てのアンドロイドが世に害をなすために動くと思わないでほしい。あたしはこのガン鉄を、一連のアンドロイド事件の解決に役立てると約束する。自衛隊の諸君には危害を加えない、むしろ味方であると考える。賛同するのであれば、まずは目前の対象を排除するために協力いただきたい。返答はいかに」

 随分と偉そうな気はするが、こちらとしてもこのアンドロイドたちが、日本の法律に抵触することが間違いない以上、何らかの交渉手段を引き出し、合法的に運用しないといけないのだ。そして、その交渉に最も都合がよいのは自衛隊だろう。俺だってそれくらいはわかる。

 だが、現実問題として、受け入れてもらえるのかはわからない。そのあたりの戦略は東條にお任せだ。

 しかし、なかなか回答はない。当然だろう。現場の裁量を超えた提案なのだから。

 ガン鉄たちは一歩も動かず、互角に組み合っていた。いつまで膠着状態を作り出せるかはわからないが、東條は言った。『勝とうと思わないことだ』と。

返事はないが、攻撃もストップしている。敵性アンドロイドは自衛隊の度重なる砲撃にもほぼ無傷のようだ。ガン鉄にはそれを上回る装備があるのだろうか。

『現場に動きがあった模様です。突如、謎のアンドロイドがもう一体出現、銀行を襲ったアンドロイドと対峙し、自衛隊に向かって協力の申し出をしたという事です。現在、その件について、対アンドロイド緊急対策議会で審議に入っている模様です。詳細が入りましたらまたお伝えします』

 ニュースの音声が流れる。

「審議かよ。のんきだな。いつになるかわからねえぜ?」

「そうだな。相変わらず無能な上層部などほっておこう。まずはこの現場で結果を出すことだ」

 東條は自信満々だ。

「でも、結果って、どうやって出すんですかあ?」

 唯那はニコニコとまるで緊張感なく画面を眺めている。ロボット映画でも見ている感覚なのだろうか。

「周辺の避難は終わっている。あとは自衛隊や警官隊に被害を出さないことだ。ガン鉄! 戦場を移動しろ! お前の性能を発揮できるところまで、弱い奴らと距離を取れ!」

「御意!」

 こいつ、自衛隊を弱いやつ、と一蹴しやがった。

 ガン鉄は東條がフルセットアップしたと言っていた。その機能、性能などを熟知したうえでの行動なんだろうが……

 戦局が動き出した。ガン鉄が咆哮一声、一気に相手を押しきりに行った。後方の自衛隊群と距離を取る。

「そうだ、唯那、ネットワーク侵犯をして、ここまでの戦況を知ること出来るか? 自衛隊の車両が出てるなら、指揮車も出ているし、何かにつけてコンピューターやネットワークは使ってるだろ?」

 有線ネットワークでない限り、完全なクローズドを保っているネットワークはないだろう。もしかして、唯那なら、と思ったんだが。

「はい! やってみます! でっんっぱさん♪ でっんっぱさん♪」

 歌わないと出来ねえのかよ!

「ほう、面白いことを思いつくな、少年。なかなかの軍略家だな」

「お褒めにあずかりどうも。相手の戦術くらいは知っておきてえだろ?」

「まあな、知っているに越したことはない。ガン鉄のフルチューンをするにあたって、その技術力の高さは理解している。あの相手アンドロイドも只者ではないだろうからな。背後にいるテスターの能力も影響はするだろうが、個体としてのスペックは高いはずだ」

 ガン鉄は順調に相手を押し戻しているようだ。不自然なほど相手に抵抗がない。

「じゅっしーん! ガン鉄さんに情報を送ります!」

 マジでか! 情報デバイスとしての唯那の性能も計り知れない感じになって来たな……

「ほほう、こいつは……」

 端末に文字情報で表示されるこれまでの戦況に、東條は嘆息する。

「こいつ、斬るのが得意なのか?」

 銀行襲撃の際のデータが出た。

 建物に侵入後、堅牢な金庫をバターのように切り開いた、とある。

 その後の自衛隊での戦闘においても、レーザーのような一閃で、数車輌は真っ二つになったらしい。

「高出力のレーザーナイフか? あるいは、戦術高エネルギーレーザー……どちらにしろ厄介だな。ガン鉄、直撃に注意しろ。念のため対レーザー防御装甲を展開」

「御意」

 お、ガン鉄の視界に映る腕が青白く光り出したぞ。

「ありゃなんだ? バリアか?」

「簡単に言えばそうだ。一定時間レーザーの威力を弱める働きをする。だが、完璧ではない。レーザー兵器への対策は、時間稼ぎが主になる。熱源感知ミサイルなどと違って、追尾式ではないからな。一点照射を外す時間さえあればそれほど脅威ではない。くふふふふ」

 一七歳の女子高生(たぶん、だが)がのたまう言葉じゃねえな。ああ、まあファッション(迷彩服)もおかしいしな。

 かなりの距離を取ったところで、突如、相手に動きがあった。組手を外し、ばっと後ろに一足飛びしてガン鉄と距離を取る。

「お、いよいよやる気だな」

 俺は画面を注視する。

 今起こっていることはシャレにならない現実ではある。だが、やはり身長三メートルに届こうかという二体のアンドロイドの戦闘、というのは男心をくすぐるのだ。男の闘争本能は救いようがない。

「またまたじゅっしーん! わい!」

 緊迫した戦闘が始まろうとしているところに、またまた唯那の緊張感のない声が……ん? おい、何を受信しているんだ、こいつ。

「唯那、お前、何受信した?」

「なんかよくわかりませんけど、誰かの思考みたいなのがきましたよ?」

 思考? テレパシーでもできるってのか?

「む、もしかすると。唯那、それをそのままガン鉄に送れ!」

「はい! そうしーん!」

 東條がえらくそれに興味を示した。なんなのだろうか。

 現場では緊張したにらみ合いが続いている模様。そして、自衛隊からの回答はいまだない。

 この状況下で先に戦場の膠着を破ったのは、意外にもガン鉄からだった。その無骨な外見からは予想もつかないスピードで突進する。視界が揺れる。見てる方も酔いそうだ。

「もうちょっと俯瞰したところから見たいな」

「無理言うな。ガン鉄の目だけ空を飛ばすわけにはいかんだろう」

 もっともだが、動き始めると何が起こっているのかさっぱりわからない。

「そもそも唯那が情報特化型なら、偵察カメラとか、積んでないのか?」

 東條は唯那に聞くが、唯那はきょとんとしたままだ。

「唯那、自分のことはよくわかりません。唯那の全ては雅樹さんの物ですからあ」

 頬を両手で挟み、照れ照れと体をくねらす唯那。東條は俺の方を見て、無言で回答を促す。だから、俺は無言で肩をすくめてやった。

「きっさまあああ! 部下の能力くらい把握しておけい! それでも名誉ある軍人かああああ!」

「うぎゃああああああ! 俺は一般人だあああ!」

 俺の顔面にアイアンクローが決まる。俺は軍事目的で唯那を選んだんじゃねええええ! もっと、もっと崇高な目的のために選んだんだああああ!

「あああ! 雅樹さん死んじゃいます! やめてくださあいい!」

 唯那が止めてくれたおかげで俺は三途の川を渡らずに済んだ。しかしダメージはデカい。ヒットポイント二五くらい減ったな。

「おい、唯那、自分でヘルプ検索できねえのか?」

「できますけどお、雅樹さんの許可が必要です。不用意に勝手な進化をしないようにロックされてるんです」

『そういうことは早く言え!』

「きゅううううん……」

 俺と東條に同時に突っ込まれ、身をすくめる唯那。

 そうだよな。パソコンにだってヘルプが搭載されているんだ。これだけの機能を持っていれば、それくらいできて当たり前……ん?

「おい軍オタ、お前もガン鉄の設定にヘルプ使ったんじゃねえのか?」

 だとすれば、ヘルプの存在を知っているはずなのに。しかし、東條は薄い胸を張ってこう言った。

「あたしはガン鉄の全てを手動で設定した。奴のことで知らぬことなどない。よって、ヘルプなど使うこともなかった。くふふふ」

 ああそうですか。つくづく胸の薄いやつだ。ほんとに薄いな。いまあらためて気づいたが、唯那とそう変わらんのじゃないだろうか。うん、性格は問題あるが、胸は好みだ。

 あまり鑑賞して気づかれると死期が早まる。俺は唯那を傍らに呼んで、ヘルプのロックの外し方を聞いて、処置をする。

「唯那、このままロックを外しておくぞ。俺はお前を信じてるからな」

「はい! 雅樹さんのこと、唯那も信じてます。唯那、雅樹さんのために進化します!」

 と、笑顔を作ったかと思うと、そこで動きが止まった。甲高い電子音が聞こえ始める。検索モードに入ると一時機能停止になるようだが、そうなると使い所を考えないといけないな。 

 しばらくすると、ピクリ、と体を震わせ、意識を戻す。

「見つけました! 飛ばします!」

 唯那は右耳についていたピアスを外す。そんなところにカメラがあったとは。ピアスは自立浮遊し、あっという間に空へと消え去った。

「映像来ますよ!」

 俯瞰映像が端末ガン鉄に映った。すでに戦闘が始まって十分以上たっているが、お互いにダメージを与えるには至っていないようだ。敵性アンドロイドは腕の先からレーザーを射出して攻撃をするが、ガン鉄にはまるで当たらない。ガン鉄の方は指先から大口径のマシンガンを射出しているが、それもやはり相手にダメージを与えられていない。

 すでに自衛隊も傍観者に回っており、完全な一騎打ちとなっている。

「わが殿、アレを使わせてくだされ!」

 端末からガン鉄の声が聞こえる。あれってなんだ?

「だめだ。アレはここで使うには危険だ。今日は勝とうとするな。奴を引かせればそれでいい。唯那から、奴の思考が届いているだろう? それなら負けるはずはない。お前は負けなければいい」

 思考って、まさかあの敵アンドロイドの思考だったのか! もしそうなら、相手の手の内がわかる以上、ガン鉄に負けはないだろう。

「ぎょ、御意」

 ガン鉄はいささか不満そうだったが、東條の命令は絶対だ。

 改めて二体の動きをみる。確かに、ガン鉄は相手の動きを完全に読んでいるような動きをしていた。相手の攻撃はガン鉄にはほとんど当たらない。ガン鉄の攻撃は相手に当たる。だが、やはりダメージにはならない。もう千日手だ。双方決定打を持たない。

 ガン鉄には何か必殺の武器でもあるようだが、東條は使用を許可しない。ここは相手があきらめるのを待つしかないようだ。

「おい、軍オタ、アレってなんだよ?」

「教えてやらん。知ると使いたくなる。だがアレはここではだめだ。くふふふ、楽しみにしていろ、そのうち見せてやる」

 あー。聞かんほうが良かったかも。

「唯那、もう少し上空から俯瞰できるか?」

「はい!」

 膠着状態の二体はさて置き、俺は周囲の状況が気になった。自走砲が出てくるくらいだ。被害も相当になってるのではないだろうか。

 唯那に指示をして、周囲三六〇度を映してもらう。やはり、市街地はかなり損傷していて、中には瓦礫と化している建物もある。平和な日本とは思えない光景に、俺は戦慄を覚える。いや、もうすでに、『平和だった日本』と言わなければならないのかもしれない。

「わが殿、敵は撤退に入りましたぞ。追わずともよいのですな?」

「よし、いいぞ。本当に撤退したか確認できるまで、そのラインを防衛しておけ」

「御意。きやつの思考から、完全撤退の模様」

 一応の決着はついたようだ。不毛な争いを避けた、という所だろう。

「あー、電波さんが受信圏外になりましたー!」

 つまり、敵はもう去った、という事か。唯那の能力もしっかり把握すればかなり強力なような気がしてきた。ちょっと調べておこう。うん。

 とりあえず、これで自衛隊やらと協力できればひとまずは俺たちの身柄は安全、なはずだ。

「くふふふふふふふふふふふ」

 と、思っていると、東條が奇怪な含み笑いを始めた。いつもよりふが多い。

「なるほどそう来るか。まあ、それもありだな」

 何のことかと端末の映像を見る。そこには、自衛隊に完全包囲されたガン鉄が映っていた。



 結果から言おう。

 俺たちは拘束された。

 あの場を制したのは俺たちなのに、自衛隊、及び政府は俺たちに投降しろ、と言ったのだ。どえらい失礼な話だが、さりとて自衛隊を蹴散らすわけにはいかない。

 一瞬、東條ならブチ切れてやっちまうかと思ったが、比較的冷静に対応し、無事俺たちは護送車の中、という事だ。ちなみに、ガン鉄は厳重な警戒監視の中に置かれ、移送用のトレーラーに拘束されている。無論、拘束を破ろうと思えば可能なのだが、東條の命により大人しくしている。

唯那は幸いまだアンドロイドとばれていない。俺たちと同じ護送車の中だ。

「くふふふふふふ」

 その喜色悪い含み笑いをやめろと。

「お前、何がそんなに楽しいんだ?」

 護送車は鋼鉄製のトラックだ。その観音の中に、俺たち三人だけを放り込んでいる。監視の隊員もいない。どうやら、人質としてとられるのを警戒したようだ。その代わり、この観音はバズーカ―でも壊れないから、無駄なことはやめろ、と放り込まれるときに言われた。

 とりあえず、扱いはいいとは言えないが、手荒なことはされていないのと、ここは軍オタである東條に従うのが吉、と考えた次第である。

「楽しいじゃないか。この日本がこれからどうなるのか。自衛隊が、政府が、どう対処しようとしているのか。とんだ茶番が見れるかもしれぬしな」

「それは、楽しいことなのか?」

「唯那は楽しくないですよ……お布団でぬくぬく~って寝たいです」

「はあ、俺もあったかい布団が恋しいぜ……今日寝れんのかな」

 もう深夜といってもいい時間だ。

 どこに行くとも何も聞かされていない。少なくともあまり好意的、とは思えないうえ、下手するとそのまま警察に引き渡される可能性もある。

「もしそうなったらどうすんだよ?」

 俺は声をひそめ、うつむきながら東條に尋ねる。一応だれもいないとはいえ、観音内は監視カメラで見張られている。音声も取られている可能性もあり、できるだけひそひそと話す。

「その時は、ガン鉄の拘束を解いて、逃げる。あたしは今の国家に反逆するつもりはないが、向こうがあたしらを好まないと言うなら、仕方ないじゃないか?」

 おい、さりげなく「ら」とか言って俺を巻き込むな。

「あたしはこのアンドロイドがばらまかれた理由を考えている。まだよくわからないが、まず間違いなく裏がある」

「それはわかる。だけど、研究所はフェイクだったんだろ? ホームページもなくなってる。製作者の真意なんかわかりっこねえ」

「そうかな? あたしは、こいつらのこの驚異的な機能こそ、製作者からのメッセージだと思うぞ?」

「なに?」

「んん? 唯那も興味あります、そのお話し」

 三人で頭を付きわせて会話をしている様子は、どう見ても密談的で、怪しい。だが、取りあえず続けよう。

「まあ、ここでは落ち着いて話せんな。それにもうそろそろ着くころだろう」

「へ? どこに?」

 行先は聞いてなかったはずだが。

「あの現場から一番近い基地だよ。距離的にはそろそろだ」

 東條の言った通り、数分後、車が一旦停止した後、何やら重そうな門扉が開閉される音が聞こえ、車のスピードも若干遅くなり、いくつもの角を曲がっている。そして、やがて車はエンジンを止めた。

「降りろ!」

 観音が開かれ、ずいぶんと居丈高なお言葉が聞こえる。

 俺たちは素直に従い、案内されるまま、というか、前後を銃を持った隊員に挟まれ、連行されていく。着いたところは『分隊指令室』と書かれている。

「入れ」

 短い命令。言われたとおり、開けられた扉をくぐる。そこは比較的広い部屋で、正面には大きなモニターが数面。その他、複雑な計器やらなんやらがあり、訳が分からない。そして、その中央に設置された巨大な机の前に、一人の男が座っていた。何やらたいそうな勲章や階級章らしきものがついているところを見ると、偉いさんなのだろう。年は相応に老けていた。

「君たちが、あのアンドロイドのテスターかね?」

 自己紹介もなく、いきなりの質問だ。威圧感のある視線に、唯那が俺の背中に隠れてシャツを引っ張る。

「テスターはあたしだ。あなたはこの基地の司令官、でよいのか?」

 東條が答える。こいつも相当無礼である。おそらくはわざとだ。年端もいかぬ少女(という表現にちょっと抵抗はあるが)にため口を聞かれ、その壮年の男はいささかむっとした。周囲を警護する隊員にも緊張が走っているのがよくわかる。

「君の目的を聞こう。なぜあのようなアンドロイドのテスターに志願した」

「志願した目的などない。面白そうなおもちゃがあったので、欲しいと思い応募しただけだ。当たってみたら、なかなかたいそうな物だったがな」

 ひるむことなく東條は答える。こっちはもうドキドキなんだが。

「だが、おもちゃが有用な物、とわかった場合、使ってみたくなるのが人という物ではないか? あとは、その使い方の問題だ」

「ふむ、なるほど。では君たちは、我々の側につき、正義の味方として働いてくれる、言うのかね?」

 負けじと向こうも無礼だ。年少と思って小ばかにしている様がよくわかる。ガン鉄のあれほどの力を見たにも関わらず、だ。

「正義というのは勝者が使う言葉だ。そんなものは無意味だ。そして、あたしは現体制が正義などとは到底思わぬ。無論、悪か、と問われればそれも違うと思うがな」

「お、おい!」

 こいつ、完全に喧嘩を売りに行っている。司令官のおっさんの眉がぴくぴく動いてるぞ。

「ただ、あたしは今アンドロイドを使って犯罪を起こしている奴の、美意識が我慢ならんだけだ。せっかくこれほどのおもちゃを手に入れ、やることはあの程度なのか、とな。いかに無能な連中が揃っているか、よくわかる」

 むむ、何とか口を挟んで止めないと、偉いことになりそうな予感だ。

「ちょ、ちょっといいですか」

 俺はバクバクする心臓を必死で制御しつつ、思い切って声を出した。おっさんがこちらを向く。

「お、俺たちは罪を犯すつもりもないし、大それたことをするつもりもないんです。ただ、平穏に暮らしていただけなのに」

「その平穏を崩しているのが、あのアンドロイドだ。君もテスターなのかね?」

 司令官の問いと同時に、ギッと、東條の鋭い視線がこちらを向く。ああはいはい、言うなって事ね。

 俺は無言でかぶりを振る。

「では、その後ろ女の子はどうなのかね?」

 続けざまの問いに、唯那は首が飛ぶんじゃないかという勢いでぶんぶんと振った。一応空気は読めているようでよかった。

「ふむ。一応君たちの身元確認は必要だな。後日アンドロイド発送リストと照らし合わすとしても、今何か証明する物はあるかね?」

 そうだ。アンドロイドのリストは既に当局に抑えられている。調べれば唯那がアンドロイドだという事はすぐにばれ、発送先で俺たちのこともわかる。どうする気だ、東條。

「くふふふ、そんな物はないし必要ない。調べるなら勝手に調べるがいい。あたしが要求するのはただ一つ。この対アンドロイド戦において、一部隊の指揮権をよこせ。そうだな、第一師団くらいでいいだろう」

 なんかとんでもないことを言っていることは、俺にもよくわかる。部屋の温度が一〇度くらい下がったような気がするんだな。

「き、きさま! 第一師団は政経中枢師団の一つだ! 馬鹿なことを言うな! しかも、なぜ貴様ごとき小娘に!」

 ほーら、怒った。

「では交渉は決裂だ。あたしらは帰らせてもらう」

 東條がそう言った瞬間、おっさんが指を鳴らす。ざっと、周囲の隊員たちが俺たちに向けて銃を向けた。おい!

「交渉だと? お前たちはあくまで参考人として囚われの身だという事を理解しておらんようだな。そして、この急時のこと、抵抗したのでやむなく射殺、という超法規的措置も通るのだぞ?」

「脅しかよ……」

 思わず俺は呟いた。

「そうだ、脅しだ。いや、これも『交渉術』と言っておこうかな、大人のな」

 圧倒的優位を確信してのことか、先ほどより高圧さが増しているような気がした。オロオロする俺と唯那を尻目に、東條は余裕をブッコいている。

「なるほど。若輩としては先輩諸氏の手法を尊重し、手本とさせていただくことにするか」

「なんだと?」

 不穏だ。こいつわざとやってる。間違いない。

「ガン鉄!」

「御意!」

 ふところに忍ばせていた端末に向かって、東條が一声。答えが返ると同時に、野外から激しい音、そして、口々に叫ぶ男たちの声が聞こえてきた。基地内に警報が鳴る。

「き、貴様! あの拘束を!」

「くふふふ、ガン鉄の性能、見誤っていないか? そもそも、あの戦闘を見ておきながらあんな拘束で安心しているお前らの能力、たかが知れている。あたしが指揮を執った方が、今の一〇倍強くなるぞ? さて」

 ぐるり、と周囲を見渡し、東條は形勢逆転とばかりに薄い胸を張る。 

「では、あたしも『交渉』と行こう。このままあたしらを無事放逐するか、あたしらを始末して、道連れに数えきれない屍を築くか、な。ガン鉄とて無敵ではないだろう。だが、あたしらが死ねば、動けなくなるまで破壊と殺戮の限りを尽くせ、と命じてある。とうぜん、お前たちの命も担保だ。どうする?」

 なんという交渉なのか。これではやはりこっちが悪役か? いや、だけど命を守るための正当防衛? まさに、東條の言うとおり正義に意味合いなどないに等しい。俺たちから見れば、銃を突き付けてくるこいつらは敵で悪だ。だが、表向きは国民を守る正義の組織。

 俺たちはここを抜けた後、何を信じて歩けばいいんだ? 

「お、おい、軍オタ……」

「迷うな。もうこの国に当分日常などない。戦場は非情だ。生き残ることをこそ考えろ。くふふふふ」

「お前、楽しんでるだろ」

「人生、一度きりだ。精一杯楽しもうじゃないか」

 俺を巻き込むな! と言いたいが、もし、こいつに会ってなかったらどうだろう? 俺は早々に暴徒にやられていたか、当局に拘束されていただろう。そして、唯那とも引き離され、おいしい思いは何一つせず……それは困るな。

 乗りかかった船だし、これも運命とあきらめるか。ここはひとつ、受動的思考をやめ、より能動的に生き残り、勝つためのことを考えるようにすべきか。

 司令官及び隊員たちは固まっている。ガン鉄はとりあえずまだ立ち上がり、周囲を威嚇するようにそびえるのみで、戦闘行動には至っていない。どうやら、東條とは打ち合わせ済みのようだ。

 膠着状態が続く。

 喉がカラカラだ。この後の展開、どうなるのか。と思った時、司令官のおっさんが小さく手を挙げ、そして下げた。同時に銃は降ろされる。

「くっ、行け! だが、忘れるなよ!」

「重畳。では、行かせてもらおう。全部隊にあたしらには手を出さない旨、発令していただこうか」

 東條は眼光で相手を制し、そして、俺に向かって目配せする。堂々と退室する彼女につき従い、俺と唯那も部屋を出る。当然、廊下には多くの隊員がおり、銃を向けようとした者もいたが、同時に部屋から退出してきた上位階級と思われる士官がそれを制した。

『全部隊に告ぐ。先だって拘束した少女二名、少年一名、及びアンドロイド一体について、司令官判断で身柄を釈放とする。一切の手出しは無用。速やかに基地外へと見送るよう厳命する』

 基地内に放送が流れ、警報も止まる。これでここでの安全は担保されたわけだ。俺たちはガン鉄とともに基地外に放り出された。ようやく、普通に話が出来る。

「おいおまえ、ここまで予測していたのか?」

「無論だ。戦略とは相手の立場や状況、ひいては政治体系や命令系統なども考えて立てるもの。今の日本で、これほどの緊急時に対応できる才能は少ないだろう。あたしらを売るのは、もっと優れたやつに売らなきゃいけない」

「てことは、国家に反しようとか思ってるわけじゃないな?」

「当然だ。あたしはこの国が好きだ。だが、今の国の在り方は好きではない。せっかくの力だ。おおいにいい方向へ向くよう使わせてもらう。ただし、これはあたしの正義に基づいて、だ。いやならここで別れてもいいぞ?」

 むう。まだ会ってわずか。正体もわからず思想もわからない。

 だが、俺の勘はこいつにはある種の筋の通った正義があるような気がした。

「いいだろ。一緒にいてやるよ。んで、俺もいろいろ考えるぜ、これから。取りあえず、これからどうするかも含めてどこかに落ち着きたいところだな。唯那もそれでいいな?」

「あ、はいです! 唯那は雅樹さんの行く所ならどこでも行きます!」

 唯那は非常に単純だ。アンドロイドだから俺に対して絶対服従なのだろうけど、それを抜いてもかわいいやつだ、と思ってしまう。

「そ、そうか。では、正式に同盟軍同志となろう。よろしく少年、いや、蓮杖雅樹」

「あ、ああ、よろしく、軍オタ」

 俺は差し出された手を取り、握手を交わす。物騒な奴ではあるが、手の感触はやっぱり柔らかい女の子の物だ。いいぞ。あ、前にも言ったか。

「薫、と呼ぶことを許そう。この許可は、父以外の男性ではお前が初めてだ。光栄に思え。あたしも雅樹、と呼ばせてもらおう」

 少しはにかんで、薫はそういった。なんだ、そういう表情もできるんじゃねえか。意外にかわいいところもある。そして続いて、唯那にも握手を求める。

「よろしく、唯那。君はまだまだ開発の余地がありそうで楽しみだ」

「あ、あ、よ、よろしくです! 薫さん! あ、あの、開発って、調教ですか? 唯那、頑張りますよ!」

 おい、あまり誤解を招く発言をするな。いやまあ、俺のせいだけど。

「くふふふ、つくづくお前は変態のようだな。まあいい、その煩悩を戦闘に活かせ。欲の強い奴ほど生き残る確率は高い。せいぜい唯那をお前好みに調教してやれ」

 おお、なかなか俺の趣味に理解があるじゃないか薫ちゃん。キモい、触るな近寄るな! とか言われなくてすんだよ。じゃなくて、俺は変態じゃない! ちょっと年相応にエッチなだけな。

 当面、俺たちは宿を探さなくてはならない。だが、ガン鉄が問題だ。

「おいガン鉄、おまえ、どこかに隠れとくとか、出来ねえ?」

「そこもとの指示には従わぬが、わが殿がそう仰せならそれは可能だ」

 こいつ、唯那と違ってかわいくねえ。 

「なあ、か、薫、こいつどこかへ置かないと、宿も取れねえぜ」

 女の子をいきなり名前で呼ぶのはちょっと緊張するな。たとえ軍オタでも。

「うむそうだな。ガン鉄、本体は端末からの起動範囲で待機しておいてくれ。取りあえず、今日はこの街のどこかで宿を取ろう。あまり目立たんようにどこかに隠れてくれ」

「御意」

 言うや否や、ガン鉄は背中から翼を展開し、ブースターのようなものを噴射して大空へと消えていった。こいつの翼はやはり剛性の高そうな無骨な物だった。

「んじゃ、宿取るぜ。部屋割りは薫と唯那二人部屋でいいか?」

「いや、あたしは一人でいい。唯那はお前のアンドロイドだ。一緒で問題なかろう? それに、これからのこともある。唯那の機能を体の隅々まで熟知しておけ。くふふふ」

 何やら怪しげな含み笑いをする薫。唯那の方を見る、頬を染めながら、

「あ、い、いいですよ、雅樹さん。唯那は雅樹さんとずっと一緒ですから」

 と、何やら目をそらし恥らいつつそうおっしゃるので、俺は迷わずその通りにして駅前のビジネスホテルを予約した。



 シャワーの音が聞こえるぜ。

 美少女(ただしアンドロイド)がシャワー浴びている。ホテルの個室で二人っきり。ほっほーう!

 俺は邪(よこしま)な期待を抱きつつ、だが、内心へたれで緊張しまくりつつ、そんなことをしている場合ではない、と良識ある考えをしながら、悶々としていた。

 シャワーの音が止まる。しばしごそごそする音が聞こえ、扉が開いた。

「あ、あの、雅樹さん、どうぞ……」

「お、おう」

 ユニットバスからバスタオルを巻いただけの唯那が顔をのぞかせている。キュートだ。特にバスタオルの上からでもふくらみがわからない胸がいい。

 唯那はちょっと恥じらいを含んだ表情ではにかみながら、俺の傍らをすり抜けて俺の腰かけているベッドの反対側に座る。いや、思わずツインじゃなくてダブルの部屋を予約したのは、ちょっとした間違いだと許してくれ。

 俺はそそくさと風呂場に入り、シャワーを浴び始める。もちろん、念入りに洗うぜ!

 状況が状況だけに、複雑な気持ちでシャワーから上がると、唯那はパジャマを着てベッドに座り、窓から外を眺めていた。表情まではわからないが、何か憂いのあるその背中は、やっぱり人間の女の子にしか見えない。

「……唯那」

「あ! ま、雅樹さん! おかえりなさいです!」

 はっとこちらを振り返る唯那。

「どうした?」

「え? あ! な、なんでもないです! なんでも!」

 何でもないはずはない。唯那の顔には、涙の跡が残っている。アンドロイドの少女は泣いていたのだ。 

「話し、聞いてやるよ。遠慮するな」

「で、でも」

「いいから」

 俺は唯那を抱き寄せる。やましい気持ちではなく、彼女を安心させるために。

「おまえ、泣くこともできるんだな。本当は、元は人間で、とかじゃないのか?」

 頭を胸に抱き、唯那の髪の毛をなでる。まだ少し濡れたそれは、それでもつややかな手触りをしている。

「唯那、正真正銘アンドロイドですよ? でも、空を飛んだり電波拾ったりできるだけで、唯那、多分人間の女の子と一緒。ガン鉄さんも、見かけはあんなだけど、心はとってもきれい。唯那わかります」

「うん、そうだな。それで?」

 唯那の言いたいことの本質はそれではないと思う。俺はこれでも空気は読める男のつもりだ。

「唯那、兄弟がいっぱいいることになります。ガン鉄さんもそう。でも、悪いことさせられてる兄弟が可哀そうです。唯那、生まれてまだ一日二日ですけど、いろんなこと勉強しました。悪いことした唯那の兄弟、どうなるか想像つきます」

「それで泣いてたのか?」

 唯那は俺の腕の中で小さく頷いた。とても優しい、思いやりのある子に育ってくれて俺は嬉しいぞ。

「確かに、すでに過ちを犯したアンドロイドを全て救えるとは、俺も思わない。でも、少しでも多くを救うために、俺たちは頑張ろう。あの軍オタ薫もガン鉄も、本意はわからんが悪いやつじゃない。それに、もし最終目的があいつらと俺たちで違う物だったら、俺は迷わず唯那の想いを取る。心配するな」

「ま、まざぎざん……」

 あーあ。また泣いた。このまま押し倒すのも風情があるが、なんかそんな気もなくなってきた。それに、やっておかなきゃならいこともある。

「唯那、お前の機能、全部知っておきたい。その上で、お前の仲間を助けるための力になろう。お前の全てを知りたい」

「ま、雅樹さん、それって……」

「ああ、俺は決めた。もうこの事態に受け身にはならない。薫の奴にも負けていられない。俺と唯那でできること、しっかりと確認しておこう」

「……わかりました。唯那、嬉しいです。ヘルプ検索して、唯那も自分の全てを把握します。いいですか? 雅樹さん」

「ああ、やってくれ」

 唯那はカクン、と一次機能を停止し、検索に入る。今度は長い。相当な分量を検索しているようだ。俺はそのまま、一〇分ほど唯那を抱いていた。

 やがて、唯那の目に光が戻り、ピクン、と反応がある。

「おかえり、唯那」

「ただいまです。そして、唯那、完全覚醒します。雅樹さん、唯那の全て、知ってください」

 唯那は俺から離れ、ベッドの上に立った。そして、おもむろにパジャマの上着を脱ぎ捨てる。

「お、おいおい!」

「唯那、恥ずかしいです。でも、唯那の全て、しっかり見てくださいね、雅樹さん」

 全身を紅潮させながら、パジャマのズボン、そして、下着も脱いでしまった。

「これが、唯那です、雅樹さん」

 ベッドの上に立つ白い裸身。シミ一つない、産毛すら見当たらないほどの滑らかな肌。それは、この世の物とも思えない美しさだった。



 翌日、俺はめくるめく眠れぬ夜を過ごして、真っ赤になった眼で朝食をとっていた。バイキング形式の朝食だ。俺の前では唯那が同じく、眠そうな顔をして味噌汁をすすっている。アンドロイドとはいえ、多くの生体部品を使うことで人間と同様の機能を司どることが出来るらしい。その為、それらのパーツは睡眠を欲する、という事だ。眠らないとやっぱり眠いらしい。

 ますます唯那が人間に見える。と同時に、昨晩唯那のスペックを徹底的に走査し、二人で確認し合った結果は、やはり人ではないアンドロイド、それも、人型兵器、と言ってもいいものだった。

 昨日、俺は唯那の身体と機能を隅々までチェックした。パッと見ると本当に人間と変わらない。だが、身体の表面のあちこちにギミックがあり、色々な入出力端子が装備されているし、やはり、唯那はアンドロイドだ、と認識させられる。だが、それ以外は本当に女の子だった。一瞬ちょっとムラッとしたし、女の子部分は思わず確かめてしまった。そ、それ以上はしなかったけどな! 俺の自制心に拍手!

 すでに人間じみた感性を持ち始めていた唯那は、自分自身の本当の姿に戦慄し、ショックを受けたものの、アンドロイドである、という事実は変わらないため、それを受け入れた。明るく健気な笑顔のまま。

 俺はやるぞ。薫が何を考えているか知らないが、俺のポリシーに反しない限り、あいつらに付き合ってやる。そして、俺と唯那の立ち位置を早く決めてしまいたい。

「ふああああ、眠いですう、雅樹さん」

「飯食ったら少し寝ろ。一応ここはもう一泊とってる。とはいえ、何か動きがあればすぐでなきゃいかんけどな」

「はあい。また一緒に寝ていい子いい子してくれますか?」

「う……」

 思わず赤面した。昨日は全ての作業が終わったのが五時。それから疲れ果てた俺たちは、ピュアに抱き合って眠った。思わず唯那の髪の毛をなでると、気持ちよかったのか、こいつはそれが癖になったようだ。

「まあ、考えておこう」

「ぶー。昨日、あんなに唯那のこと見たくせに。唯那、雅樹さんの視線に犯されました。すっごく恥ずかしかったのにご褒美なしですか?」

 う……なんかいちいちエッチというか、うむ、かわいいやつだ。

 唯那はどんどん表情も感情も豊かになってきた。怖いほどに。そしてそうなるにつけて、この子を守ってやらないと、という想いも強くなる。おかしいな、最初はやましい気持ちしかなかったのに。

 ホテルの食堂にもテレビはある。アンドロイド事件の続報はどうだろうか。気にはなったが、ここでじっと見ているわけにもいかないので、部屋に戻ってゆっくり見ることにしよう。

 そう言えば薫が起きてきてないようだが、大丈夫かね? まあ、あとで部屋を訊ねてみるか。

 俺たちは部屋に戻ってテレビをつける。

 状況はますます混沌としてきたようだ。アンドロイド到着から三日目ともなれば、結構情報は整理されてきている。

 アンドロイド総数は一〇八体。

 そのうち、当局の出頭に応じ、無力化されたものが四五体。つまり、巷にはまだ六三体のアンドロイドが跋扈していることになる。

 そして、アンドロイドが発送された先は俺たちが予想していた通り、一人暮らしの若者で、かつ、両親が近くにいない、という連中のようだ。ついでに言えば、発表はされていないし、もしかするとまだ気づかれていないのかもしれないが、アピール時に不穏な言葉を書いたやつ、というのも含まれるはずだ。これはまだ推測の域を出ないが、充分に合理性のある見解だ。

 そして、拘束された四五体の中に、ガン鉄や昨日の敵性アンドロイドのようなタイプはない、という事。ほとんどが唯那のようなヒューマノイドタイプらしい。

 そして、すでに事件の延べ発生件数が五〇件を超えていた。同じアンドロイドによる再犯も多いようだ。そして、昨日のガン鉄の件も報道はされている。

 コンコン、とノックの音が聞こえる。俺はのぞき穴で薫の姿を確認し、扉を開ける。

「おう、ニュースを見ているか。ガン鉄の件の報道で、こちら側に入る奴が増えればいいが、期待は出来ぬかな」

「そうだなあ。もし与したいと思っても、コンタクト取るのは難しいだろう?」

「うむ。こちらもこれからどう動くか、だが」

 自衛隊と敵対したとまでは行かなくとも、こちらの要請は上手く通らなかったのだ。そして、今後アンドロイド犯罪が増加していくにつれ、いつしか決定的な大規模戦闘が発生するのも目に見えている。

 罪を犯しているテスターたちの心理はどうなのだろうか? このままいけると思っているのだろうか?

 今のところ、テスターには未成年が多く、おおっぴらに名前や顔を公開して情報を募ったり捜査したり、という事はやっていない。これが、かえって連中を調子に乗らせている感があるのだが、同時に俺たちがまだ一般人の中に紛れていられる、とも言える。

「怖いのはこれからだな。当局以外の連中があたしらを特定して付け狙い始めるだろう。三日もあれば、写真くらい出回りかねん」

 薫の言うとおりだ。住所特定までされている以上、あのネット住人の捜査力なら、あっという間に個人特定、写真ウプ、となるだろう。そして、その情報をあの勘違いしているアンドロイド排斥主義集団や愛国団体に利用されると厄介だ。奴ら、限度とか節度ってもんを知らん。

『アンドロイドの所有者に告ぐ!』 

 そうそう、こんな感じでいきなりな。

「ええっ!」

「むう、速いな、奴ら」

「雅樹さん、どうしますか! また飛んで逃げますか!」

 どこでどう情報を得てここにたどり着いたのかは知らないが、ここでドンパチをやるわけにはいかない。

「まさか突入はないと思うが、集団ヒステリーや群集心理によるパニックが起こると厄介だ。バッくれよう。民間人に被害を及ぼすとあとあと面倒だ。ガン鉄」

「御意、わが殿」

 端末のガン鉄が返事をする。

「上手く隠れているとは思うが、万が一本体が見つかったら速やかに離脱しろ。絶対に誰にも危害を加えるな」

「御意」

「よし、ガン鉄はこれでいい。あたしらも出るぞ。もし追われるようなら戦えるところまで誘導したい」

 薫姐さん、目が生き生きしてるぜ?

「あいつらと戦うってのか? ガン鉄じゃ強すぎねえか?」

「構わん、一度圧倒的戦力差を見せてやれば、奴らとて命は惜しいだろう。所詮は格好をつけたいだけの烏合の衆だ」

 まあ、たしかに。

「唯那も戦いますよ? 何すればいいですか?」

 唯那はピョンピョン飛びながら、俺や薫に視線を合わせようとする。

「唯那、お前の能力はネットワーク系だ。いいか、今から俺が言うことをやれ」

「はい! 唯那頑張ります!」

「ほほう? あたしの言った通り、この子の能力を把握したのか?」

「ああ。まあ、見てろ。俺もいつまでも受け身じゃねえぜ。どっちかっつーと攻めの方が好きだしな」

 俺たちは作戦の内容の打ち合わせを始める。

 まだ突入などの不穏な動きは見せていないが、かなり外でやかましい。

 目標はこの勘違い野郎どもにお灸を据え、取りあえずの手出しをやめさせる。

 そして、その為には戦場を設定する必要がある。

「なるほど、撒き餌をするのか」

 薫は俺の提案を聞き、得心いったように腕を組む。

「そうだ。あいつらは特定の指揮系統を持っていないだろう。だから、同じ場所に大量に集めてやれば、わずかな威嚇でも総崩れになる可能性は高い。いっそ、こちらから居場所をバラしながら移動すれば、アホな奴らが寄ってくるんじゃねえか、と」

「ですけど、唯那たちが直接『ここへおいで~』と言っても罠と思われます。だから、唯那がネットワーク介入して、別の誰かにうまく成りすまして情報をリークする役目をします!」

「ふむ。だが、唯那の扮するその誰か、がネット住人に信頼を得ることが出来るのか?」

「そいつは対策済みだ」

「はい! 唯那、昨日から板に張り付いて、みんなと仲良くなりつつ、ちょっとだけみんなの知らない情報をリークしたりしてます。今日の朝には報道されてましたから、一気に株は上がってますよ!」

 ひゅう、と薫は感心の口笛を吹く。   

「やるじゃないか。その戦略眼はなかなかいい。戦いのステージをこちらでコントロールできるというのは大きなアドバンテージだ。よし、じゃあ、逃げるぞ! 雅樹! 唯那!」

「おう!」

「はい!」

 それはあてどのない逃亡劇。さて、俺たちのたどり着く終着駅はどこなんだろーなー、と思いつつ、ちょっぴり楽しくなってきた一六歳の春の出来事だったのだ。

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