17話 味気ない達成

 第八階層にたどり着いた。

 道中で捕まえた魔物はタイミングを見計らって放棄した。

 支配する魔物の数が多いほど魔力の消費が激しい。新しい発見だ。

 念のために持っていた魔力薬がなければ危なかったと思う。


 とはいえ、僕は無傷でたどり着いた。

 血塗れになって死にかけていたあの時とは違う。

 力を正しく使えば、僕はここまで難なく進めたんだ。


「着いたよ」


 僕は語りかける。

 彼には一度も戦闘に参加させていない。

 ダンジョンの生態系は地上と同じで弱肉強食だ。傷を負っていては生存競争が不利になる。せめて五体満足の状態で帰したかった。


 彼はこちらを静かにじっと見上げている。

 これは意識を支配されているせいだ。

 本当は今すぐにでも僕に襲いかかりたいに決まってる。


「いままでごめんな。これでさよならだ」


 一度だけ頭を撫でる。

 硬い毛並みだ。体温も熱いほどに高い。

 魔物なんだ。動物とは違う。まして、犬のように扱っていいわけがない。


「じゃあね」


 手を離して、僕は背を向ける。

 後ろを歩く足音は聞こえない。着いてきていない。

 せっかくだから『断崖の橋』まで向かおう。前回は結局たどり着けなかったから、心残りだったんだ。


 第八階層を抜けて、僕は吹き抜けの空間に出る。

 同時に恩恵を解除する。

 これで彼は元の魔物としての、ありのままの生活に戻った。

 この先で冒険者と戦って討伐されるかもしれない。

 でもそれは彼が自由に生きた結果であって、彼もきっとそれを望んでいるはずなんだ。これでいい。


「来ちゃった」


 僕の目の前に続く巨大な石橋。

 冒険者の登竜門。

 僕はパーティーで何度も渡っているから、新鮮味はあまりない。

 でも一人でここまできた。

 これで僕も一人前の冒険者ってわけだ。なんだか味気ないけど。


 橋の半ばまで歩いて、僕は下を覗き込む。

 まるで深淵だ。底になにがあるのかは誰も知らない。

 最下層に直通してるんじゃないかなんて囁かれたりもするけど、こんなところから飛び降りたら即死だ。確かめることはできない。


「……もうどこかに行ったかな」


 帰る時に鉢合わせるわけにはいかない。

 できればどこか別の場所に行ってて欲しいけど。

 しばらくは時間を潰すしかない。幸い『断崖の橋』には魔物がいない。ここは冒険者にとって休息地点としても機能しているんだ。


「お前、アストラか?」


「え?」


 突然声をかけられ、僕はびっくりして振り向く。

 声の主を見ると、それは前に僕を勧誘してくれた顎髭の冒険者。

 名前は確かアッシュさんだ。Bランク冒険者パーティーの。


「お、やっぱそうだ。その老人みたいな白い髪見て一発でわかったぜ」


「アッシュさん。お一人ですか?」


「ああ。ちょっくら小遣い稼ぎにな」


 そう言ってパンパンに膨れた袋を見せてくる。

 魔物の部位が入っているんだろう。

 さすがはBランク冒険者パーティーのリーダーだ。一人でもダンジョンに臆さない度胸と実力を持っている。


「アストラはこれから下に行くのか?」


「いえ、もう帰ります。Dランクだとキツいですし」


 魔力薬も尽きた。

 これ以上深追いすると以前の二の舞になる。

 今回のダンジョン探索は僕の力を確かめる意味合いもあった。

 結果としては予想以上。僕自身、僕の力に驚いている。

 もっと上手く使いこなせるようになったらどうなるんだろうか。


 アッシュさんは僕の言葉を聞いて目を丸くする。


「え! お前Dランクだったの!?」


「え、は、はい」


「マジか。Bランクはあると踏んでたんだがな……。ところであのオーガウルフはどうしたんだ?」


「……もういません」


「……そう、か」


 僕が答えるとアッシュさんは気まずそうに頭をかく。

 気を遣ってくれるんだ。

 ちょっと意外に思う。たった一日、ほんの僅かな時間しか僕たちを見ていなかったというのに。


「まあなんだ。俺も帰るところだし、一緒に地上に戻ろうぜ。

 あとでギルドに報告しなくちゃならんことだが、どうも魔物どもの様子が普通じゃなくてな。このダンジョンはしばらく規制した方がいいだろう」


「普通じゃない? なにかあったんですか?」


「心当たりがないわけじゃないが……確証もない。とにかく魔物がピリピリしてる。しばらく低ランクの冒険者は踏み入らない方がいいな」


 アッシュさんはそういうと、歩き始める。

 僕から見たらいつも通りのダンジョンだけど。

 アッシュさんはもっと深くまで潜っていたみたいだし、なにか見たのかもしれない。


「俺はギルドに寄るが、一緒に行くか? 飯奢るぜ」


「え、ええ? そんな、僕なんかに」


「遠慮すんなって! ここで会ったのも何かの縁だ。話したいことも色々あるしなあ」


 僕の背中を叩いて笑うアッシュさん。

 い、痛い……。

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