ヤスシ、我知らず深みへ



 ああ、目新しいことをたくさん聞かれたよ。お前のところにいた刑事から。

 胸のうちで呟いて俺は、嘘をついた。

「ねーよ、そんなの」

「そう。ならいいんだけど……うちに来た刑事、また後でもう一度か二度質問させてもらうことになりそうだからって、そう言って帰って言ったんだよね」

 その質問と言うのは、俺が教えた貴人モドキのことと考えて間違いない。

 刑事なら多分、俺よりうまくシューから、色々聞きだせるんじゃないだろうか。あのときのことを。

 もしシューも貴人モドキを見ていたと判明したなら、俺はどんだけ気が軽くなるだろう。そうしたらはっきりするわけだ。俺が狂ってないこと、並びに貴人を殺していないことが。

 ああ、あのときのことを思い出すと心底気持ちが悪くなる。全部夢だった、となればどれだけいいだろう。でも、貴人はもういない。いないんだ。本当に死んでしまったんだ。

 修が言ってくる。

「あのさ靖、昨日の今日で悪いんだけど、君のところへ行っていいかな? もう一度さ、確認とりたいんだ。僕らが刑事に何を言ったかについて」

 俺は少し躊躇った。刑事がこいつの話をする前に、また会っていいのかどうか。

 もし直にシューの顔を見たら、ぽろっと聞いてしまいそうだ。お前はあのときどこにいて、何を見たんだと。俺は化け物を見たんだぜと。

 だけど俺は……そういうことをうまく伝えられないに違いない。刑事に話して聞かせた以上に支離滅裂になる恐れがある。なにしろ脳みそが、ごちゃったままなのだ。

 でも、あれが本物にあったことなのかそれとも幻なのか、はっきりさせたい。今すぐにでも。

 会わないほうがいいと心の半分はわめく。もう半分は会おうとわめく。

「靖?」

 シューが電話の向こうからいぶかしむような声を出した。

 怪訝なあいつの表情が目に浮かぶ。早く答えをという無言の圧力。

 なんで俺がお前にせかされなきゃなんねえんだ。お前はそういうポジションにいないはずだろう。いつものことだが、なんかちょっと腹が立つ。

 お前はそうじゃないだろうが、こっちは刑事にボコられて散々なんだぞ。

「ああ、かまわねえぜ。俺もお前にちょっと聞きたいことがあってよ」

「分かった。今からそっちに行くよ――でも、聞きたいことって何?」

「そりゃ後で話す。とにかく来るなら早く来いよ!」

 怒鳴るように俺は、電話を切る。

 こういうのなんて言うんだっけ。ああそうだ『サイは投げられた』って奴だ。

 聞く。あいつが来たらいの一番に聞く。あのときのことを。刑事の聞き取り結果をちんたら待ってなんかいられない。俺は今すぐ結果が聞きたいんだ。

 そんなふうに方針を決め込んでしまうと、すっきりした。と同時に脱力した。

 空きビルの廊下に座り込み、しばしロッカーの凹みを眺める。やがてはたとひとつの問題に思い至る。

(あ……。ちょい待てよ。シューの奴今からこっちに来るって行ってたけど、そもそもあいつ俺が今いる場所分かってなくね?)

 もう一度電話をかけなおそうか、と思ったが、結局止めておいた。どっちみち向こうが気づいてかけ直してくるだろう。

 とにかく、こんなゴミタメにいつまでもいたってしょうがない。出よう。暑いし。

 だけど、それからどこに行こうか。

(ゲーセンかな、やっぱ)

 といっても、こんなくさくさした気分で楽しくなれるはずもない。どつかれた腹が痛みっぱなしだし。

(クソっ……ダセエ……)

 苛立ち紛れにロッカーをもう一度を蹴飛ばすが、たいして気晴らしにはならなかった。

 そこに、ケータイの着信音。

 シューか――と思ったら違った。レオだった。

 LINEを送ってきてやがる。

『今「IT」の第一部が終わったよ。これから第二部。演出がとても斬新。オリジナルにあったピエロという重要不可欠なアイコンを一切映像に出さないんだ。主人公達はピエロがいる前提で逃げたり戦ったりするんだけど観客には何も見えなくて、もしかしたら全部追い詰められた彼らの妄想かもしれないと見えなくもなく、それがまさに大人と子供の断絶を表現して――』

 今ここにあいつがいたら間違いなく小突き回しているだろう。そのくらいの間の悪さと空気の読めなさだ。

 だけどよく考えたら。こいつだけだな、こんなくそつまんねえ話をしてくるの。他のダチは俺と似たり寄ったりな連中だから、俺が興味を持てないような話一切しない。

 思えば貴人とシューもそういうところがあった。

 あの二人だけだったんじゃないだろうか。俺の友達で、俺に似通っていない奴は。

 そのうち貴人は、今はもういない……。



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