19話 パーティーの崩壊
重い沈黙だった。
アストラが出て行ってからどれだけ経っただろうか。
拳を握って肩を震わせるハルトに声をかけられる仲間は誰もいなかった。
親友であるダンですら今のハルトの気配には気後れするほどだ。
「……どうして」
ふと、ハルトが口を開く。
「どうしてアストラがAランク冒険者のバーツさんと……?」
アストラはDランク冒険者。
それも冒険者歴半年の新米だ。
剣の腕もなければ魔法の才能もない。あるのは使い物にならない恩恵だけ。
どこをどう見たらアストラに冒険者としての魅力を感じるのか、ハルトにしてみれば不明だった。
アストラが口八丁で実力を詐称しているとしか思えないが、ハルトはその可能性をすぐに否定する。
Aランク冒険者ともなると色々な場所に出向いて多種多様な人間と交流を持つ。
人生経験や培った直感力は常人の比ではない。ただでさえ隠し事が苦手なアストラに簡単に騙されるとは思えなかった。
「バーツさんがアストラの才能を見抜いた?」
自分でも予想外の視点に、ハルトは口にしてハッとする。
それならこの疑念は辛うじて説明できる。
だがそれは納得し難い憶測だ。
半年間なんの結果も出さなかったアストラが、ほんの数日間でAランク冒険者の目に留まるほどの何かを生み出せたというのか。
なにかがあったはずだ。きっかけとなる何かが。
過去のアストラと先ほど対面したアストラ。一体なにが違う。
確かにどこか垢抜けた雰囲気はあった。しかしそれでも頼りない子どもの素振りは変わっていない。
ハルトは思い出す。
エルファとアストラの会話。
まるで二人だけの秘密を共有するような。
「……エルファ」
底冷えするような声音だった。
俯いた顔を上げて、ハルトは視線を疑念の人物に向ける。
「なにを知っている?」
「なによ、急に」
「答えろ!!」
ハルトは人目もはばからず怒鳴った。
二人の会話からアストラの恩恵に関わる何かであることはわかる。
アストラの恩恵が一体どうした。エルファはアストラの目を見てなにを悟り、アストラはなにを弁明した。
エルファは目を泳がせると、視線を外して小さく答える。
「……なにも知らないわよ」
嘘に決まっている。
動揺しているのが見え見えだった。
エルファはアストラの何かを知っていて、その情報を二人で秘めている。
そしてきっとそれがアッシュ・バーツと関係している。
Aランク冒険者が求めるほどの何かがアストラにはあるのだ。
「そうか、そうなんだな」
ハルトは距離を詰めてエルファに言葉を吐き捨てる。
「君はバーツさんがアストラを気にかけていることを知っていたんだな。アストラと仲良くすればBランクパーティーに移籍できると、そう考えていたんだな」
「な、なに言ってるのよ! アストラがバーツさんと知り合いだったなんて私も今知ったわよ!」
取り乱して反論するエルファ。
ハルトにはその反応こそが自白に見えてならなかった。
「最近戦いに集中していなかった説明にもなる。どうせ僕たちのパーティーを抜けるのだから、本気で取り組む必要はないと手を抜いていたんじゃないのか!」
「そんなこと、あるわけないじゃない! 戦いに集中してなかったのは認めるけど、それとこれとは別の理由よ!
前にも言ったでしょ? 連日の仕事続きで疲れてたの!」
先日と同様にヒートアップするハルトとエルファ。
今にも胸ぐらを掴みかかる勢いのハルトをダンが押さえつけて、アリアが間に割って入る。
「落ち着いてください!」
「話し合いなら外でするぞ!」
冒険者ギルドで揉め事を起こすと後が怖い。
どんなペナルティーが課されるかわかったものではない。最悪ランク昇格の内申に響く可能性もある。それだけは避けたかった。
「話し合い? そんなの必要ない! もう終わりだ!」
「どういう意味よ」
ダンの腕を振り解き、ハルトは冷めた目でエルファを見つめる。
「そんなにアストラが気にかかるなら好きにすればいいと言ったんだ」
「だから、私は……!」
「もういい。これ以上の話し合いは無駄だ。僕たちにそんな時間はない」
ハルトはエルファの言葉を遮った。
もはや耳を傾ける容赦もない。
怪訝な顔をして黙るエルファに対して、ハルトは至って平静に言葉を紡ぐ。
「同じ街に生まれ、同じ夢を追い、同じ食卓を囲んだ仲だ。できることなら一緒に階段を駆け上がっていきたかった」
「……ハルト?」
「でも残念だ。裏切ったのはそっちなんだから、恨みはしないだろう」
「ねえ、ハルト。なにを言ってるの?」
数秒の瞑目。
思い出を噛みしめるように歯を食いしばるハルトは、長年連れ添ってきた仲間に向けて告げる。
「エルファ――――」
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