2話 僕はここで死ぬ
駆けて、駆けて、駆け抜けた。
すれ違う人たちの奇異の視線には目も暮れず、僕が目指すのはただ一点。
リーンベルグ王国最大のダンジョン『
長い歴史を持つリーンベルグ王国だが、このダンジョンの最深部に到達した者は未だ一人もいないと言われている。
どこまでも続く果てしない階層。ゆえに名のある冒険者パーティーがこぞってこのダンジョンに挑む。自分こそは最奥に至るのだと息巻いて。
この国を拠点にする冒険者であれば誰もが一度は訪れたいと思う場所だ。
ダンジョンの入り口に飛び込むと、僕は第一階層に出る。
整備が行き届いていて道は明るい。
僕の装備は短剣と予備のダガーだけ。仕事帰りだから大した荷物はない。
それでも構うか。
悔しい。
ただただ悔しかった。
初めから戦力外として見られていた。無能と笑われた。冒険者としての才能がないと決めつけられた。僕の半年間を無駄と言われた。
「僕だって!」
お前たちに言われなくたってわかってるんだ!
今となっては憎らしくて仕方ない人たちの顔を思い浮かべて叫ぶ。
目の前に第一階層の魔物、ゴブリンの群れが現れる。
邪魔だ。
僕は短剣を抜いてゴブリンに斬りかかる。思考の間はなかった。
急に仲間が斬り伏せられたことで混乱するゴブリンたちに次々と斬撃を浴びせていく。
『ギャア!』
乱闘の中で背後から襲いかかってくるゴブリン。
僕は振り向き様に言葉を放つ。
「『僕を見ろ』」
振り上げた拳を止めて硬直するゴブリンの首を斬る。
僕に注意が引きつけられる時、一瞬だけ相手は思考を停止させる。動きが止まるのは僕の力が作用した合図なんだ。
恩恵を駆使して一心不乱に剣を振り、いつの間にか六体のゴブリンの群れは沈黙していた。
「はぁ……はぁ……僕だって……」
ゴブリンなんて駆け出しの冒険者でも相手にできる。
けれど六体を一度に倒すなんて初心者には無理だ。僕だって冒険者としてそれなりに戦える。
証明するんだ。
僕は無能なんかじゃない。
僕の時間は無駄じゃない。
再び走り出す。
奥へ、もっと奥へ。
誰も到達したことがない場所まで行ってやる。
第二階層。第三階層。
まだまだ。
僕はパーティーで第十階層のロボス・コモドラを倒したんだ。低級の魔物なんて相手にならない。
第四階層。第五階層。
わかってる。
パーティーのランクと個人のランクは違う。
ハルトさんたちのパーティーがCランクでも、僕はDランクの最低等級。
一人じゃここが限界だ。
第六階層。第七階層。
すごい。一人でこんな階層まで来れるなんて。
やっぱり僕には才能があるんだ。個人でだってCランク相当の実力でないとここまで来れないんだから。
第八階層。
「…………あ、れ」
体が動かない。
僕、なにやってたんだっけ。
そうだ。ちょっと休憩して、壁に寄りかかっていたんだ。
でもどうして動かないんだ。おかしいな。
視線を落として身体を見る。
血だ。
どこを見ても、血、血、血――――。
だれの?
「ぼく、の……?」
こんな傷、いったいいつどこで。
記憶にない。
思えばガムシャラに走り続けて、僕はここまでの記憶があまりなかった。
どうやら気づかないうちに無茶をしていたようだ。
「……はは」
思わず笑ってしまう。
どおりで動かないわけだ。僕、死にかけてるんだもの。
第八階層。それが僕の限界だったわけだ。途中からは魔物との戦いを避けて逃げに徹していた気さえする。
僕一人ではボスクラスがいる第十階層に到達することさえ叶わない。
これが身の程。僕の可能性。
ハルトさんは正しかった。
僕なんて所詮こんなものなんだ。Cランクパーティーの座に胡座をかいて、仲間に守られて、一生懸命に仕事をしてる気になって、自分の実力を誤解してた。
僕は地面に倒れ込む。
幾度も失敗して起き上がって、壁に手をかけて歩く。
視界がぼやけている。息が苦しい。何度吸っても酸素が足りない。
もうすぐ第八階層を抜ける。その先に第九階層へと続く『断崖の橋』がある。
それはリーンベルグ王国では冒険者の登竜門とされる地点。この橋を渡った先、第九階層へ辿り着いた冒険者は才能があると認められる。
せめてそこまでは行きたい。
誰に知られなくたっていい。僕だけは僕を認めて死にたい。
だからそこまで動いてくれ、僕の体。最後だから、お願いだから……。
「っ!」
小石につまづく。
辛うじて保っていた僕の体は糸が切れたように力が抜ける。
受け身も取れずに倒れ、凸凹の地面に頭を打って脳が揺れる。
もう、指先一つ動かない。
『グルルルル……』
霞んだ視界に魔物の影が見える。
たぶんオーガウルフだ。剥き出しの牙を持つ第八階層で最も厄介とされる魔物。俊敏で鋭い牙を持ち、獣型には珍しく単独で行動する。
僕が怪我一つしていなくてもオーガウルフから逃げることは困難だろう。
つまり、ここが終点。
格好の餌を見つけたオーガウルフが僕に寄ってくるのが肌でわかった。
目と鼻の先にオーガウルフの生臭い吐息を感じる。
まだ意識があるのに、生きたまま食べられるんだろうか。
嫌だな。恐いよ。
僕の人生ってなんだったんだろう。
どうして僕は冒険者になりたかったんだろう。
武勇伝、英雄への憧れ。富と地位。賞賛と受容。多くの大人が口にする冒険者への偏見が僕を形作った。
僕自身の理想ってなに?
そんな初歩的なことも知らずに僕はここまできたのか。そして知らないまま死んでいくのか。
違う。僕は死ぬのが恐ろしいんじゃない。僕はまだなにも知らない。なにも知らずに、なにも成せずに死ぬのが嫌なんだ。
「しに……た、く……ない……」
最後の力を振り絞って手を伸ばす。
地を這いずるんだ。
足を食べられても、臓腑を撒き散らしても、意識のある限り。
「だれ……か」
掠れた声を精一杯に出す。
死にたくない。こんなところで終わりたくない。
「……れ、か……だれか……」
――僕を助けて。
最後の声は口に出ていたかもわからない。
わかるのは、僕の意識が急速に落ちていく感覚。そして手を伸ばした先には誰もいないのだという予感だけだった。
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