シュウ、一人二役先回り




 とはいえ、ネタとか言う不穏な単語を口に出して欲しくないな。靖にプレッシャーをかけようとしているのは分かるけど。

 僕が刑事に余計なこと言ったと、靖に思われるのは御免だからな。今の段階では。

「猫間さん、こっちの話の内容が、高橋に伝わらないようにしてくれませんか。南川は、彼にチクったと思われることを恐れてますのでね。危害を加えられるのではないかと」

 刑事は僕の要求をすぐさま呑んだ。こちらの話と全く繋がりのない掛け合いを、ぽんぽん出してくる。

「なんだ、それは俺がもう聞いた話だぞ」

「高橋は事件の後から、様子がおかしくなってきたそうなんです」

「そうだよ、聞いた話だ」

 うん、いい、自然な返しだ。

 犬川刑事と猫間刑事はどうやら、よく息があっていたようだ。バディっていうのか。もうそういう関係には二度と戻らないだろうけど。

「南川から聞いたところによると、高橋は事件の後から、様子がおかしくなってきたそうなんです」

「ふん」

「あの時現場に、藤沢に見えたが藤沢じゃないものがいたとか言い出したんだそうです。それが自分に襲い掛かってきたとかなんとか。そのほかにも急に怒り出したり、黙り込んだり、とにかく不安定だったそうで」

「なに、課長から連絡だと? なんのだよ」

「それでなんだか怖くなってきて、付き合いをやめようかと思ったこともあったそうで。これは完全に私見ですが――もしかしたら高橋はあの晩、飲酒などしていたのではないでしょうか? あるいは、軽いドラッグのようなものを服用していたのかも。それで見えないものが見え、友人を別の何かと誤認した。そして何らかのアクシデントがあった」

「その件なら竹崎の担当だろうが。知らん知らん。そう伝えてくれよ」

「友人の死にショックを受けておかしくなった、というものではないと思うんですよねえ。何しろ高橋は『事故』の犠牲者である藤沢貴人の母親を、ご遺体の前で罵倒したような人間ですから」

「ああ、そりゃあ……ごもっともだが」

「ひとまず、もう一度高橋に電話を代わっていただけませんか? 最終確認を取りたいですので。ちょっとそちらで、奴の様子を観察していてください」

「分かった。うん――」

 通話が切れた。

 そしてまた靖が出てきた。

 僕は彼に言う。確信に満ちた声で。

「靖くん、今の君の証言は非常に重要だ。もしかしたら、あの事故についての真実を明らかにする手がかりとなるかもしれない。あの事故について私達は、もしかして君たちが何かしたのではないかと思っていたんだが……ひょっとすると、第三者がいる可能性もあるのかもしれない」

 僕の口からでまかせは、靖に随分な安心感を与えたらしい。ふーっと息を漏らしたのが聞こえた。ぺろっとこんなことを言い出した。

「じゃあ……俺が見たのは本物の藤沢じゃなかったのかも……」

「……なんだって? 高橋くん、何を見たんだい?」

「い、いや、俺にもなんかわかんねえんだけど、あの時藤沢っぽい奴が岩場にいたんだ。そいつ、ミイラで、体ん中から糸吐き出してた……」

 それ! 貴人だよ! 確実に! 本物の! 

 糸吐いたって、君、触っただろ! 触らなきゃそうならないんだよ!

 どうしてそういう余計なことをするんだよ!

(ああもう真っ黒だこれ。靖は黒だ黒。僕の予想大当たりだ)

 憂鬱な気分になりながら僕は、忙しく頭を巡らせる。そして言葉を吐き出す。

「靖くん……もしかして、夢を見ていたということはないんだね?」

「ねーよ。あれは夢じゃねえ。あいつ何も言わないで俺に掴みかかってきて、そんで……あれが何だったのか俺全然わかんねえ。わかんねえんだよ」

 だからそれは貴人だって……。

 というかどこまでべらべら喋っちゃうんだ君は。まあ、そこにいる刑事は君の正気を疑う方向にしか頭いってないと思うけど。僕のさっきの念押しがなくてもさ。あまりにとっぴな話だから。

「シューの奴も、もしかしたら、どっかであれを見てるかもしんねえ……」 僕の名前を出すなというのに。

 何だ、自分のみならずこっちまでも警察に疑わせたいのか。

 いい加減にしてくれ。君と僕とでは背負っているものが段違いなんだぞ。「そうか……分かった。南川くんに改めてその件を聞いてみよう。猫間さんに戻してくれ」

 また間が空く。刑事が話しかけてきた。小さいが、唸るような低い声。

「……なるほど、お前が言った通りのようだ。あいつ、いかれてやがる」

 うんそうだ。そういうことにしておいてくれ。

 思いながら僕は『でしょう』と相槌を打つ。

「ひとまず今日のところは聴取を切り上げませんか。南川から聞いたネタはまだ他にもあるんです。今からそちらへ向かいますので――直にお話したいと思います。電話ではどうもやりにくくて」

「ああ、分かった」

 返答をえて、僕は電話を切った。

 犬川刑事の体の修繕をしながら30分ほど待つ。

 それから、改めて僕のスマホで電話をかける。

 誰にって、もちろん靖にだ。

 心細かったのか、向こうは1コールで出てきた。

「おー、シュー。お前んとこ、刑事来たか」

「うん、来たよ。この前と全く一緒のことを聞いてきた。だから、前と一緒のことを答えたよ。靖のところにも来た?」

「ああ」

「何か新しいこと聞かれた?」

「ねーよ、そんなの」

 嘘つけこの野郎。


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