9話 パーティーの亀裂
「どういうことだ?」
威圧する声音だった。
声の主はハルト。Cランク冒険者パーティーのリーダーだ。
ハルト一行はいつも通り魔物の討伐を済ませ、報酬を山分けして酒屋でミーティングをしている最中だった。
「どういうことって?」
ハルトの右腕のダンが問う。
誰がミスをしたわけでもない。いたって平時と変わらない仕事内容だったというのに、ハルトの機嫌はなぜだかすこぶる悪い。
「今回の討伐依頼に決まっているだろう。相手はキングゴブリンだったんだ。それを討伐に三十分以上もかけるなんてどういうことだと言っているんだ」
キングゴブリン。
ゴブリンの上位種。
Cランクの指定討伐対象にしてボスクラスの魔物。
「Cランクのボスクラスなんだ。そこまで悪い戦績ではないと思うがな」
「僕たちは『無限階層』で第二十階層を踏破したんだぞ。いまさらロボス・コモドラと同格の魔物に手こずるのはおかしいだろう」
「あの時は……いや、なんでもない」
言いかけて、ダンは言葉を飲み込んだ。
第二十階層を踏破した時。それはちょうど二週間程前、アストラがまだパーティーに所属していた頃だった。
アストラの力は魔物の撹乱に都合がいい。おかげで最小限の労力で奥に進むことができた。
とはいえそんなことをこの場で口にはできない。
みんなで話し合ってアストラは不要と総意を出したのだ。
ここで彼の力を惜しむような発言をするのは、ダン自身のプライドにも傷がつく。
「あの頃はアストラがいたでしょ。あの子の恩恵のおかげでなんとか辿り着けたってだけで、すぐにトンボ返りしたじゃない」
「おま……!」
せっかく伏せた内容を、ダンの横からエルファが口にした。
怒髪天のハルトに全く動じないのは腐れ縁ゆえか。
しかしエルファの言葉を聞いたハルトは平静ではなかった。
「アストラだと……?
あいつがいなくたって僕たちなら辿り着けたさ。アストラなんて所詮は荷物持ちのおまけだ。エルファだってそう言っていただろう」
「荷物を進んで持ってくれる頑張り屋って言ったのよ。曲解しないで」
「……アストラを庇うのか」
「別に、事実を言っているだけよ」
エルファはハルトと目を合わせようとしない。
最近はずっとこんな様子だった。
パーティーの空気は最悪だ。成長を妨げている原因を排除したというのに、未だに壁を乗り越えることができない。
たとえおまけと言ってもアストラにも役割はあった。仲間が一人欠けたことによる連携の乱れ、調子の違いはあるだろう。
本来なら焦らずゆっくり立ち回りを見直して堅実に仕事をこなすことがベスト。誰もがそれは承知している。
しかし今は時期が悪かった。焦れば本領を発揮することはできない。それを理解しておきながら、どうしても焦らずにはいられなかったのだ。
「あと半年後にはランク昇格試験があるんだぞ!
上位ランク冒険者の推薦もない以上、僕たちは実績をつくるしかないんだ! わからないわけじゃないだろう!?」
ハルトが立ち上がって怒鳴る。
ランク昇格試験は一年に一度だけ。
個人部門とパーティー部門に別れ、それぞれに試験が与えられる。
試験の内容と一年間の実績が加味され、条件を満たした個人あるいはパーティーはランクが昇格する。
「お、落ち着いてくださいハルトさん」
「アリアの言う通りだ。熱くなりすぎだぞハルト」
アリアとダンがハルトを宥める。
ハルトは一旦椅子に腰掛けてエルファを睨む。
「それにだ。エルファ、君は最近たるんでいるんじゃないか」
「そんなことないわよ」
「ある。心ここにあらずといった感じだ。普段なにをしていようが勝手だが、仕事くらいは集中したらどうなんだ」
「だから、ないって言ってるでしょ。私はいつも通りよ」
葡萄酒を飲みながら適当に答えるエルファ。
ハルトは目を細めて言葉を投げる。
「アストラがいなくなってからだ」
「……はぁ?」
終始視線を逸らしていたエルファは、思わずハルトに目を向けた。
「なんだその反応は。急に機嫌を悪くしたか」
「別にそんなんじゃないけど、なんでアストラの名前が出るのよ」
「言った通りだ。まさかエルファ、君はアストラに気があったのか? 僕がアストラを追い出してやる気が失せたか」
「だから、なんでそういう話になるのよ!」
今度はエルファが立ち上がって怒鳴る。
睨み合う二人。
ダンとアリアは必死に間に入るが、両者の熱が冷める気配はない。
「いい加減にしなさいよ! 連日続けて魔物討伐ばかり! こんな無茶なスケジュールじゃ本調子にもならないわよ!」
「この程度で音を上げていたら昇格なんて夢のまた夢だ!」
「昇格、昇格ってうるさいのよ! 別に今年ダメなら来年でもいいでしょ!?」
「歳を重ねれば昇格の難易度も上がるのは知っているだろう! 今年通る気概で挑まずしてどうするんだ!」
店内の注目を集めていることも構わず言い合う二人。
先に行動を起こしたのはエルファだった。
ポケットから出した金を乱暴にテーブルに叩きつけると、そのまま踵を返す。
「待て、話はまだ終わってないぞ!」
「もう終わりよ! 明日は休むから、私抜きで魔物とよろしくやってなさい!」
振り向くこともなく店を出ていくエルファ。
静まり返った酒屋はしばらくするといつも通りの喧騒を取り戻す。
残った三人は黙って食事を再開する。
アストラがいなくなってから、口論が増えた。わかっていながら、しかし口に出す者はいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます