第一章 美少女アンドロイドが我が家にやってきました

 その日は突然やってきた。

 何の前触れもなく、それは送られてきた。

 今、俺の家のリビングには棺桶のような大きな梱包された木箱が置かれている。

 まさか当たるとは思わなかった。

 うちは両親が海外で働いているので、わりと広い自宅に一人暮らしだ。だから、まあ少々変な物が届いても大丈夫だろ。そんな軽い気持ちで応募しただけだったのに。

「ええと、夢じゃないよな? これ、あれ、だよな?」

 俺は伝票を確認する。恥ずかしいことに、はっきりと『育成型アンドロイド 女子中学生A型』と書いてある。せめてパソコン部品とかにしてくれないのだろうか。きっと、あの宅配業者の事務所は今日、この荷物の話題で持ちきりだろう。

 恐る恐る開封する。かなりしっかり梱包されているので、開封するだけでも一苦労の作業だ。

 約三〇分の格闘の末、俺はその棺桶のふたを開けることに成功する。

「ぜ、絶品だ!」

 思わず叫んだ。

 ホームページで見た写真の印象より、超絶かわいい。そして、とても似合っているピンクのワンピースを着ていた。

 つややかな黒髪、華奢な身体、そして、ちょ、ちょっと触ってみるとふにゃっとした、弾力のある皮膚。胸じゃないぞ、ほっぺだからな、触ったのは。

 取りあえず、この状態ならリアルな人間が横たわっているようにしか見えない。誰かに見られたら通報されるレベルだ。

「こ、こいつは、すげえ物が手に入った……」

 俺は、思わず生唾を飲み込んだ。エッチな意味じゃないぞ。この素晴らしい機械工芸品を前にして、その技術力の高さに感動したんだ。いいな。

 ふと付属品に目をやると、人を殴り殺せそうなくらい分厚いマニュアルと思しき本と、複数のUSBメモリ、そして、長いケーブルが同梱されていた。

 アンドロイドの本体には木箱と一体化された帯状のロックが足の部分と胸の部分にかかっていて、そこには、『必ずマニュアルを読み、設定を行ってからロックを外してください』とある。このロックのおかげで、ワンピースのスカートをめくれな……いや、どうでもいいことだが。

「く……あの分厚い本を読まなきゃならんとは。だが、この子を目覚めさせることが出来る王子様は俺だけだ! やってやるぜ!」

 勉強ではまず見せることのないやる気をフル動員して、その分厚いマニュアルを手に取る。あ……こんな本を手に取るだけで軽くめまいがするぜ……

「どれ」

 一ページ目から、諸注意がてんこ盛りだ。一行目にはこうだ。『女性型は本来ガイノイドという呼称ですが、当社ではすべてをアンドロイドと統一しておりますので、細かいSFファンの皆様にはご了承ください』ときた。お前こまかいわ。

と、突っ込みを入れつつ、くじけそうになる心を必死に励まし、手順を確認する。

 まず、木箱には外部電力につなげるための端子があり、ケーブルが付属していた。それをつないでコンセントへつなぐと、ピッと電子音が鳴る。帯状のロックの部分に設置されている小さなランプが緑色に点灯し、通電していることを示した。

「よし、と」

 次は再び付属のケーブルを使い、アンドロイド本体の外部端子とパソコンをUSBケーブルでつなぐ、か。どこにあるんだよ、外部端子。図ではわかりにくい。不親切なマニュアルだ。

 マニュアルをわさわさと探すと、どうやら本体の首の後ろにあるようだが、起動時は木箱の方に接続すればいいらしい。探すと、木箱の頭側の側面外部にカバーがあり、めくると端子が現れた。

「よっと。これで付属のUSBメモリをパソコンにつないで準備完了か」

 かなり面倒くさい。まあ、これだけのクオリティの物を動かそうってんだから、仕方ないか。ハズれて悔しがっている奴らがいることを思うと、俺はラッキーなのだからな!

 USBメモリにアクセスすると、起動モードに移行します、と表示が出た後、画面にびっしりと設定画面が出る。

「うおええっ!」

 一瞬引いた。

 その項目の微に入り細なこと。

 名前はもちろん、性格や趣味嗜好、特技、知識レベル、口調、食欲、好奇心、ひいては、その、エッチの感度や性癖の設定まである。

 俺は慌ててマニュアルをめくる。これ、全部設定すんのか?

 マニュアルの方も設定の項目だけでかなりのページ数を割いていた。だが、目次をみるといくつかの設定方法があるらしい。

「完全手動設定、半自動設定、自動設定、があるのな」

 完全手動は、一〇〇パーセント自分好みにセッティングできるらしい。手はかかるが、起動の時点で完全に所有者の好みの状態で目覚める。

 半自動設定は、最低限必要な項目と、マスターとなる人間がここだけは設定しておきたいというこだわり部分以外は基本プログラムを基に起動する。この場合は、日常生活の中でいろんな教育をしていかなければならない。

 自動設定は、元から設定されている人格プログラムに完全に依存し、設定は簡単だが面白みに欠ける。

「これは、半自動設定に決まりだな」

 俺のこだわり部分。それは、やはり性格とエッチの感度だな! うん!

 かくして、俺のアンドロイドは設定された。

 まず、テスターである俺の名前を入力する。認識に必要なのか、写真の登録まであるので、適当にイケメンな俺の写真も登録する。

 続いて彼女の名前、唯那にした。なんか響きがかわいいだろ?

性格、ドジっ娘メイドさん的かわいい後輩献身的な妹属性で恥ずかしがり屋の少しエッチでややマゾっ子。俺のこと大好き。

特技は料理。家事全般。

口調は丁寧。声質は高めでかわいい系。

好奇心旺盛。 

エッチの感度……は、恥ずかしくて言えねえな。

体型も少々なら調整できるらしいので、バストは七五と俺好みの小ぶりに抑える。ウエストも細身で華奢な方が好みだ。もともとこのアンドロイドの身長は一四五センチなので、これくらいの方がいい。いいか! バランスの問題だ! 決して俺がロリコンなわけではない!

「よし、あとは半自動でいいか。もう面倒くさいしな」

 最低ラインの入力条件を満たしたので、『これで起動しますか?』という選択肢が出る。俺は迷わず『はい』を選択した。

 パソコンのHDDに設定のバックアップが作られ、激しく回転音がする。そして、アンドロイド、唯那のロック部分のランプも激しく明滅する。

 パソコンの画面に起動設定に要する処理時間が表示された。

「げ! 九時間もかかるのかよ! 今日なんも出来ねえじゃん!」

 マニュアルには、設定中は一切の作業をしないように書かれていた。仕方ない、メインパソコンは放置して、今日はスマホでポチポチ遊ぶか。

 ネットでの情報を少しチェックすると、今日、このアンドロイドが届いた、と報告している奴も何人かいた。現実に目にしていなければなかなか信じがたいが、本当にあれだけの数のアンドロイドが発送され、テスターの下で今設定をされているのかと思うと、なんだかおもしろさと怖さがない混ざった奇妙な感覚に襲われる。

 しかし、今のところ危険な物でもなさそうだし、ホームページには日本の工業規格に準じている、とも書いてたしな。大丈夫だろ。

 この日は珍しく頭を使ったので、飯を食うと猛烈な睡魔に襲われた。パソコンはまだ設定を続行しているので、俺はそのまま寝室に向かい眠ることにした。今日はいい夢が見れそうだ、と思いながら。



 翌朝、俺は起こされた。

 この家には俺一人しかいないはず。それなのに、誰かが俺の身体をゆすっている。

「雅樹さん、起きてくださーい!」

 誰だ? 女の子? 俺はまだ眠いんだよ……

 朦朧とした意識の中、俺の頭は更なる睡眠を要求していた。

「もう! 起きろーっ!」

「ぶわああああ!」

 誰かが俺の上に乗っかってきた。夢じゃない。現実的な重さが俺の体にのしかかっている。

「だ、だれだ!」

 と、顔を上げた俺の目の前には、美少女の顔。

「え?」

「あは、おはようございまーす。雅樹さん」

 満面の笑顔が俺を迎える。思い出した。昨日のアンドロイドだ。設定完了後自動起動するのか。何たる性能。

「え、ええと、君」

「唯那ですよお? 雅樹さん自分で名前つけたくせにい。えい! おちゃめさん」

 そう言って唯那は俺のおでこをちょんちょんとつつく。なにこれ。

 見かけは完全に人間だ。ついでに言うと、のしかかられた感じからして、体重も普通の人間の範囲だ。そして、口調や表情からも、これが作り物だという事は微塵も感じられない。いわゆる『不気味の谷』は完璧に超えている。

「お、おはよう、ゆ、唯那、」

 俺はなぜか自分が設定したアンドロイドに緊張する。完全に俺好みの女の子が突然存在しているのだから無理もない。おちつけ俺の心臓。

「おはようございます! お食事はどうしますか? 和風? 洋風? どっちでも準備できてますよ?」

 なんだと! 神様! ありがとうございます! 俺、今日から幸せです!

「じゃ、じゃあ、和食でいいかな?」

「はい! すぐに用意しますから、ゆっくり起きてきてくださいね」

 スキップするくらいの勢いで部屋から出て行った。なんともかわいすぎる。

 とりあえず学校に行く準備をして、制服に着替えて階下に降りると、もうすでにいい匂いが漂ってくる。一人暮らしが長いので、朝飯と言えばコンビニのおにぎり程度で済ましていた俺にとって、これは新鮮だ。

「ご飯とお味噌汁と、お魚、お口にあいますか?」

「え? ご飯とみそ汁はともかく、魚なんてあった?」

 一人暮らしの俺が魚などという腐りやすい物を買い置きしているはずがなかった。

「朝方に起動できたので、冷蔵庫確認して近所の二四時間スーパーで買っておいたんです。唯那、地図もナビも内蔵だからすぐに検索オッケー! なのです」

「いや、そこじゃなくて、お金はどうしたの?」

「唯那たち育成型アンドロイドには、全ての個体にこれが与えられていますけど?」

 唯那がふところから出したのはクレジットカード。それも……

「おい! それ! ブラックカードじゃねえか!」

 初めて見ましたよ? 利用限度額無制限とかいう奴じゃね? 俺はまだ学生だからカードなんか持ってないけど、親は海外での仕事がほとんどで、プラチナカードは持っていた。良く、ブラック欲しいな~、とかぼやいてたので、知ってるのだ。

「お、おま、お前、一体何者なんだ?」

 ちょっと怖くなった。あれが本物なら、実質大金持ちだ。いや、魚を買ってきてることから、少なくとも実効性のあるカードであるには違いない。

「? 唯那は、雅樹さん専属のアンドロイドですよ?」

 可愛らしく小首をかしげる様が何ともいい。いや、そこじゃない。

「そ、それはいいんだ。でも、なんでカードまで持ってる?」

「えーっとお……理由は知りません。でも、お金がいる時はこれを使うって、インプットされてるんですけど。違うんですか?」

「いや、違わない。それはそれでいいんだけど、そのカードの支払い、誰がするわけ?」

「支払い?」

 ダメだ、肝心な所で話が通じない。そういえば、ある程度の常識以上のことは教育も必要、みたいなことは書いてあったな。育成型って書いてたし……

「ああ! とりあえず詳しい話は後だ! 俺、学校行かなきゃならねえし、留守番しといてくれ!」

「学校! 唯那も行きます! 雅樹さんと学校!」

 無理だっつーの。

「いや、お前、人間じゃないし、当然住民票も戸籍もないだろ? 学校には入れないんだよ」

「えー?」

 頬を膨らませつつすねて見せるさまも超絶かわいい。いや、そこじゃない。

「と、とにかく、俺が返ってくるまでじっとしてろ。な? 今日は金曜だし明日は休みだ。ゆっくり相手してやるから」

「はあい」

 しぶしぶ納得したようだ。だが、クルクルと変わる表情はどうだ。まるで人間だ。全く作り物臭さがない。

 とりあえず俺は朝食を取るべく食卓に着く。唯那が給仕をしてくれていたが、ふと食卓を見ると支度は二人分ある。

「あれ?」

「あ、唯那も一緒に食べますよー。二人で朝食、えへ」

 いかん、かわいい。

 しかし、食事をとる機能まで付いてるのか。どれだけ高性能なのか計り知れない。実際、今までニュースやネットで見た、どのアンドロイドよりも精巧だと思う。一緒に歩いても絶対にばれないだろう。どうしてこんなものをテストとはいえ、無料で配布できるのか。これ一体でいくらするのか。いろいろ腑に落ちない点が出てきたが、とりあえず学校に行かなきゃならない。

 俺は大急ぎで朝食を平らげ、家を出た。唯那は玄関まで見送りに出てくれる。

 そして、朝食は絶品美味かった。



 登校すると、クラスでの話題はあのアンドロイドだ。昨日の夜の時点でネットでは大騒ぎになっていて、人によればそのアンドロイドの写真や動画をアップしている奴もいた。

 その精巧さは、俺のようなラッキーな人間以外にも知られることとなる。 

 ネットでは詳細なレポを嬉しがって書いてる奴もいたようだ。たしかホームページで見た時には一〇〇体くらいの募集があったので、いろんな奴の手元にいきわたったんだろう。

 だけど、実際に手元に来た俺の感想は、怖い、だ。

 まともな神経なら、いろいろ突っ込みたいところが多々あるはずだが、ネットではそのあたりに触れている奴はいないようだ。それとも、唯那はカードを持っているが、他の個体はそれぞれ違う、という事なのだろうか? そういえば、明らかにロボット然とした外観のやつもいたな。

 俺は級友たちが繰り広げるその話題に、適当に相槌を打つ。間違っても『俺んとこにも来た』などとは言えない。言えば間違いなくお祭り騒ぎになるし、見せてくれってことになるだろうし、あれを見られたら、ロリコン認定確実だ。それは避けねばなるまい。

 俺は気が気ではなかった。留守中に唯那が何をしでかすだろうか、と。

設定を適当にやった後、半自動モードで起動したのだから、色々と欠落事項があるはずだ。何かとんでもないことが起こりそうな気がして、授業が終わると速攻帰宅した。

 よもや家が吹っ飛んでないだろうな、という不安をよそに、家は無事だった。

 鍵を開けて家に入ると、唯那が三つ指をついてお出迎え。

「おかえりなさいませ、雅樹さん」

 まぶしい笑顔を向けられる。

「お前、なんで俺が帰ってくるのわかった?」

 まさかずっと待っていたわけではないだろう。監視か? 実は何か発信器でもつけられたか?

「足音ですよー。雅樹さんの足音、聞こえましたから」

 ああなるほど、アンドロイドなら聴力もいいんだな、って、猫かお前は。

「……何かしでかしてないよな?」

「してませんよ! 唯那はこれでもけっこう優秀です!」

 何の根拠があるのか知らないが、陽気にピースサインをする唯那。

 とりあえずリビングに上がって、ソファーに座り、テレビをつける。唯那も俺の隣に座っている。

 いきなり、アンドロイドの話題が出ていた。

 ネットで騒ぎになっているとはいえ、テレビメディアが取り上げるのが早すぎる。何か問題でも起こったのか。

 俺はとりあえずそのワイドショーに釘付けになる。

『……そもそも、工業品としての規格検査も通しておらず、販売元とされる研究所もペーパーカンパニー、ホームページは昨日の時点で閉鎖、など、非常に怪しいですね』

 コメンテーターが何やら不穏なことを言っている。俺は慌ててパソコンをつけ、例のホームページへつないでみた。

「……消えてやがる」

 本当に消えていた。一体なんなんだ。

 テレビでは、まだ閲覧できた頃のホームページが紹介され、いくつかのアンドロイドの写真も公開されていた。

 だが、今のところ大きな問題は起こっておらず、ネット上の騒ぎとして取り上げているだけのようだった。

「なあ、唯那、おまえ、研究所のこと覚えてるのか?」

「いいえ。唯那の記憶はこのおうちからですよ。その前のことは何にも」

「本当か? 何か、データの隅にでも残ってないのか?」

 俺は思わず唯那の肩を強くつかんだ。

「ああんっ! いきなり激しいやつですか? いいですよ! 唯那がんばります!」

「ちげーよ! 話の流れ読めよ!」

「ご、ごめんなさい……唯那、雅樹さんに触ってもらうと嬉しくて……」

 顔を赤らめつつ、しょんぼりする。それもまたかわいい。おい、どうにかしてくれこいつ。 

「わ、わりい。でも、なんかいろいろおかしいんだよ。お前ら、一体作るのにどれくらいの費用が必要か、素人目にもその金額が莫大であることくらいわかるぜ? それなのに、タダでテスト、カードまで付いてくる。裏があるんじゃないかって思って当然だろ?」

「うーんと、唯那、よくわかりません……ごめんなさい、雅樹さん」

 しゅんとする唯那に罪はない。だが、美少女アンドロイドが来た嬉しさよりも、この背後で何か起こってるんじゃないかという想像の方が怖い、という感情が勝っているのは事実だ。

 ネットでうひょうひょ喜んでいる奴は頭のネジが緩いか、現実世界ってのを知らな過ぎる。あるいはあえて考えないようにしているのか。

「とにかく、唯那はあまり出歩くな。買い物は俺が行く。しばらく様子を見よう」

「あ、は、はい、わかりました。で、でも……」

 唯那はもじもじと恥らいながら、言いにくそうにしている。かわいい。いや、そこじゃないって。

「でも、なんだ?」

 俺は先を促す。しばらく躊躇していたが、唯那は顔を真っ赤にして口にする。

「あ、あの、唯那の下着とか、雅樹さんが買ってくるんですか?」

「は?」

 一瞬思考停止した。

 アンドロイドに替えの下着がいるのか? まあ、確かに素っ裸で動き回られても殺風景だが。

「えっと、換えの下着なんかいるのか?」

「え? い、いりますよ! そ、それとも、雅樹さんはずっと同じパンツはかせておく趣味なんですか? ご、ご命令なら、従いますけど……それで、長くはかせたパンツを……その、変態チックですよね……いにゃいお!」

 一人で勝手に想像して暴走する唯那の脳天にチョップを入れると、あろうことか痛がった。

「お前、痛いの?」

「痛いですよ! 唯那、人間と同じ感覚があるように作られてるんですよ? 痛みや寒さや暑さや、そ、その、き、気持ちよさ、とか……」

 また真っ赤になってもじもじする。

 呆れたぞ。誰だこんなアンドロイドを開発した奴は。ここまで出来がいいなら、もしかして……いや、言うまい。取りあえず、換えの下着はいる、ってことだな。

「よし、じゃあ、今は外出していいから、当面の日用品買って来い。服も一着じゃまずいだろうし、カードがあるなら買えるだろ」

「あ、はい! じゃ、じゃあ、ちょっと行ってきますね!」

 唯那は喜色満面で出かけて行った。

 カードを使うことに若干のためらいはあるが、よく考えると、うちの名義で引き落としの口座を設定しているわけじゃない。使えるなら使ってやろうじゃないか、と開き直ってみた。カードが生きているなら、どこかの口座から引き落としがあるんだろう。とりあえず何かあったら『付属品サービスだと思った』で押し通そう。

 それにしても精巧すぎる。何を思ってあれほど精巧に作っているのだろうか。女の子の部分も精巧なんだろうか、などと、よこしまな考えがよぎるのは健康な高校男児であると思ってほしい。

 近所の量販店までは往復一五分くらい。買い物時間も含めて一時間もすれば戻ってくるだろう。まさかその間にトラブル発生はないだろう、と思いつつ、一抹の不安を拭いきれずにテレビを見続ける。

 話題はもう別の物に変わっていて、芸能人のスキャンダルを垂れ流す、いつもの平和でいびつな番組になっている。

 何かおかしい。違和感が全身を包み込む。

 突然現れ、そして、アンドロイドを配送し終わると消えたホームページ。

 あまりに精巧なアンドロイド。機械の域を超えている。

 そして、あのカード。

 ワイドショーで取り上げられたものの、何でそれだけで収まってしまうのかわからない。怪しいだろう、普通。

 これがアンドロイドが届けられ、ホームページも存続し、まあ、おもちゃだな、と笑ってられるレベルならいい。

 だが、ここまでコミュニケーションが取れ、テスターである主人に忠実なアンドロイドであれば、良からぬ奴に当たれば良からぬことを企むんじゃないか? あのリストの中には、いかにも強そうなアンドロイドもあった。あれを選ぶやつの趣味など、容易に想像できる。

 まあ、他の奴はともかく、俺はどうすればいいだろう?

 従順で俺好みの女の子アンドロイド。嫌がおうにも、よこしまな期待で胸が膨らむ。

 だが、事を構えるのは人としていいのだろうか? いいか! 世の中にはダッチワイフという文化があるし!

 などと、唯那には言えないような速攻の結論を出す俺は鬼畜だ。

 とりあえずすることもなし、自室へ戻って宿題でも片づけるか、などと真面目なことを言ってみる。土日をゆっくり過ごすには、宿題は金曜日で片付けるべきだな。

 まあ、高校進学を機に親は海外の仕事に精を出すため渡航し、俺は独り暮らし。家は三LDK 一戸建てなんで、寂しいっちゃ寂しい。唯那の存在はちょっと嬉しいかもしれない。

 粛々と宿題を片づけていると、結構な時間が経つ。程なく、階下でパタパタと足音がし始めた。唯那が帰ってきたようだ。

 そう言えば、彼女の部屋はどうするかな。

 アンドロイドとはいえ、あれほど精緻にできていれば人間と同じ扱いがいるだろうし、暑さや寒さも感じると言っていた。普通に居候が増えた、という感覚でいいのだろう。

 幸い、この部屋の向かいが両親の寝室だったので、そこを使わせておこうか。どうせしばらく帰ってこないし。

「まっさっきさあーん」

 階段を上がりながら俺の名を呼ぶ唯那。程なく扉がノックされる。

「なんだよ」

「晩ごはん何がいいですか?」

「あー。何でもいいけどな」

 俺は美味けりゃ何でもいい派だ。手が込んでようが込んでいまいが、美味ければいい。

「じゃあ、お肉、お野菜、お魚、どれがいいですか?」

「肉」

 間髪なく答える。

「承知しましたあー」

 またパタパタと階段を下りていく。食材はどうするんだろう。もう買ってきてるんだろうか?

 ま、黙ってても飯が食える、ってのはいいことだ。ところで、唯那はベータテスト版のはずなんだが、レポートとかどうすんだろうね。何も指示はないし、そもそもホームページ消えてるし。

「雅樹さーん」

 またぞろ階下で俺を呼ぶ声が。

「なんだよ、まったく」

 俺はしぶしぶと部屋を出てリビングに降りる。

「どうしたんだ、唯那?」

 声のする方へ行って、俺はその光景に絶句した。

「あ、雅樹さん、冷蔵庫に入らないんですけど、どうしましょう!」

 うず高く積み上がった食材の山。肉も魚も野菜もたっぷりとあった。

「お、おまえな、買うにしても常識的な量ってもんがあるだろう!」

「えええっと、だって、雅樹さんまだお若いし、いっぱい食べると思って! ほ、ほら! これくらい食べちゃいますよね!」

 そう言って唯那が手にしたのは、五〇〇グラム一パックの焼き肉セット一〇個。

「五キロも食えるかあああああ!」

 思わずツッコんだ。すると、唯那はびくっと体を震わせたかと思うと、目に大粒の涙をため、

「う……うわあああああん! 雅樹さんに怒られたあああ! うわあああああああん!」

 その場にへたり込んで大泣きしはじめる。おいおい……なんて感情豊かなアンドロイドなんだよ。 

 そう言えば、ドジッ娘属性を設定したのは俺だった。こいつの責任じゃない。こいつは弱った。

「ご、ごめん、ごめんよ、唯那。お前のせいじゃないよな。俺の設定の問題だよな。悪かったよ。二キロくらいは食うから、それで許してくれ」

「うう……ひっく……じゃ、じゃあ、冷蔵庫に入らないの、どうするんです?」

「ああ、えっと、そうだな、取りあえず野菜は常温でもしばらく大丈夫だから、生もの中心に冷蔵庫と冷凍庫に入れちまえ。肉は凍らしときゃしばらくもつだろ」

「は、はい! 雅樹さん物知りですね!」

 ぱあああっと、笑顔が復活する。何とも愛らしい。だが、ドジッ娘属性が現実にはこれほど厄介な物とは思わなかったぞ。

 そして、この日の夕食は焼肉となったのだ。もう当分肉はいい…… 



 食いすぎた腹を抱えて苦しみつつ、とにかく後はゆっくり落ち着きたいので風呂に入る。定番の『お背中流しましょうか?』が来るかと思って期待したが、来なかった。しょぼん。

 風呂から上がると唯那が鼻歌を歌いながら夕食の後片付けをしていた。なんだか悪くない。

「あ、雅樹さん、唯那もお風呂いただいていいですか?」

「ん? ああ、いいけど、お前、防水、大丈夫なのか?」

「はあい、完全防水全天候型ですよ。水泳だってできますよ」

 つくづくよくできている。それなら、背中流しに来てもいいのに。

 手早く片づけを終えた唯那は、鼻歌もそのままに浴室へと消えていった。二人っきりの家。女の子が風呂に入る。これはもう。

「のぞかなければ男じゃない!」

 妙な自尊心を奮い立たせ、俺は浴室へと向かう。前室は脱衣所兼洗濯室だ。シャワーの音が聞こえるところから、もう唯那はこの部屋にはいないだろう。

 俺はそっと扉を開ける。脱衣所には誰もいない。洗濯籠には今日着ていた服がきれいに折りたたまれ、下着もそこにあった。やっぱりパンツ穿(は)いているようだ。ふと手に取ると、まだ温かい。あいつ、体温まであるのか。そして、やってはいけないと思いつつも好奇心に抗えなかった俺は、それを軽く鼻にあててみた。

 うっわ。何とも言えない、いい匂いだ。なんなんだこれは。これが女の子の香りなのか! それともアンドロイドの香りか! もうなにがなんだかわからなくなった俺は、すりガラスの向こうの浴室に目をやる。ぼんやりと、唯那の肢体が見えるが、それ以上は見えない。

 まさかガラッと開けてみるわけにもいかないので、ここから眺めて悶々とするしかない。もう俺の如意棒は爆発しそうだ。だがしかし、ここはぐっと我慢しよう。もっといいチャンスがあるかもしれないじゃないか。

 寸止め、チラリズム、これに勝るエロはない、と俺は思う。あけっぴろげな女の裸など、見ても面白くない。羞恥! 羞恥が大事なのだ! 

 だから、俺は恥ずかしがり屋だけどエッチ、という属性を唯那に与えたのだ。きっと、それが猛威を振るう時が来るはず。

 そっと下着を元に戻し(惜しかったが)、俺はリビングへと戻る。

 テレビはニュースの時間だ。全国版のニュースは相変わらずつまらない政治情勢から始まっていた。なので消す。

 そうこうしているうちに、シャワーの音が止まり、脱衣室でごそごそする音が聞こえだした。そろそろ上がってくるようだ。

「まっさきさーん! これ、これどうですか?」

 風呂場から勢いよく駆け出した唯那は今日買ってきたものなのか、ピンクのかわいいパジャマを着て俺の前に現れた。

「これだ! これだよ!」

「え? なにがですか?」

「い、いや、かわいいぞ! そのパジャマ! 最高だ!」

「わい! 褒められた!」

 ぴょんぴょんと飛び上がって喜ぶ唯那。そうだ、これだ。

 かわいいパジャマに身を包んだ風呂上りの美少女。モフモフ感がすごいぜ。見ているだけでも満足だが、早くあれを、あれを……したいな。

「きょ、今日はもう寝るか。唯那は俺の向かいの部屋を使うといい。ところで、アンドロイドって、寝るのか?」

「はい! 寝ますよ! 生体パーツは疲れをとらないといけないので」

 褒められたのがうれしいのか、ずいぶんとご機嫌顔だ。

「よし、じゃあ今日は休め。俺もちょっとネットで遊んでから寝る」

 本当は唯那をチョメチョメしたいのだが、まだだ、まだ手は出さんよ! もう少し懐柔してからが本番だ!

「えー? 一緒のお部屋じゃダメなんですかあ?」

 そう来たか! もうそう来るのか! 

「い、いや、しかし一緒となると……」

 一応紳士ぶっておく。すると、唯那はきゅっと、俺のシャツの裾をつかんで、顔を赤らめつつ上目づかいで俺を見る。

「だって、雅樹さんが唯那をエッチにしたんだよ?」

 どきゅずがああああん!

 と、俺のハートを射抜くとはさすが俺のアンドロイド。

「いや、あの、エッチにしたって……俺まだ何もしてないし」

「いいですよ? 唯那は、雅樹さんの物ですよ?」

「っていうか、できるの? アンドロイドなのにできるの?」

「ゆ、唯那、ちゃんと、できますよ? ちゃんと女の子に作られてるんです。は、恥ずかしいこと言わせないでくださいっ!」

 俺のシャツの裾で顔を覆って恥ずかしがる唯那の姿は、抑えていた俺の中の何かのスイッチを入れてしまったぞ。

「よ、よおし、じゃあ、お、おまえが本当に女の子か確かめちゃうぞ! いいな?」

「は、はい……よろしくお願いします」

 コフーっと、鼻息も荒々しく、俺は唯那と自室へと向かう。

 ああ、お父さんお母さん、今日雅樹は大人になります! 相手はアンドロイドだけど、いいよね!

 そう思った時、突然テレビがブン、とうなりを上げてついた。何も操作していないのについたよ? 緊急地震速報とか、よほどの緊急ニュースの場合は自動でつくらしいけど……

 思わず、その内容を確かめずにはいられない。昂ぶったエロモードを今しばらく冷却して、唯那とソファーに座りなおす。

『緊急ニュースです。本日先ほど、東京都八王子市で短時間の間に多数の自動販売機が壊され、売上金が盗まれる事件が発生しました』

 緊急って程のニュースじゃないな、と思った瞬間、監視カメラの映像らしきものに切り替わる。

 そこには、人型をした異形のものが、一瞬で自動販売機を破壊し、売上金の入っているボックスを引きちぎって逃走するさまが映っていた。

「おい! あれ……!」

 このニュースがなぜ緊急なのかわかった。アンドロイドだ。

 例のサイトで配布されたアンドロイドの一体が、この事件の犯人だ。という事は、バックにそのテスターがいるはず。

 そうだよな。あのいかにもって凶悪なアンドロイドを希望した奴の考えそうなことは、これしかない。だが、そうなるといろいろと面倒だ。

 この件で警察が動けば、あの研究所を含め色々と捜査が入るだろう。当然、その過程でこのアンドロイドのテスターのリストも出てくる。俺は何も悪いことはしてないが、それでもあまり関わり合いにはなりたくない。

「なあ唯那、いまのあれ、お前の兄弟か?」

「うーん、映像が不鮮明でわかりませんけど、たぶん、そうじゃないでしょうか」

 たぶん、というか、今の状況を考えると確実にそうだろう。

「おい、唯那」

 俺は隣にいる唯那の両肩をガシッと掴んだ。

「え? ええ? あ、あの、雅樹さん、ここでするんですか? あ、あ、ゆ、唯那、恥ずかしいです……」

「違う。いや、ここもいいシチュエーションで俺は好きだが、今は違う」

「……えー、違うんですかあ……」

 なんだか残念そうな唯那。エッチで恥ずかしがり屋設定は素晴らしい。いや、今はそこじゃない。

「お前ら、善悪の概念ってあるのか?」

「善悪? なんですかそれ? 唯那は雅樹さんが喜んでくれればそれでいいです。雅樹さんが望むこと、叶えますよ?」

 やっぱりそうだ。こいつらは主人であるテスターの命令には忠実だが、そこにやっていいことと悪いことの区別がない。むしろ、そこはテスターの教育次第って事か。

「いいか唯那、これだけは約束してくれ。人を傷つけるな。物を盗むな。およそ犯罪と言えることは絶対するな」

「犯罪……唯那はまだよくわかりません。でも、雅樹さんの言いつけは守ります。犯罪について勉強します。無線LANつなぎますね」

 なるほど、インターネットの検索を利用して情報を収集できるのか。しかし、これはある種の危険もはらんでいるんじゃないか? 

とはいえ、唯那を早めにしっかり教育しなくちゃいけないのも事実。こいつ、日常会話はある程度できるのに、何か肝心な情報が故意に抜けているようにさえ感じるな。もしこのアンドロイドが日常使用を前提としているなら、この手のことには安全装置があってしかるべきだ。あまりにも胡散臭いぞ……

 唯那は目を瞑ってインターネットから情報を得ているようだ。かすかだが、記憶装置の回転音のような高周波音が聞こえる。

 やがて、唯那は目を開け、潤んだ瞳を俺に向ける。やはり、ちょっとショックだったのかな?

「ま、雅樹さん! 唯那、設定年齢一四歳です! 唯那とエッチしようとする雅樹さんは、犯罪者だったのですか! で、でも、唯那は雅樹さんに従います! あ、でも、そうすると、『犯罪と言えることはするな』という雅樹さんの望みと矛盾します! 唯那、どうすればいいんですか!」

 おい、そこか。

「唯那、よく聞け。一八歳未満とのエッチは確かにいろいろ問題があって、ばれるとまずい。だが、お前は一四歳設定のアンドロイド、だ。法律に引っかかることは何もないから、安心しろ。それと、もう少し融通をきかせた理解の仕方は出来んのか?」

「え、えと、はい、唯那は雅樹さんとエッチしてもいいんですね? よかった!」

「いや! そこじゃないっつの! とにかく、人を傷つける、物や金を盗む、それから、物を破壊する、って辺りをやらないように、と理解しとけ。わからんことは俺に聞け、いいな?」

「はい! 唯那理解しました!」

 どこまで理解しているのか怪しい。機械という部分もあって、あいまいな境界線を引くのが難しいのか、それともこれからの経験や学習で何とかなるものなのか。いろいろと未知数だが、この唯那という個体に関して言えば、俺と一緒ならまずいことはしないだろう。

 ニュースは同じ映像を流し続けながら、コメンテーターを交えていろいろ勝手なことを言っている。そして、新しい情報が入る。

『新しい情報が入りました。今度は大阪で同様の事件が発生した模様です。監視カメラによる映像から、東京の事件とは別のアンドロイドと思われます。警視庁、及び政府はこれを受け、緊急アンドロイド対策本部を設置、インターネットを通じてこれらを配布した研究所に対して事情を聞くとのことです』

 おいおい! こいつは完全に模倣犯か? このニュースはアンドロイドの使用法について、こういった使い方がある、と宣伝しているようなもんだ。感化されるバカが増える可能性だってある。

 それに、いよいよ警察が動き始めたし、政府まで……こいつはヤバいなあ。

「雅樹さん? 顔色が悪いですよお?」

 唯那が俺の顔を覗き込み、目の前で掌をひらひらと振っている。

「悪くもなるわな。まず間違いなく、俺らも捜査の対象になっちまうぞ?」

「どうしてですかあ? 唯那たち悪いことしてませんよ?」

「してなくても、同類項としてくくられるんだよ。そういうもんだぜ」

 さて困った。

 いわれのない取り調べを受けるのはごめんだが、さりとて逃げるわけにもいかない。逃げれば、『悪いことをしています』という状況証拠を与えるだけだ。

 ちくしょう、八方ふさがりだな。

 俺は状況をネットで確認する。こういう時はテレビの報道より、掲示板などの方が情報が早い。

 案の定、荒れまくっていた。恐ろしいスピードでレスが消費されていっているようだ。


『あのアンドロイド、マジで動くのか』

『届いたやつは早めに出頭すべき』

『俺も欲しい。俺だったらもっとすごいことしてやる』

『ホムペにあったアンドロイド結集したら、国家転覆できんじゃね?』

『それ、俺もおもた。もしかして日本終了?』


 無責任発言が信条の掲示板だけに、人の本音が垣間見える。こいつらの言ってること、特に危険思想的なことは、現実に起こり得ることだ。おそらく警察や政府もここをチェックし、その可能性に対して動きを見せるんじゃないか、と。

『さらに情報が入りました。先ほど、丸帆銀行福岡支店のオンラインにハッキングが確認され、多くの預金が不正に流出した模様です。被害総額は四〇億円に上る模様で、警視庁ハイテク犯罪課が情報の収集に乗り出しました。繰り返します……』

 おいおいおいおい!

「唯那、お前らの兄弟はあんなことも出来んのか?」

「ええっと、唯那よくわかりません。みなさんとはお会いしたこともお話したこともないですし。いろんなタイプがあるんだと思いますけど?」

「ううむ、ちなみにおまえは何タイプだ?」

「唯那は癒しタイプですう。でも、一応護身用にこんなの持ってますよ?」

 すると、唯那のふくらはぎから小型だが、物騒なランチャーのようなものが現れた。

「げっ!」

「それからあ」

 驚く俺を尻目に、左の手のひらの中央から、こちらも小さな銃身、仕込みマシンガンのようなものを出す。

「これで雅樹さん守ってあげますよ! あ、でも、弾は初回装填分のみサービスで、あとは買わなきゃいけませんけどね!」

「どこで買うんだよ! てか、思いっきり銃砲刀剣類不法所持じゃねえかああああ!」

 俺オワタ。

 もし警察がここに来てこれを見つければ、俺も不穏分子の一人として逮捕されること間違いない。身の潔白を証明するのにどれだけの時間を要するんだろう……



 その夜も遅くなったころ、掲示板は凄まじいスピードで流れて行く。今の俺にはこれが一番の情報源になりそうなのだが、ほとんどはお祭り気分の無責任な発言ばかりだ。

とにかくパソコンでネットをチェックし続ける。動画サイトや掲示板での今日の動き、報道や警察、政府の動きを全て。

「雅樹さん、唯那たち、どうなるんですか?」

 さすがに唯那も不安になってきたようだ。テレビではずっとこのニュースの繰り返し。そして、そうこうしている内にも次から次へと新しい犯罪が発生し、警察は全て後手後手に回っている。

 ある現場では警察車両が取り囲み、退路を封じたにもかかわらず、犯人、というか、犯アンドロイドはあろうことか銃火器を使ってその包囲網を駆逐突破したというのだ。

 日本という国で起こっていることもあり、いち早く海外でも大きく取り上げられ、その動向が注目され始めた。政府も放置はできず、国会は徹夜で対策を論じている有様だ。

 大勢はこの危険なアンドロイドを一刻も早く捕獲し、解体、あるいは処分するべきだとの声だ。だが、一部に擁護の声も上がっている。


『アンドロイドが悪いわけではない。使う人間の問題だ』

『彼女たちには自我がある。人間と同じ行動、機能を持っている。危険だと言うなら、人間だって危険だ。彼女たちをむやみに処分することには反対だ』


 これは、まさに俺の立場とかぶる連中だ。俺だって、このたった数時間ほどの間で、唯那のことをアンドロイド、と単純に見ることは出来なくなっている。

 そして、反アンドロイド派と親アンドロイド派に分かれて、ネットやテレビでは大激論が交わされている。

「こいつは、思ってる以上に事態が早く進むな」

 たいてい、こういう時は悪い方に、だけどな。

「唯那、悪いことしません。雅樹さんの言いつけ守ります。大丈夫、ですよね?」

「大丈夫、と言えるほど世の中甘くないけどな。しかし、乗り切るしかねえよな。ま、学校しばらく行けねえかもしれんけど、そうなると、俺、関係者ってすぐばれるだろうなあ。ま、いいか」

 不謹慎だが、少しワクワクもしている。それは俺が男であるから仕方ないのかもしれない。冒険の匂いがするのだ。非日常の世界には、日常にはない面白さがある。ただ、もちろんそれに伴って危険もあるのだが。

「よし、取りあえず今夜はお前の調教だ。徹底的にしつけてやる」

「え? あ、あの……え、えすえむ、っていうやつですか? い、いきなりそこから入るなんて、唯那、怖い……」

「あああああ! エロから離れろ! って、俺がそう設定したんだな、悪かった!」

 いっそ襲ってやろうか、とも思ったが、やはりそれどころではない。唯那をある程度のラインまで育てておかないと、いざという時に困りそうだ。エッチは、もう少し平和な時に楽しもう。

 かくして今夜は、唯那との勉強会と相成ったのだ。

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