4話 僕は強くなる
「すごい、体が軽いです!」
「やっぱり魔力枯渇だったか」
エルファさんから受け取った魔力薬を飲んですぐ、僕の体は不調だったのが嘘のように回復した。
空のコップに水を注がれたような充足感。エルファさんたち魔法使いはみんなこんな症状と隣り合わせで戦っているなんて、本当に驚きだ。
「でもどうして僕が魔力枯渇に? 魔法なんて使ったこともないのに」
「わからないわ。人間の魔力を吸い取る魔物もいるけど、この辺りには生息してないし」
不思議なこともあるものだ。
完全に治ったからもういいけど、エルファさんがいなかったらあの苦しさに耐え続けないといけないところだった。
「ありがとうございます」
「別にいいわ。こっちもなんだか悪いことしたしね」
「悪いこと?」
「あなたをクビにしたことよ」
気まずそうに言うエルファさん。
そういえばそうだった。目覚めてから色々とありすぎてすっかり忘れていたけど、僕はもうパーティーに所属していないんだ。
僕はハルトさんのパーティーをクビになった。僕は無能として捨てられた。
エルファさんに助けられて、僕はなんだか安心していたんだ。もう一生顔を合わせることもないと思っていたから。
「……どうしてエルファさんは僕を?」
「あんな別れかた後味悪いじゃない。だからあなたを追いかけた……それだけ」
「それだけ、ですか」
「うん、それだけ」
そうか。そうなんだ。
べつに僕を呼び止めようとか、そんな気はなかったのか。
期待なんてしてなかったさ。僕だってバカじゃないんだ。エルファさんだけは僕に期待してくれていたなんて、そんな都合のいい話があるはずない。
「オーガウルフを連れてきたってことは『無限階層』に行ったんでしょ? 一人であんな場所に行くなんて、なんでそんな無茶なこと」
「僕は……」
言葉が詰まる。
あの時のぐちゃぐちゃになった感情が湯水のように蘇ってくる。
悲しい。悔しい。憎い。寂しい。
震える手でズボンを握る。目元が熱くなって、エルファさんを直視することができない。
「……認めて欲しかったんです。僕がいた半年間は無駄じゃなかったって。僕を仲間に迎えてよかったって」
「…………」
「僕にとって初めての仲間だったんです。みんなが僕のこと、使えないゴミだって思ってても、僕にとっては大切な……」
家族のような。
同じ夢を追い、同じ仕事をして、同じご飯を食べる。
冒険者パーティーは家族も同然だ。苦楽を共にして本音でぶつかって強固な絆を築いていく。
エルファさんは涙で服が濡れることも気にせず、僕の顔を抱き寄せる。
「理想を抱きすぎよ。これは仕事。ハルトもダンもアリアもみんな割り切ってる。もちろん私だって。あなたのそういう直向きなところは美点だけど、冒険者としては生きづらいと思うわ」
薄々気づいてはいた。
冒険者という職業は話で聞くほど華々しいものではない。
頼れる仲間と支え合って等級を上げて出世して、富と名声を欲しいままにする。そんなよくある美味い話。
この半年間の地道な努力で嫌でも思い知った。等級なんてなかなか上がるものではない。パーティーのランクも、個人のランクなんてなおさら難易度が高い。
ステップアップが芳しくなければパーティー内で揉め事が起きて、最悪解散することもあると聞く。
「みんなシビアなのよ。出世、出世、とにかく出世。冒険者は一般人が大富豪になれる唯一の道と言ってもいいわ。だから余計に、ね」
「……エルファさんも?」
「私は腐れ縁のハルトとダンに誘われて冒険者やってるだけだから、二人ほど躍起になってないわ。もちろんお金は欲しいけど。Cランクパーティーでも生活に困らないくらいの稼ぎはあるしね」
苦笑するエルファさん。
この人は才能があるのに天狗にならない。
いつも冷静に状況を分析できるのは、きっとみんなとは一歩引いた場所から物事を見ているからだ。
「僕は冒険者に向いてないですか」
「私の主観だけど、そうね。あまり向いてはいないと思う」
「……そうですか」
「諦めるの?」
エルファさんに問われて僕は考える。
パーティーをクビにされた今、僕に帰る場所はない。
こんな無能を採用してくれるパーティーもないだろう。
個人で頑張るにしても、僕には剣の腕も魔法の才能もない。頑張ってもボスクラスの魔物なんて倒せるとは思えない。
このまま冒険者を続けていても、僕はどこかですぐに死ぬかもしれない。
「諦めちゃダメよ」
ハッとしてエルファさんを見る。
アメジストのような綺麗な瞳が僕を射抜く。
「私はあなたの恩恵が無駄だなんて思わない。ハルトたちは過小評価しているけど、助けられた局面はいくつもあったわ。
みんなランクが上がらない焦りと苛立ちを、それっぽい理由をつけて誰かに押し付けたかっただけなのよ。だから、あなたは諦めないで」
僕の肩に手を置いて、エルファさんは言った。
まだまだ成長期とはいえ、僕の身長とエルファさんは同程度。必然的に顔が目の前にくる。
エルファさんは贔屓目に見ても可愛い。少しだけドキリとするけど、そんな空気じゃないから僕は真面目に目を合わせる。
「僕は、強くなれますか」
「それはあなた次第ね。でも、あなたの価値はすぐにわかる」
「どういうことですか?」
「物の価値っていうのは往々にして手放してからわかるものなのよ。誰も認めないだろうけど、これから私たちのパーティーはさらにスランプに陥るわ。
あのバカたちも少しは後悔するんじゃないかしら。最近は特に出世に目が眩んでてしょうじき鬱陶しかったから、たまには痛い目を見た方がいいのよ」
そう言ってエルファさんはおどけて笑う。
僕を励ましているんだ。すぐにわかった。
この人は本当に優しい。
たかだか半年間。それも特に役に立たず、迷惑ばかりかけた。そんな僕をこうして助けて慰めてくれて。
どうしようもない不安が消えて、心が軽くなる。
「エルファさん」
「うん?」
「僕、強くなります。一人でも。みんなが僕と過ごした半年間を誇れるくらいに、絶対に強くなります」
「……うん」
もう後悔しない。
誰も僕を認めなくたって、僕だけは僕を否定しない。
僕は僕の可能性を諦めない。
「それで、このオーガウルフどうしましょうか」
「あ」
すっかり忘れていた。
ベッドの方を見ると、オーガウルフはこちらを見つめたまま置物みたいに全く動いていなかった。
黄金色の瞳と視線が重なる。なにを考えているのか僕にはわからない。
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