5話 一緒に冒険者として
「やっぱりギルドに引き渡した方がいいかしら」
オーガウルフをマジマジと見てエルファさんが言う。
「殺しちゃうってことですか?」
「まあそうなるわね」
「それは……ちょっと可哀想です。僕のことを助けてくれたんですよね?」
「じゃあどうするの? 大人しくしてる理由がわからない以上、いつ暴れ出すかもわからない。危険なのよ」
どうするか、という問いに答えを返すことはできない。
魔物は動物とは違う。魔力を宿して凶暴化した立派な災害だ。
もしもオーガウルフが王都で暴れでもしたら、どれだけの被害が出るかわからない。それを連れている僕や、下手をすればエルファさんだって重い罰を受ける可能性がある。
僕はオーガウルフを見るが、向こうもこちらを見つめるばかりで何のアクションも起こしてはくれない。
まだ恐怖はある。冒険者として生きていく以上、魔物の危険性は誰よりも把握していなくちゃいけないんだ。
「お前はどうしたい? 元の場所に帰りたい?」
無駄だとわかっているけど、僕はオーガウルフに語りかけてみる。
案の定、特に反応することもなく。
仮にダンジョンに帰しても、いつか別の冒険者に討伐されるだろう。だったらひと思いにここでトドメを刺した方がいいのかもしれない。
僕は警戒しながらもオーガウルフに近づく。
「お前は僕の恩人だ。……いや恩獣? まあ僕の命を助けてくれた。できることなら僕はお前に生きていてほしいんだけど」
『グルル』
僕がベッドの近くまでくると、今まで無反応だったオーガウルフが突然立ち上がる。
「うわ!」
僕は驚いて後ずさる。
やっぱり襲ってくるのか。そう思ったけど、違った。
オーガウルフは僕には目もくれずに、ベッドから降りてラックに掛かっているエルファさんの鞄を鼻で突き始める。
「な、なにしてるんだ?」
執拗に鼻先で鞄を突くオーガウルフ。
僕が困惑してそれをみていると、エルファさんが顎に手を当てて呟く。
「……まさか」
エルファさんは鞄を掴み取ると中から小袋を取り出す。
するとオーガウルフはエルファさんが持つ小袋を食い入るように見つめる。
「なんですかそれ?」
「保存食の干し肉よ。この子お腹空いてるのかしら」
「ま、まさか。空腹だったら僕たちを襲うでしょう」
「普通に考えたらそうだけど……」
エルファさんが右に左にと小袋を移動させる。
連動する様にオーガウルフの首も左右に揺れる。
どう見ても干し肉を欲しがっている。
「やっぱりこれが目当てか」
小包から干し肉を一つ取り出してオーガウルフに見せるエルファさん。
「エルファさんまずいですよ。腕ごと食べられたらどうするんですか」
「確かに危ないわね……だったら」
そう言ってエルファさんは干し肉をヒョイと投げる。
円を描くように放られた干し肉を視線で追っているオーガウルフは、それが自分の頭上にくると見事に口でキャッチする。
「おお……食べた」
「うまいうまい。ほらもう一個」
再び投げて、またキャッチ。
魔物を相手になにをしているんだろうか。とてもシュールな光景だ。
「まるでペットですね……」
「確かに」
いくつも干し肉を投げ、オーガウルフは一つも取りこぼすことなく食べた。
気づけば小袋は空になったらしくエルファさんがヒラヒラと振る。
「品切れよ」
『…………』
オーガウルフは鋭利な瞳でエルファさんを見る。
干し肉がなくなった。もしかしたら香辛料の匂いに誘われて優先的に食べていただけかもしれない。
ご馳走がなくなった今、次の餌は僕たちの可能性はある。エルファさんもそれを承知しているのか、いつでも魔法が使える体制になっている。
その後オーガウルフはしばらくウロウロと部屋を回り、窓際の床に座り込む。
「……襲ってこないですね」
「ちょっと不気味ね。本当になんなのかしら」
僕たちを捕食対象として見ていない。
本来はそんなことあり得ない。獣型の魔物は肉なら何でも大好物だ。人間だって見つければすぐにでも襲いかかってくるのに。
僕は意を決してオーガウルフの目の前でしゃがむ。
「お前は、人間を襲わないんだ」
『……グルル』
僕の言葉に返事をするようにオーガウルフが小さく唸った。
「そうか。そうなんだ」
恐る恐る手を伸ばす。
少しだけ鼻に触れてみるけど、それでも無反応。
ちょっと撫でてみる。
「……エルファさん。このオーガウルフ、僕の〝従魔〟にします」
「正気なの? 確かに調教された魔物を連れてる冒険者はいるけど、この子は無調教なのよ。いつまで大人しくしてるか……」
「僕がこれから調教してみます」
「知識もなく簡単に調教できたら調教師なんていないわよ」
「僕は一人だ。だったらこのオーガウルフと一緒に冒険者として頑張りたいんです。知識はこれから身につければいい。時間はたくさんあるので」
振り返ってエルファさんを見る。
僕は本気だ。
なにもかもダメだと思っていたけど、オーガウルフはそんな僕の命を助けてくれた。この出会いにはきっとなにか意味があると僕は思う。
「……はあ。好きにしなさい。一度は助けたけど、次はどうなっても私は知らないわよ」
「はい、ありがとうございます。エルファさん」
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