3話 命を助けてくれたのは
重い。
意識が浮上して、一番初めの感想はそれだった。
どうやら僕は生きているらしい。
魔物の目の前で気を失ったというのに、どうして生存できていたのかは不明。
どこかの冒険者が助けてくれたのかもしれない。
僕はまだ生きている。それは素直に喜ばしい。
でもなんだろう、そこはかとなく体が重い。
胸に強い圧迫感もある。あとなんだか獣臭い。
状況を確認するために目を開いてみる。
仰向けに倒れた僕の視界に飛び込んできたのは、黄金色の大きな瞳。
そして僕を見下ろす牙を剥き出しにした狼の顔。
胸の圧迫感は前足を乗せているからで。
なにが起きているのか理解した僕は、力の限りに叫ぶ。
「うわあああああオーガウルフ!!」
そうだ。
僕が気を失う直前に認識したであろう魔物だ。
まだ捕食は終わっていなかったのか。というか全く時間が経っていないのか。
とにかくせっかく生き延びたと思ったのにまた死の恐怖に怯えるのは嫌だ。僕は体を捩って抵抗する。
オーガウルフの前足は案外あっさりと離れて、僕は必死でもがく。
「だ、だれか! 助け――――ぐえっ」
がむしゃらに手を伸ばして暴れていると、僕は段差のある場所から落ちた。
ゴツンと鼻を打ってのたうち回る。
痛い。どうして僕ばっかりこんな目に遭わないといけないんだ。
「なにやってるの、あなた」
「ううう……え?」
鼻を押さえて悶えていると、僕の頭上から声が降ってきた。
女性の声だ。
僕は視線だけを声の主に向けて確認する。
ゆるりとウェーブのかかった紫色の長髪。
ちょっぴり強気な印象を抱かせる目。
僕よりも年上だけど、僕と比べてやや身長が低い女性。
「え、エルファさん!?」
想像もしていなかった人物が目に入って、僕は驚きのあまり声が裏返った。
ハルトさんの冒険者パーティーに所属する魔法使いのエルファさんだ。
魔法による補助と遊撃を行う縁の下の力持ち。僕は何度もこの人に迷惑をかけたし、助けたれた。
「どうしてエルファさんが」
「どうしてもなにも、ここは私が借りてる部屋よ」
「そ、そうなんですか?」
改めて部屋を見渡す。
僕が段差だと思っていたのはベッドだった。
それに簡易的な机と姿見。クローゼットなど。
間違いなくここは宿だ。
僕はエルファさんに命を救われた?
思い返してみると、酒屋を飛び出す直前にエルファさんが僕を呼んでいた気がしなくもない。
しかし僕はハッとする。
助けられたというなら魔物がここにいるのはおかしいじゃないか。
僕はベッドの上に乗っている巨体の獣を指さす。
「エルファさん、オーガウルフが!」
「ああ、そいつね」
「ああ、ってなんですか!? はやくやっつけないと!」
「よくわかんないから今はいいわよ」
「はい!?」
やれやれといった様子で首を振るエルファさん。
そのまま椅子に腰掛けてしまう。
僕は慌ててエルファさんの側まで駆け寄って、オーガウルフから距離を置く。
「……あなた、なにも覚えてないの?」
「な、なにがですか?」
「あのオーガウルフのこと。あなたから聞こうと思ってたんだけど」
「知りませんよ! 僕にもなにがなんだか……」
「……ふーん。じゃあ自分がどうやって助かったのかもわからないのね」
「エルファさんが助けてくれたんじゃないんですか?」
「まあ助けたといえば助けたけど」
なんだか煮え切らない様子で答えたエルファさん。
顔を見ると眉間に皺が寄っていた。不機嫌だ。
「あのオーガウルフ、あなたを街中まで運んできたのよ」
「……え?」
「本当になにも覚えてないのね。まあ意識なかったししょうがないのかもしれないけど」
エルファさんはため息を吐いて頬杖をつく。
「私があなたを見つけたのは街中。あなた危なっかしいし、なに仕出かすかわからないじゃない。だから飛び出してったあなたを追いかけて探し回ってたの。
一時間以上探したと思うわ。市場の方で人だかりができてるのが見えたから気になって覗いてみたの。そしたら……」
間を置いて、エルファさんが言う。
「血だらけで倒れているあなたを見つけたってわけ。おまけにそこのオーガウルフもね」
「オーガウルフも?」
「そうよ。
あのオーガウルフ、あなたを守っている様だった。それはもう大暴れで誰もあなたに近づけようとしなかった。
冒険者も集まりだして討伐されそうになってた時に、隙をついて私があなたに応急処置で
僕はオーガウルフを見る。
動く気配はない。こちらに目を向けて、ただそこに佇んでいる。
「他の冒険者には調教された個体だってことにして、とりあえず私の宿まであなたと一緒に運んできたってわけ」
「……そう、だったんですか」
信じられない。
あのオーガウルフは僕を襲おうとしていた魔物で間違いないはずだ。
どうして僕のことを地上まで運んでくれたのか。どうして今もなお僕たちを襲わずに静かにしているのか。
エルファさんの宿で目覚めた経緯はわかったけど、考えれば考えるほどに複雑に思える状況だ。
「なんだか頭が痛くなってきました」
「奇遇ね、私もよ」
「眩暈もしてきます」
「病み上がりなのよ。私の付け焼き刃の回復魔法じゃ治りきってないだろうし」
「呼吸も苦しい気が」
「……まって、それって魔力枯渇の症状じゃない」
「僕、魔法使えませんけど……あれ、体が重い」
視界が揺らいでくる。
思えば目覚めた時から気怠さはあった。
オーガウルフを目にしてそれどころではなかったから気にもしなかったけど。
僕は床にへたり込む。
立っているのが難しい。それほどに苦しい。
まるで砂漠の大地を休憩もなく走り続けたような消耗だ。体の内側が干からびていく感覚。
「まってて。ちょっと魔力薬持ってくるから」
立ち上がってどこかに歩き去るエルファさん。
僕は床に転がってボーっと待つことしかできなかった。
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