16話 再び挑む

 太陽が登る時間。

 僕は身支度を整える。

 上着を羽織り、膝当てを嵌め、腰にベルトを巻く。

 持ち物はいつもの短剣とダガー。携帯食料もいくつか腰のバッグに入れておく。それともしもの時のために魔力薬も一つ。


 窓を開け放つ。涼風と小鳥の囀りが心地いい。

 変わらない朝だ。

 なにがあっても、僕がどうなろうと、きっとこの世界は気にしない。

 それは優しくもあり、時に残酷にも感じる。


 深く空気を吸い込む。

 冒険の日、僕は決まってこうする。

 絶対に生きて帰るんだって決意するんだ。

 そうすれば明日も同じ景色が見られるから。


 しばらく部屋の空気を入れ替えて、僕は窓を閉める。

 振り返って僕の後ろに佇んでいるガルフに視線を合わせる。


「行こうか」


 今日、僕は僕の運命の場所に向かう。

 リーンベルグ王国最大のダンジョン『無限階層ラビリンス』。

 以前の僕は第八階層で命を落としかけた。

 再びそこまで歩むんだ。

 不思議と恐怖はない。一晩泣いて吹っ切れたのかもしれない。


 冒険の一歩は勇ましく。

 僕は冒険者だ。

 誰がいても、誰もいなくても、僕は僕なんだ。






 第一階層。

 階段を下りて広間に出る。

 僕以外の冒険者も何人かいる。大半はパーティーだ。

 ダンジョン攻略の基本は複数人で。冒険者ギルドがそれを推奨している。

 地上と違って閉塞的な空間で魔物と対峙しなければいけない。群れで行動する魔物と出会ってしまった場合、単独だと逃げることが困難になるんだ。

 そのためダンジョン攻略では、ダンジョンサポーターという一時的にパーティーに参加して一緒に戦ってくれる冒険者も存在する。

 別の国では多角的な面から攻略をサポートしてくれるダンジョンマネージャーなんて職業もあるらしい。


 ダンジョン攻略の人手需要はそれなりに高い。

 とはいえ、どれもお金がかかる。

 人を雇うだけの資金力があるのはそれなりに実績のある冒険者ばかりだ。

 ここにいる冒険者はみんな魔物に苦戦している。僕と同じ新米冒険者だろう。


「頑張れ」


 僕は呟く。

 初めはどんな魔物も強大で恐ろしく見えるものだ。

 僕だってその恐怖を乗り越えて今がある。

 別に自分が大した人間だとは思っていないけど、ここで苦慮を重ねることはきっと未来に繋がるんだ。


 僕は以前のように走って道を突き進んだりはしない。

 スタミナ管理もクソもないあんな所業は自殺志願と変わらない。我ながら正気じゃなかったと思う。


『シュルルルル』


 僕の前にも魔物がやってきた。

 クイックラビット。

 すばしっこいだけの魔物だ。ゴブリンとかの魔物に捕食されている。

 臆病ですぐに逃げる。『無限階層』で一番弱い魔物だと思う。


 放っとけばどこかに行くだろうけど、これから第八階層まで潜るとなると人手がいる。

 僕はクイックラビットの目を見つけて告げる。


「『一緒に来い』」


 ピクッと体が跳ねたクイックラビットはそれきり動かなくなる。

 僕は構わずその横を通り過ぎる。

 少しだけ振り向けば、僕の後ろをついて歩く魔物が二体。


「……本当にそうなんだ」


 これで僅かな疑念は完全に払拭された。

 僕は魔物を支配できる。

 格上相手にはなかなか通じないというのは変わらないけど、それでも強力だ。


「クイックラビット、あそこのウルフの群れを攻撃してくれ」


 僕が指示するとクイックラビットが飛び出していく。

 凄まじい速度で飛び跳ねて、ウルフの群れの一体に体当たりする。

 慌てて攻撃者に襲いかかるウルフの群れに僕は遅れて攻め込む。


「陽動しろ」


 命じて、僕は不意の一撃でよろけているウルフの眼前に立つ。


「『僕に従え』」


 意識を支配し行動を強制する。

 経験上、弱っている相手には効きやすいことはわかっている。


「お前は一体を。僕はもう一体をやる。殺すな、最悪時間を稼げばいい」


『ガウ!』


 ウルフが駆け出す。

 僕の力が通用している。

 手応えと実感をひしひしと感じた。

 

 振り向く。

 彼は静かに僕を見ていた。


「待ってて、すぐ終わるから」


 大丈夫さ。

 君は僕の友人だ。ひどい扱いはしない。

 君はそう思っていないだろうけど、僕の気持ちは変わらない。

 僕は君を無傷で帰す。僕の力ならそれが可能だと思う。

 以前のような無様は晒さない。君を支配した人間がDランクのひよっこなんて格好つかないもんな。

 僕はもう、誰にも負けない。僕は君を越えて君の物語の美談となる。


「見てて」


 僕は歩き出す。

 僕の力は魔物にとっては天敵だ。

 ダンジョンに僕の敵はいない。


 証明するんだ。

 僕は無能なんかじゃない。

 僕と過ごした君の時間は、無駄なんかじゃない。

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