暗転
シュウ、スイッチ切り替え
……僕は『三人バラバラに流されたからお互いを見ていない』というこれまでの見解を繰り返して聞かせただけだぞ、今。
対して『本当か?』と異を唱えるばかりか、僕が何も見ていないということを疑うような口ぶり。引き続いてのこの台詞。
――あいつは確実に貴人と一緒にいなかった。
――俺とも一緒にいなかった。
――あの時、どこにいたんだか分からない。全然。
なんかおかしい。
声に微妙な震えが出ている。人間には分からないかもしれないが僕には分かる。刑事に対する恐れによるもの、ではない。素行不良なだけあって、そういう存在には慣れてるからな。
じゃあ何だ。この変な緊張感は。
なんかおかしい。
いぶかしみながら僕は、靖を優しく諭す。足元に転がっている人間の声で。
「そうだね。南川くんも確かにそういう風に言っていたよ。離岸流に流されているときは必死だったから、他の二人がどうしていたか全然分からないと。だから君の言うことは間違いではないね」
「そんなんじゃねえよっ!」
おいおい、なんだ今のは。なんで唐突に否定を入れてきた。そうですねと相槌でも打っておけば流せる場面だったのに、どうして自分からせき止めたんだ、靖?
……もしかして……僕と君が貴人の死には無関係という以外の何かを、言おうとしているんじゃないよね?
「そんなんじゃないって、どういうことだい? 君は流されたとき南川くんの姿も、藤沢くんの姿も見ていないんだよね?」
「ああ、そうだよ、その時は確かにそうだった。だけど、その前から……流される前からあいついなかったんだ。藤沢と一緒にはいなかったんだ」
耳の奥で歯車がかみ合うような感触がした。目が自然と瞬くのを止めた。 こいつ、僕にまだ知らせていない僕に関することを、よりにもよって刑事に言おうとしている――言いかけている、ん、じゃ、ない、か?
「なんだって?……うーん……そんな話は初めて聞くが……えーと、高橋くん、じゃあ君は流される前に藤沢くんと――一緒にいたんだね?」
くっと息を呑む音が聞こえた、かすかだが。
靖がどんな表情をしているのか目に浮かぶ。眉を上に押し上げて小鼻をすぼめるんだ。答えに詰まったとき、あいつはいつもそうするんだ。
「じゃあその時彼に、南川くんがどこへ行ったのか聞いたりしなかったのかね?」
そう聞いた直後靖が、一段跳ね上がった声を返してきた。
「そんっ――なの聞いてねぇよ!」
かみ合った歯車が、別のもう少し大きい歯車を回し始める。更にそれがもっと大きい歯車を回し始める。
「聞いてない? どうして」
「どうしてって……聞けなかったんだよっ。なんか、ちょっと、全然、そういう雰囲気じゃなかったからっ」
恐らく靖は貴人を見ている。僕が陸に上げて安置しておいた貴人をだ。そして僕が場にいなかったことを確認している。
多分靖は貴人と接触している。その際、僕の父さんと祖父母、あるいはこの刑事との間に起きたようなアクシデントが発生したことは、十分考えられる。
彼がそれらすべての事柄を結びつけて、こういう結論を出す可能性はどれほどだろう。
『南川修が藤沢貴人をああいうふうにした』
かなり高い。相当高い。
その主張が警察に信じてもらえる可能性はどれほどだろう。
かなり低い。低いが――ゼロではない。
僕は声のボリュームを下げる。喋る速度を落とす。さも重要なことを聞かされたかのように。
「……君、何か知っているのか? 藤沢くんが亡くなったときのことについて」
「い、いや……そういうわけじゃねぇんだけど……」
靖の声が自信なさげによどみ始めた。迷い始めたらしい。自分が知っていることを教えるかどうかについて。
もちろんそうしてもらわないと困る。
言ってもらう。必ず。僕について知っていることを洗いざらい。
「……言いにくいことなら、今無理に言わなくてもいいんだ高橋くん。落ち着いて考える時間もいるだろうからね。ただこれだけは信じてくれ。私はどんな内容の話であれ、かならず聞く。最後まで」
靖が僕にとって害となるような事実を知っているのであれば、口外出来ないようにしておかなければならない。貴人と同じように。
彼は僕の友達だ。だけど僕の平穏を脅かすような行為は、友達であっても許容出来ない。
絶対にだ。
ああ、そのことを君が分かっていてくれればなあ。こんなにいいことはないんだけどなあ。
「真面目な話、今回の件は不可解なことが多すぎてね……すまないが、一旦猫間さんに代わってくれないかね?」
間が空いた。
電話口に靖ではない声が出てくる。
「ずいぶん長い話だったなあ、犬川」
「申し訳ありません猫間さん――早速ですが、こちら、色々と新ネタが入りましたよ」
「ほう? どういうネタだ?」
いいぞ食いついてきた。こいつも釣り上げておくんだ。そうすればこちら、ぐっと行動しやすくなる。
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