第二章 美少女アンドロイドは問題を運んできました
一晩が過ぎた。
翌朝、事態はもっと悪くなっていた。いや、予想はしていたが、その中でも最悪クラスだ。
昨日の警官隊の包囲網突破を受けて、政府は自衛隊の出動を決定した。
対アンドロイド犯罪には、常に警察と地元の陸上自衛隊一個師団が共同作戦を取る、というのだ。
日本の政府としては異例の早い決断だが、世界の注目を集めている以上、ここでこれ以上後手に回ることは避けたいのだろう。事実、この一日で株価は下がり、円は売られた。まあ、円安はいいんだけどな。
「雅樹さん、のんびりしてても大丈夫でしょうか?」
唯那特製の洋食ブレイクファストを食しつつ、俺たちは今後の展開について相談をする。
昨日一晩かけてネットを駆使し、唯那には一通りの常識は与えたつもりだ。少し、落ち着いた感はある。だが、天然ドジッ娘設定は変えられないようなので、そこは要注意だ。
「とりあえず、逃げる支度はしておこう。世論がどう傾くかもわからんし、俺たちの住所が特定されるのも時間の問題だろうし。それから、唯那のカード、当てにしているからしっかり持ってろ」
「はい! お任せください! 唯那が雅樹さんを養います! 安心して唯那のヒモになってください!」
「おい、体裁悪いから外では言うなよ!」
「はい! それくらいの常識は勉強しましたです! 外では男を立てる女になりますよお」
いらん言葉もたくさん覚えてしまったようで、教育って難しいな、って思ったよ。
しかし、何もかもが仕組まれすぎだ。ある意味、唯那の持つカードはこの逃亡劇をも想定に入れているように思える。そして、このカードの本来の所有者こそが黒幕。つまり、研究所の誰かなのだろう。
報道では日本アンドロイド総研という研究所自体がペーパーカンパニーで実体のない物、と言っていた。だが、アンドロイドは実在する以上、どこかで研究開発したのだ。それも、相当な数を。これは尋常ならざる工場が存在しているはずなのだが、その所在すらつかめていないとは、かなり周到に隠ぺい工作が施されている。
今日は土曜日。幸い学校は休みだ。俺は朝からネットとテレビに張り付いている。唯那はせっせと逃亡準備をしつつ、時々俺の状況をのぞきに来ている。
「う……こ、こいつはまずい!」
俺はぎょっとした。恐れていたことが起こったのだ。
ついにネット上の恐ろしいやつらがアンドロイドの発送先住所を突き止め、リスト化し始めた。こいつら、一体どんな情報網で特定しているのか。警察よりやることが早い。
そして、当然警察もこの板を監視しているだろう。まずい。
幸い俺の住所はまだ出ていないが。
だが、時間の問題だ。このリストが本物かどうかの判断はまだつかない。そしてその判断がつくのは俺の住所が出た時。それでは遅い。
「唯那、荷物まとめたか?」
「はい! 完璧です! 着替えもお金も預金通帳も洗顔用具もOKです! あと、お鍋と炊飯器とフライパンとお玉にフライ返し、ええっと、何ならキッチンごと持って行きますか!」
「待てい! 前半は合格だが、後半はいらんだろ! てか、キッチン持って歩く気かお前は!」
やっぱり何かずれているところは治らない。初期設定に問題アリだな。俺のせいだが。
「え! だって、これからのお料理どうするんですか? 唯那、雅樹さんに毎日お料理したいです」
「気持ちはありがたいが、あきらめてくれ。これから俺たちは、修羅の道を行くんだ」
ちょっと真剣な顔で唯那に向き直る。いやもう、マジで修羅道一直線コースだぜ? 俺は普段は軽いが、基本はまじめでイケメン未満くらいだ。いい顔をするとかっこいいという噂も無きにしも非ずだ。
「雅樹さん、かっこいい!」
ほらな。って、唯那は俺のことは全部いいくらいにしか思ってないんだろうけど。
「まあ、取りあえず調理道具はおいとけ。出先で入り用になったら買えばいい」
「はあい」
パンパンになったボストンバックが二つ。これで逃亡準備はいい。預金通帳も持った。親からはわりと潤沢な仕送りがある。結構な金額は貯まっている。だが、俺が逃走した、と判明すれば当局に預金を抑えられる可能性だってある。早急におろしておかないとな。唯那のカードは今一つ不気味だが頼りにはしておきたい。
さて、家を出るタイミングが難しいな。
日のあるうちに逃げるべきか、闇にまぎれて逃げるか。
テレビではすでにCMすらカットして、この問題を論じている。
ここに来て、人間と変わらぬ感情を持つアンドロイドには一定の人権を与えるべきだ、という意見まで出てきた。これはおそらく、初期段階で捜査機関に協力し、アンドロイドの身柄を預けたテスターがいて、その中に唯那のようなタイプのアンドロイドがいた、と推測される。
不思議な物で、人間は人型をしたものに強い興味を抱くんだよな。
だから、人形はかわいいと思ったり、念が移って怖いと思ったりして、わざわざ専用の供養をする神社まである。
あるいは、ある工業用ロボット開発メーカーが、ショーウインドウにマネキンの代わりにアンドロイドを展示したことがあった。最もそれは唯那とは比べ物にならないぎこちない動きをし、感情などはもちろん持っていないただの機械だ。
それでも、『閉じ込められて可哀そうに思った』などという意見が出る始末だ。
ことこれほどに、『人型』という物は人間にとって感情移入しやすい物なのだ。アニメのキャラを立体化してフィギュアにすると思わず買ってしまうのもこの種の感情移入のたまものだろう。
そして、唯那を見ていると、まさに今テレビで議論されていることに賛同したくなる。彼女を機械として見るのは難しい、というのが正直な感想だ。
だが同時に、この唯那ですら武装を持っている、という事実。
この一点において、製作者たちがお世辞にもただの癒しアンドロイドとして開発したわけではない、という事になる。
踊らされている気はするが、もう後には戻れない。
俺たちは入念な準備をすることに時間を割いた。
そして日も落ち、そろそろ脱出のころあいか。
そう思った刹那、リビングのガラスが派手に割れた。
「な、なんだ!」
「ま、雅樹さん! 外!」
唯那が外を指差す。なんてこった。すでにこの住所は特定され、公開されていたのか! 見落とした! これだけの騒ぎだ、他のソースでもかなりの情報が流れていただろうし、さすがに全てを網羅するのは無理だ。
「ここがアンドロイドの発送住所という事は確認できている! 世に害するアンドロイドを出せ! そうすればこれ以上の危害は加えない! 我々は報国自営団だ! 正義の名の下にアンドロイドを駆逐する! 繰り返す! すぐにアンドロイドを引き渡せ! 我々は紳士だ! 一〇分間待とう!」
何やら街宣車が道路をふさぎ、スピーカーでがなり立てている。紳士がいきなりガラスに投石するかよ。
「おめえらが社会の害だよ、この野郎」
と、目の前で言ってやりたいが怖いから無理。
俺だって一介の高校生に過ぎない。実際に行使される非合法な暴力に直面したのは初めてだ。足がすくむ、震える、動悸が激しくなり、頭がぐるぐるとまわる。
昨日は覚悟を決めたつもりだった。だが、現実が目の前に来ると、怖い。
「雅樹さん、大丈夫。唯那が守ります」
いつもののほほんとした表情ではなく、きりっとした唯那の顔が俺の傍らにあった。唯那の手には軽機関銃が握られている。え? 軽機関銃?
「ええっ!」
どこにそんなものがあったんだ! と、声に出せず、ただそれを指差して口をパクパクさせていると、唯那がにっこり笑う。
「オプションパーツとして同梱されてたんですよ? 知りませんでした? 唯那が寝かされていた木箱の下、上げ底二段になってて、そこにいろいろありました」
いろいろって、他にもあんのかよ。
「それ、本物だよな。死人だけは出すなよ、あとあと面倒だ」
「わかりましたあ。出来るだけ唯那も撃ちたくないです。だって、当たったら痛いんでしょ?」
「痛いってなもんじゃないだろうけどな。俺もよく知らんけど」
幸いにも銃で撃たれた経験はない。だが、人を殺すことが出来る道具であることは間違いないし、同じそれでも包丁とはわけが違う。この姿を確認されただけで、俺たちは犯罪者として追われることになる。だが、今や俺の中ではこれは身を守るための超法規的措置だ。生き残れば、弁明はあとからでもできる。すまん父ちゃん母ちゃん、俺、親不孝者かも。
『速報です。各地でアンドロイド所有者の住所を割り出した排斥主義グループが、次々と所有者を襲撃する事件が発生しています。警察では、むやみに所有者を襲撃、刺激しないよう呼びかけていますが、事態は混乱を極めている模様です。一部の現場ではすでに死傷者が……』
おいおい。イカレタ愛国主義者が一斉蜂起って奴か。まいったね。
しかし、すでに犠牲者が出るほどの状況となると、これはもう内乱に近いな。
「唯那、できるだけ穏便に、姿を見られずに逃げたい。なんかいい手あるか?」
「うーん。これだけ包囲されちゃうと、どう頑張っても突破するときに見られますよね。多分、動画を撮ってると思いますし。そうだ! 空から逃げちゃいます?」
「そんなことが出来んのか?」
「はい! 唯那短時間なら飛べます! ……でも、飛ぶのも着地するのも初めてだから、ちょっと怖いですう……」
最初は威勢がよかったが、後半は涙目になってガクブルしている。おい。
「ん―と、積載重量は三〇〇キロくらいまでなら滑空で五〇キロくらい飛べるかなあ……」
唯那はぶつぶつと計算を始める。ひっじょーに恐ろしいが、目の前の現実よりはましかもしれない。
「もうすぐ一〇分だな……あいつらがなだれ込む前に、行こう。唯那、お前に俺の命預けるぜ!」
「わい! 雅樹さんが唯那の物に!」
違うって。
唯那は荷物をまとめて持つ。このあたりはさすがにアンドロイドだ。人間よりは力がある。そして、外の奴に見つからないよう、勝手口から裏庭というほどでもない洗濯干しスペースにでる。ここからなら空へつながっている。
「よし、頼んだ。ところで、荷物は背負わなくていいのか? その持ち方、重くないか?」
「あ、背中はちょっと空けておかないとダメなんです。大丈夫です、唯那力持ちです」
ならいいけど。
俺は一応唯那と自分をベルトで何点かを固定した。これで荷重分散するし、万が一唯那が手を放すような事態があっても、一瞬の猶予が出来る。そして、どれくらいの高度に出るかわからないので、そこそこ厚着もしておく。
「それじゃあ、唯那、飛びます!」
そう言えば、どういう仕組みで飛ぶのか聞いてなかったけど、大丈夫かな……
「おおおおおう!」
そう思った瞬間、急激なGが加わった。唯那がジャンプしたのだ。壁、塀、家の屋根、そこからさらに高い屋根へ、そして屋根伝いにジャンプを繰り返し、マンションの高層階へ、順を追って高度を稼ぎつつ、そのマンション、確か一五階建てくらいの屋上から空へと身を躍らせた。
「ひえええええ!」
ぶあっさあ、と大きな布を広げたような音がしたかと思うと、唯那の背中から大きな白羽が展開される。まるで鳥の羽のような、しなやかな羽だ。
「よ、よし、一旦人けのないところまで頼む」
「はい!」
夜の闇にまぎれ、俺たちは空を駆る。駅前のビルとビルの間にあるちょっとした隙間に着地し、唯那は羽の展開で破れてしまった服を着替えてから表通りに出る。
幸いまだ顔写真は出回ってないし、唯那もアンドロイドには見えない。だがネット住人は優秀だ。どこからどんな情報をつかみ、流出するかわかったもんじゃない。
関東圏で派手な犯罪をしているアンドロイドが増えたためか、駅前にも警察の姿が増えているような気がする。そして、もう一つ気になるのは……
『アンドロイドを排除せよ! 危険な兵器を持つテスターを狩り出せ!』
駅前で愛国的アンドロイド排斥主義者たちが騒いでいる。こういうのって、なんであれほど速やかに組織的行動が出来るのか、不思議で仕方がない。
とりあえず関わり合いになりたくないことこの上ない。そう思ってその場に背を向け離れようとした瞬間だった。
「ちょっと君たち」
ヤバい。制服警官だ。俺は逃げようか、とも思った。だが、下手なそぶりをすると藪蛇だ。取りあえず素直に立ち止まり、警官の方を向く。
「なんですか?」
努めて平静に答えたつもりだが、心臓は早鐘のように鳴っている。
「二人だけ? こんな時間に大きな荷物持って、どこへ行くのかな?」
マズイ。夜遅く男女二人の大荷物。どう見ても家出か駆け落ちだ。さて、どうごまかしていいものか。
実際家出のような物だし、うまい言い訳を考え付かずにいると、やはり不審に思われてしまった。
「何か住所氏名証明できる物あるかな? 念のためおうちに連絡を入れたいなあ」
そらきた。
「ありますけど、自宅には誰もいませんよ?」
これは事実だ。だが、そんなものは言い訳以下にしかか聞こえないだろう。警官は引き下がらない。
「うんうん、取りあえず、身分証明見せて」
出し渋っても余計に怪しまれる、と思い、俺は学生証を出す。警官はそれを手に取り、住所に目を通す。その瞬間、彼らの目つきが変わった。
号砲一発。警官は信号弾のような物を打ち上げた。なに?
「こいつテスターだ! 見つけたぞ!」
「なななな、なんだって!」
「ま、雅樹さん!」
俺たちは一瞬にして包囲されていた。アンドロイド排斥を訴える自称愛国主義者、だが実質はテロリストたちに。
ちっ! まさかな話だがこいつら偽物か……職質して住所を見るのが目的だな。そして、思った以上にテロリストどもは広い組織力を駆使している。こいつは、何か母体集団があるのか? たとえばカルト団体とか。
「逃げるぞ、唯那!」
「はい!」
俺は唯那の手を引いて、警官たちの前から遁走する。だが、すでに周囲は囲まれている。どっちへ走っても包囲の壁に当たるわけだが。
「唯那負けませんよ!」
「ちょ! おい! いきなりかよ!」
唯那は偽装携行していた軽機関銃を取り出す。
「当たったら痛いですよ! 痛いの嫌いな人はどいてください!」
人の壁から五メートルほどのところで俺たちは立ち止まり、唯那が威嚇する。だが、それだけでは若干の動揺が走るくらいで、まだ道を開けようとはしない。
「雅樹さん! 撃っていいですか!」
「あ、当てるなよ?」
俺は連中に聞こえないように小声で言う。
「はい!」
すぐさま、引き金が引かれる。一瞬で数発の弾丸が包囲網の足元の地面をえぐる。本物とわかったためか、若干後ずさっている感がある。
「おい、おめーら! 見ての通り本物だ! 怪我したくなかったらどけ!」
ジリ、と俺が歩を進めると、同じだけ下がる。いけそうだ。
「唯那」
「はい!」
今度は肉の壁に向けて唯那が構える。明らかに動揺の気配が強まる。
「雅樹さん、突破します。唯那につかまってください!」
「え? つ、つかまるって?」
「飛び越えますから、落ちないように!」
言って、唯那は俺を抱えて走り出す。俺が唯那につかまるというより、唯那が俺を捕まえていると言ったほうが正しいか。
「うおおあああああ!」
「唯那いきます!」
ジャンプ一閃。俺と唯那は人の壁を飛び越えた。あっけにとられる連中を尻目に、あとは振り返らずに走り抜ける。というか、唯那が俺を抱えたまま猛烈なスピードで逃走しているわけだが。さすがにアンドロイド。脚力も半端ないのね。
しかし、これで周囲の何を信用していいのかわからなくなった。俺たちは、何の護りもないまま、あてどもなく町を放浪するしかないのだろうか。
ある程度の距離を稼ぎ、ひとまずあまり人けのないところまで逃げ切った俺たちは、いったん休憩する。
「くそっ! あいつら無茶苦茶だ!」
携帯のワンセグでニュースを確認する。やはり速報が流れてしまった。機関銃を携行している旨も。ますますアンドロイドが悪者っぽい報道がなされる一方で、あの排斥主義者たちの常軌を逸した行動はニュースでは黙殺されている。とかく、偏向報道の多い今日この頃だ。アンドロイドは害をなす、という前提でニュースが組まれていく。
仲間が欲しい。情報を整理し、現況を打破するための仲間が。俺と唯那だけじゃ絶対手詰まりになる。
「唯那」
「はい! 雅樹さん!」
こんな状況でも唯那は明るくにぎやかだ。
「お前の仲間と連絡をつけられないか? ただし、悪いことをしない奴、だ。アンドロイド同士の連絡手段なんか……ないよなあ……」
うーん、と唯那は思案顔だ。
「上手くいくかわかりませんけど、唯那、ネットワークで探してみますね」
「できんのか?」
「挑戦です!」
そう言って、唯那はピョンピョン飛び跳ねながら、
「電波っ! 電波っ! でーんっぱさんっ!」
と、妙な調子で歌い始めた。おい、電波さんはお前だ。一分ほど歌いながら飛んでいたが、往来なら変な目で見られること請け合いだ。
「ぴっこーん! じゅっしーん!」
「なに?」
「こっちです! 雅樹さん!」
「おいおい! 何がどうなってんのかわかんねえけど、大丈夫なのか!」
「はい! 唯那ちゃんと頭の中でお話ししてますよ!」
それを電波さんというんだが……大丈夫か? 脳内妄想じゃないよな?
しかし、行くアテはない。とりあえず俺は唯那に引きずられていくことにした。
唯那に導かれて到着したのは、古い雑居ビルが立ち並ぶ裏通り。
しばらく走り続けると、ビルとビルの間に挟まれた、少し広いスペースに出た。どうやら、昔の建築時の測量ミスか、あるいは売れ残ったかなんかでできてしまったデッドスペースのようだ。周囲からは全く見えず、よくこんなところがあったものだ、と思わせられる。
「いた!」
唯那が前方を指差す。だが、そこには闇しかない。何も見えない。
「くふふふ、よく来た。物好きがいたものだ」
女の声だ。唯那のかわいいボイスとは違って、少し低めの凛とした声。
「お、おまえが唯那と話をしていたのか?」
「いや、話をしていたのはあたしの相棒だ。少年、お前の相棒はその女の子か?」
「はい! 蓮杖唯那です!」
聞かれもしないのに名乗る唯那。しかもしれっと俺の名字を名乗ってんじゃねえよ!
「少年、お前の名は?」
「人に聞くときゃ自分から、って、定番だろ?」
「くふふふ、活きのいい少年だ。あたしは東條薫。そして相棒のアンドロイドはこいつ。ガン鉄だ」
その瞬間、光がさした。女の背後から照明が差し込んだのだ。
いや、ちがう、その照明は女の後ろにある黒い塊が発する識別灯だ。五メートル四方ほどのデッド・スクエアには充分な光だ。
「さあ、名乗ったぞ。少年」
光に目が慣れ、女の容貌が露わになってきた。
女の子だ。俺と同じくらいだろうか。全身迷彩服に身を包み、腰には何かよくわからないが、見た目重装備と思える様々なカートリッジやパッケージをぶら下げている。髪は黒髪のセミロングを後ろで無造作に束ねた感じだ。眼は……あああ、座ってるよ。危険な感じだ。顔の造詣は悪くない、どちらかというと美少女だが、その目つきが怖い。そう、全体の印象ではまさに『軍人』だ。
「お、俺は蓮杖雅樹、高一だ。何の変哲もない高校生だよ。いまんとこな」
そう、今のところ、に過ぎない。どうやら、そろそろかなり問題のある高一になりそうな予感だ。
「ほほう、あたしより一つ下か。年下は嫌いじゃないぞ、くふふふ」
許してくださいおねーさま! じゃない。こいつ、一体敵か味方かどっちなんだ?
「拙者はガン鉄。お見知りおき願おう。よくぞ来た同志よ」
突然、東條と名乗った少女の後ろの鉄塊が言葉を発した。そうだ、こいつがアンドロイドなのか? でかい。のっそりと立ち上がったそれは、身長三メートル弱はありそうだ。
武骨な装甲に包まれた黒光りした身体。丸みを帯び、光沢を放つ体に、やや短い脚、そして、見るからに屈強な腕を持っている。顔には表情などない。一応、目鼻らしい造詣はあるが、まるで鎧か鉄仮面だ。眼だけが不気味に光っている。全身黒づくめのそれは、お世辞にも平和利用できそうな代物ではない。
「お、おい、俺はまだ同志になるつもりはねえぞ。お前ら、目的はなんなんだ? まさか、ニュースでやってたような犯罪を起こすつもりか?」
俺が彼女たちに対して警戒をしていることを察し、唯那が俺の傍らにぴったりとくっついた。一応、護衛するつもりのようだ。いや、お前がここに連れ込んだんだろうが。
「少年、落ち着け。あたしはあのような犯罪に興味はない。いや、むしろせっかくのアンドロイドの無駄遣いだ。その辺はその女の子とガン鉄が話をしているだろう?」
「本当か?」
俺は唯那を問い質す。
「はい、本当です!」
そう言う重要なことは先に言え! そして、そのやり取りを聞いて東條が不敵に笑う。
「わかってもらえたかな?」
とか言ってるが、お前の後ろにいるそれは、どう見ても強そうだし、兵器です、ってオーラをむんむん出してるんだが。
「じゃあ、それを使ってどうしようってんだ?」
「くふふふ、これから起こる混乱を終息させようというんだよ。もっとも、戦略的には圧倒的に不利な状況から始まるがな。こいつを戦術でひっくり返す。甘美だ。少年、お前も手伝え。どうせそのアンドロイドを手にした瞬間から、我らは国家の敵となるように仕組まれているのだ。あきらめろ」
「な、なんだと?」
東條薫の言っている意味がよくわからない。
「気づかないのか? 今日の事件だけを見ても、このアンドロイド群が国家的脅威である、と想像するのはいかな無能な政府と言えど、簡単だろう? すでに三件、いや、ついさっき四件目が起こったな。どれも高性能かつ危険なアンドロイドだ。残りの一〇〇体強も、そうである、という判断をするのは容易だ」
「ま、まさか……」
俺は唯那の方を見る。だが、唯那は必死な顔をしてぶんぶんと首を振る。
「唯那は、唯那はそんな恐ろしいことしようって思わないです!」
だが、これは俺が教えたからなのか? 唯那とて、他のアンドロイドと同等のスペックだとすれば、使い方次第で……
「時に少年、君はテスターに応募するときに、何かアピールしたかな?」
「アピール?」
「そうだ、このアンドロイドの使用目的欄、あっただろう?」
そう言えばそんなのがあったな。俺は記憶を反芻する。
「えーっと、エッチなことを教える、おいしい料理を作ってもらう、あと、冗談で世界征服の尖兵に使う、だったかな」
「それだ!」
東條は突然手を打って得心した。
「あたしも、圧倒的火力で世界を相手に喧嘩を売る、とか書いてみたのだ。どうやら、そういった不穏なことを書いたやつが当選したと見えるな。そして、実行しているバカがいる、と」
なんてこった。冗談で書いた不用意な一言が俺を非日常に叩きこもうとしているのか。うん、これからは冗談には気を付けよう。
「じゃ、じゃあ、あなたは本当に喧嘩を売るつもりなんですか! いくらで売るんですか! 安かったら唯那が買いますから、ごめんなさいして終わりじゃダメですか!」
「もういいから、お前黙ってろ」
「いにゃいお!」
こつんと唯那を小突いて下がらせる。
「なんだ、その子はまだ設定が中途半端なのか? 若干非常識のようだが?」
「あんたの後ろの奴よりはましだと思うんだが」
「拙者のことか? 無礼を申すな。拙者はわが殿に対する忠義、礼儀、誰恥じる物でもないぞ。そこもとは、わが殿の配下につくのか? つかぬのか?」
見かけは無骨なロボットだが、口調は江戸時代の武士か、という感じだ。
「ガン鉄、控えろ。少年は配下ではなく同志として迎えたい」
「御意」
なんか勝手に話が進んでるよ?
「俺は、できれば関わりたくねえんだけどな」
「唯那も雅樹さんとラブラブで過ごしたいんです! も、もうちょっとだったのに!」
赤面しながら言わなくてもいいことを言う唯那。
「なんだ、少年、そういう目的で応募したのか?」
「うるせえよ、軍オタ」
女にしてこのアンドロイドを選び、圧倒的火力云々いう奴は、間違いなくミリタリー・オタクだ。そう決めた。俺が今決めた。
「くふふふ、軍オタか、あながち間違ってはいまい。あたしのカスタマイズしたガン鉄は、そんじょそこらの兵器とは格が違うぞ」
肩を震わせて楽しげに笑う東條薫は、もはやマッド・サイエンティスト的なオーラさえ醸し出していた。
「お、おまえ、まさか、全部設定したのかよ!」
「当たり前だ。ここまでカスタマイズできるなど、やらない手はないだろう。自分専用の軍用アンドロイド。くふふふ、ゾクゾクするじゃないか!」
「お、お前、さては変態だな!」
ビシいっ! と指をさして俺は言ってやる。
「失礼なことを言うな! あたしはただ、美しい兵器が好きなだけだ!」
「立派な変態じゃねえか!」
「何を言う! 貴様こそ、なんだその二次元オタク御用達のような美少女アンドロイドは! そ、それも、公募されていた物の中で最も幼い造詣の物じゃないか! 貴様、さては変態どころかロリコンだな!」
「ロリコンの定義はなんだ! 対象の年齢か、それとも、対象の年齢が低く、かつ年の差が離れていることか! 離れている年齢は何歳ならアウトだ! ちなみに俺は一六歳で、こいつの設定年齢と二歳しか違わないんだ! これはロリコンと言っていいのか!」
「ぐっ……! き、貴様、バカではないようだな!」
いや、俺ら充分バカな会話をしていると思うが。
「まあいい、で、全部設定したってとこまで聞いた」
「そうだ。おかげで起動まで丸一日かかってしまってな、こいつが目覚めた時には事件は起こっていた、という訳さ。どうだ少年、この一連の事件の決着、見たくはないか? それとも、お前も騒ぎを起こす方につくか?」
鋭い眼光。一つ違いの少女のどこにこれほどまでの威圧感があるのかと思うほどだ。ノーと言えば、唯那と俺を殲滅しようかというほどの。
「ちっ、いいだろう。当面同盟と行こうじゃねえか。こっちとしても仲間は欲しい。とりあえず落ち着いたところで情報収集、交換と行きたいが、お前、目立ちすぎだろ?」
迷彩服はイカれたファッションとして納得するとして、あのガン鉄はデカすぎる。あれを引き連れて歩いてる時点で速逮捕だ。
「うむ、それはあたしも難儀した。どうにか人目につかないようにここへ放り込むのも、色々と慣れぬ機能をフル活用したのだ。だが、ここならしばらく置いておいても問題ないだろう。『端末』だけ携行しておけばよい」
「端末?」
「ああ、見ての通りの図体だ。こいつは小さなモバイルに全ての情報や人格を移して持ち運べ、いざという時は本体を遠隔操作できる優れものだ。良く考えられている。よし、では、行こうか、同志少年」
東條薫は握手を求めてきた。俺は、覚悟をもってその手を取った。その手は俺より一回り小さく、柔らかくて、やっぱり女の子の手だったよ。
「唯那、『ふぁみれす』って初めてー! どれ? どれがおいしいですか?」
一人はしゃぎまわっている唯那は、事の重大さをどれほど理解しているのだろうか。半自動設定にしたためか、コミュニケーション能力はともかく、一般常識や語彙の不足が結構ある。ここが育成型、って事なんだろうが。
「何でもいいから早く決めろって。ほら、ハンバーグセットでいいだろ!」
「はあい」
少しつまらなそうに返事をする唯那。だいたい、昨日、大量焼肉を食ったばかりだろうに。俺はまだ胃が重いよ。あっさりサラダバーでいいさ。
「情報を整理しよう。すでにここに移動するまでの間にも合計で六件の犯罪が起こっている。と同時に、動画サイトの生中継で、君のような人型アンドロイドを所有したテスターからは、全てのアンドロイドがそうではない、という弁明のメッセージ発信まで行われたようだ」
「あっという間に話がでかくなってるな」
「無理もなかろう。ネットユーザーの好きそうな事件じゃないのか?」
確かに。
掲示板、動画サイト、SNS、あらゆる情報ツールがこの事件に釘付けになっている。下手な動きをして目をつけられれば、あっという間にまた包囲されるだろう。
「ねえねえ、雅樹さん。それで、結局唯那たちには何が出来るんですか?」
「そうだ、そこが問題だ。俺たちに何ができる?」
「さて、それは数日中にわかるだろう。それに、全てのアンドロイドはおそらく戦闘仕様だ。実戦向きかバックアップ向きか諜報向きか、いろいろあるんだろうが、少年の相棒、唯那といったか? 彼女にも何らかの装備があるだろう?」
「ぶっ!」
俺は思わず頬張ったサラダを吹き出しそうになる。そんな怖いことを人の多いところで言うな。
「でかい声では言えないが、ある。だけど、こいつそんなに強そうじゃないぜ?」
「そうかな? 彼女はどうやってあたしらを見つけた?」
「電波さんですよ!」
唯那が誇らしげに薄い胸を張る。
「だから、どういう意味だっての」
「唯那、無線ネットワーク上の情報を精査しました。その中にガン鉄さんからの同志を募るメッセージが暗号化されて流れてたのです。唯那、それを感じ取って解析しました!」
「どうだ? 恐ろしい能力を持っているじゃないか。つまり、この子は諜報タイプなのかもしれんな。ネットワーク系に強い、福岡で起こった、銀行のオンライン不正操作のような能力があるかもしれぬな」
「げ」
今の世の中でネットワークを自在に駆使できるとすれば、それはある意味最強の兵器だ。経済兵器と言ってもいい。
「マニュアルには兵器タイプの記載はなかったよな?」
「当たり前だ。堂々と書いてはいないだろう。だが、あたしのガン鉄のように、見るからにって奴もたくさんいた。もちろん、外見だけで実装してるなんて、誰も思わないだろうがな」
てことは、唯那みたいにやっぱり実弾実装を……
「こいつ、届いたときはバラバラだったんだ。でかすぎてな。セッティングはこの端末だけでできる優れものなんで、助かったけどな」
東條が持つのは、ほとんどスマートホンと言ってもいいモバイル端末だ。これに全てが入っているってのも恐ろしい。
「拙者はわが殿、薫殿に絶対の忠誠を尽くすものなり。貴殿らが同志であれば、拙者も同志。よろしくお願いしたい」
イヤホンにガン鉄の声が聞こえる。さすがに端末が喋りまくるのは不自然なので、ブルートゥース機能付きのイヤホンを装着し、そこに流れるように設定しているのだ。
「よろしくです! ガン鉄さん! ガン鉄さんはシリアル何番ですか?」
シリアル? 唯那め、初めてそんなことを言ったぞ。
「拙者は三三番である。唯那殿は?」
「唯那は一〇五番ですよ!」
「てことは、連番として最低一〇五体あるんだな?」
「いや、一〇八体だ。確認している。すでに報道機関でも発表された」
東條が訂正する。それにしても、報道の情報もかなり早くなってきたな。それだけ緊急度が高くなってるって事か。
「しかし、一〇八体ってのも、洒落が効いてるのかなんなのか」
「そうだな、人間の煩悩の数とも言われている。まるで水滸伝だな」
「水滸伝? よく知らねえけど、中国のお話だっけ?」
「ああそうだ。一〇八人の豪傑が世直しのために集うも、結局は官憲の悪に屈し、最後は悲劇的最後を遂げる登場人物が多いな。まあ、あまり縁起のいい話じゃない、忘れておこう」
縁起の悪い話なら持ち出すなっての。
「そのシリアルナンバーの意味合いも難しいな。番号が大きい方が後期型で優れているのか、若い方がプロトタイプでカスタムタイプなのか、だな」
東條が腕組みをして考える。
「通常なら、プロトタイプの場合、惜しみなく予算と技術を投入しているから、規格外の高性能機になる。番号が大きくなればそれらを簡略した量産型になっているのか、あるいは、一〇八体全てがプロトタイプの可能性もある。あたしらがどれだけの数を相手にすることになるか、想像もつかない。出来ればもう少し手勢を増やしたいがな」
「当てはあんのか?」
「ない。少年が来たこと自体奇跡だ」
「その、少年てのやめろよ、軍オタ」
「わかった、雅樹といったか? では、ロリ雅でいいだろう?」
「ぶ、ぶち殺すぞ! この野郎!」
「冗談だ。蓮杖雅樹。そう怒るな」
むかつく。だが、得体のしれない雰囲気が、それ以上の抵抗をする気を奪った。
こいつ、絶対カタギじゃない。そもそも、普通の一七歳の女が、こんな無骨な兵器を欲しがるはずがない。だいたい、親はいるのか? 家でこんなの組み立ててたら怪しいだろ。
「聞いていいか」
「なんだ?」
俺は好奇心に負けた。この先こいつと行動するなら、知っておいたほうが良いだろうし。
「お前、家族は?」
「いない。両親は外人部隊で傭兵と後方支援をやっている。まず帰ってこない。帰ってくるときは骨になってだろうな」
マジキチ一家だ! 両親が軍人なわけね? この日本にあってわざわざ外国で傭兵とは、正気の沙汰じゃない。
「だから、あたしの身の上を心配する必要はない。戦場で死ぬとすれば、それはあたしの一族の宿命だ」
「いや! 俺、そんな宿命負いたくないんだけど!」
「薫さんかっこいい!」
「お前は黙ってろって!」
唯那が何やら東條の言葉に感銘を受けたようだ。いらんことを覚えるな。
「蓮杖雅樹、君の家族はどうなんだ? 突然ロリ少女を連れ込んだ息子に絶望したりしてないか?」
「ロリ言うな! うちも外資系企業で働いていて両親とも日本にはいねえよ。余計な心配は……まてよ?」
「む? どうした?」
俺は応募時の記入フォームを想い出す。確か、家族構成の欄があったはずだ。
「おいまずいぞ。多分、このアンドロイドは、不穏な単語を書いた、一人暮らしの奴に届いてる。行動の制限が少ない、抑制のタガが外れやすいやつにピンポイントで送ってるんだ。間違いねえ!」
「そうか! みんなエッチすることが目的なんですね! 薫さんはガン鉄さんとするんですか?」
「おい、この子大丈夫か? 君はこの子にエロしか教えてないのか?」
唯那、頼むから黙っとけ。こいつ、しっかり調教しないと俺の人格が疑われかねんな。いや、調教って変な意味じゃないからな?
「まだこれからいろいろ教えるんだよ! それより、独り者ばっかりなら、ある意味、味方にもつけやすいかもしれねえ。問題は、どんな奴がどんなアンドロイドを持ったか、だが」
「ラジオ電波からの情報ではありますが、ネットでどんどん特定されておりますぞ」
ガン鉄が話に割って入る。当局も無能ではない。ネットで特定された連中には次々と手が伸びるだろう。
「独り者が急に二人で行動していると目立つ、か。これは唯那のような人型アンドロイドのほうが、かえって警戒が薄く見つかりやすい、という事でもあるな」
「すでにこの中から身柄を拘束されている者も出ております。いかがいたしますか薫殿」
「むう」
「唯那、近くまで行けば電波さんでわかるかもしれませんよ? またネットワークから呼び出してみるとか……」
唯那が珍しく建設的な意見を言う。だが、多分もう遅い。それは東條も気づいているだろう。つまり、善良で悪意のないテスターほど任意同行に応じ、アンドロイドの拘束にも同意する、というわけだ。そして悪意をもってこれを得たやつらは、すでに遁走しているだろう。あるいは、悪玉連中の方が動きも早く、すでにネットワークや組織を組んでいる可能性すらある。
得てして、世の中は正義より悪がはびこりやすい仕組みになっているのだ。今のこのこ仲間を探す行動を取れば、むしろ不利はこちらになる。
「当面、俺たちのチームで動くしかないようだな。軍オタ」
「ふん、そうだな。当面行動を共にしよう。どうせお前も家を割り出された口だろう?」
俺はうなずいた。家にはもう帰れない。ひとまずはどこかのホテルでもとろう。まだ報道で顔が割れたわけじゃないので、一般人にはばれないだろう。
もうヤダ、俺の人生なんかおかしなことになっちゃってるよ? どうすんの?
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