18話 僕の価値

「ちょっと待っててくれ」


「あ、はい」


 冒険者ギルドに到着すると、アッシュさんは受付口に向かった。

 結局、帰り道でガルフを見ることはなかった。

 少しだけホッとする。アッシュさんならオーガウルフなんてすぐに倒してしまうだろうし、僕が止めに入るのも解放した手前やりづらい。

 今ごろ自分の住処に帰って落ち着いているのだろうか。それとも狩りでもしてるかな。


「なにを考えてるんだ僕は」


 こんなことを考えても仕方ないのに。

 もう終わったことだ。僕には関係ない。

 頭を振って雑念を払い、手近な控え席に座ってアッシュさんを待つ。

 あの荷物の量だ。きっと換金には時間がかかる。


 今後の予定は未定。

 今のところアッシュさんのパーティーに入るつもりもない。僕がDランクと知って驚いてたから、もう僕に興味がないかもしれないし。

 正直そんなことを考えられる気力もなかった。僕の恩恵が僕の今までの理解と全く異なるから、詳細を確かめるための時間も必要だと思う。


 幸いなのは僕は腐ったわけじゃないということ。

 やるべきことはある。

 僕は強くならなきゃいけない。強くなれば今とは違う世界が見えるはずだ。


「……あれ」


 テーブルに置かれたチェスボードの駒を弄りながら思考に耽っていると、視界の隅で見知った顔ぶれが見える。

 討伐を終えた後だろう。アッシュさん同様に膨れた布袋を携えて受付口に向かうのはハルトさんのパーティー。

 当たり前だけどエルファさんもいる。昨日の今日で気まずい僕は、頭を伏せてなるべく主張を控える。


 僕は受付口のすぐ近くの席に座っているから、必然的にハルトさん達は僕の横を通ることになる。

 お願いだから僕に気づかないでくれ。酒屋を飛び出して以来だ。どんな顔をして面と向かえばいいのかわからない。


「ん? アストラじゃないか?」


 ダンさんの声がして、僕の肩が思わず跳ねる。


「ああ、本当だ。あの白い髪は間違いない」


 ハルトさんが同調した。

 アッシュさんも髪で僕を識別していたし、どうやらわかりやすい髪色をしているらしい。

 これまで自分の容姿に何か不満を抱いたことはないけど、今回ばかりは恨めしく思った。


 観念して顔を上げると、ハルトさんたちが僕の前で足を止める。

 どうしよう。まともに会話ができる気がしない。

 あまりにも居た堪れないから、僕は無意識にエルファさんの方に視線をやってしまう。

 エルファさんと目が合って、少しの間。

 初めは怪訝な顔をしていたエルファさんは、今度は目を丸くして僕を見る。


「……アストラ、あなたその目」


「あ」


 そうか。

 今朝のことを知らないエルファさんからすると、僕がまた恩恵を解除してガルフを野放しにしているように見えているんだ。

 このままだと大きな誤解を招いてしまう。僕は慌てて弁明する。


「もういないので! 帰してきたので。……大丈夫です」


「……そう、なの」


「……はい」


 僕は目を伏せて、それきり言葉を口にできなかった。

 エルファさんもそれ以上は追及してこない。

 僕の決断はきっと間違っていない。ガルフも、僕と関わったエルファさんも不幸にしないための選択だ。


「なんの話だ」


 ハルトさんが終わった会話に割って入ってきた。

 しまった、と思った時には遅い。

 僕の事情を知っているのはエルファさんだけで、ハルトさんたちからすれば今の話は全く理解できないものだっただろう。

 ハルトさんの表情を窺って見ると、怖いくらいに不機嫌な顔をしている。


「やっぱり君たち、その後も関わっていたようだな。いったいどういうことだ?」


 ハルトさんがエルファさんを問い詰める。

 エルファさんはムッと顔を顰めると、そっぽを向いて口を尖らせる。


「プライベートで誰と付き合おうが私の勝手じゃない」


「それで戦いに集中できてないんじゃないのか! アストラ、君もだ。いつまでも僕たちの邪魔をして――」


 なぜだかとても興奮しているハルトさんの矛先が僕に向いた。

 あまりの剣幕に身構えていると、僕の椅子の背もたれに誰かが手をかけてくる。驚いて振り向くと、そこにはアッシュさんがいた。


「待たせたなアストラ。……なんだこいつら、お前の知り合いか?」


 アッシュさんが聞いてくる。

 さっきまで熱くなっていたハルトさんは急に黙ってこちらを見ていた。


「えと、僕が以前所属していたパーティーの方達です」


 アッシュさんは値踏みするようにハルトさんたちを見ると、


「ほーん。……なんかパッとしねえな。Cランクってとこか?」


 当たってる……けど、パッとしないは酷いと思う。

 対してハルトさんは、アッシュさんの言動に怒るわけでもなく、幽霊でも見たような驚きの顔をする。


「Aランク冒険者アッシュ・バーツ……!? ど、どうしてあなたがアストラと!」


「俺のこと知ってるのか。以前の仲間だか知らねえが、コイツは俺が唾つけてるんでな。今さら勧誘しても無駄だぞ。な、アストラ」


「え、ええ!?」


 急に話を振られて僕は声を上げる。

 もう興味をなくしたと思っていたのに、まだ僕をパーティーに入れるつもりなのか。

 それにAランク冒険者って……。個人等級はパーティー等級よりも昇格が難しいから、Bランク冒険者パーティーのリーダーって聞いて勝手にBランクの冒険者だと思い込んでいた。

 Aランク冒険者なんて僕とは全く別次元の人間だ。

 ハルトさんが知っているってことは、アッシュさんは僕が思っている以上に大物なのかもしれない。


「それよか飯だ飯。腹減っちまった。俺いいとこ知ってんだよ、行こうぜ」


「ええ……?」


 腕を引かれ、僕は半ば強引に席を立つ。

 俯いて震えるハルトさんを横目に僕はアッシュさんと共にギルドを後にする。

 なにが起きているのかわからない。ハルトさんはなにか言いたげだったけど、もしかしたらマズいことをしたかもしれない。


 しかしそれよりも気にかかることがある。

 僕は前を歩くアッシュさんに言葉を投げる。


「あの、僕はDランクだってさっき言いましたよね」


「ああ、言ったな」


「じゃあどうして僕をパーティーに? あの時は隠してたんですけど、僕はパーティーをクビになったんです」


「だからどうした?」


「だからって……」


 どうしてこの人は平然としているんだ。

 Cランクパーティーをクビになった新米冒険者なんて、誰が見たって鼻で笑うような無能なのに。


「関係ねえよ。だってお前、強えじゃん」


 足を止めてしまう。

 この人は今なんて言った。


「あのハナタレにはわからなかったようだがな。俺くらい場数を踏めば、空気でなんとなくわかる。

 お前は強い。俺がBランクと勘違いするくらいにはな。……いや、お前だったらすぐにBランクくらいは行くだろうよ」


 確かに僕の恩恵があればBランクには届くかもしれない。

 でもこの人には僕の恩恵については何一つ教えていない。本当に空気だけで実力を見切ったのだろうか。


「僕は冒険者に向いてますか。僕は強くなれますか!」


「冒険者に向いてる人間なんて知らねえが、お前は強くなるよ。少なくともあのCランクどもよりはな」


 アッシュさんはそう言って笑った。

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