1話 クビになりました
「アストラ、君はクビだ」
「……へ?」
いつもの魔物討伐の帰り、パーティーメンバーで夕食を囲んでいた時のこと。
リーダーのハルトさんが突然僕に言い放った一言に、思考が追いつかず間抜けな声を出してしまう。
「え、えと……いま……」
「クビだと言ったんだ」
クビ。クビって、どういう意味だっけ。
いらないって意味だ。
端的に仲間はずれにするための適切な単語。
そんな残酷な言葉、誰が誰に言ったんだ。
ハルトさんが僕にだ。
つまり、それって……。
「悪いな、アストラ。これ以上お前を抱えながら戦うのはキツいって話になったんだ」
ダンさんが申し訳なさそうに言う。
お荷物の自覚はあった。
このパーティーは向上心が高い。高難度の仕事を受けて、戦果を上げて、さらに高難度の仕事を受ける。停滞を知らない。
前衛のハルトさんとダンさん。後衛のエルファさんとアリアさん。均整の取れた理想的なメンバー構成に、囮役の僕は雑音でしかない。
でも、それでも、僕は精一杯頑張った。
魔物の注意を引いて、できるだけヘイトを稼いだ。
時には攻撃の起点として。時には援護の補助として。全く無駄な仕事をしていたとは絶対に思わない。僕は貢献していた。
「あの! 僕のなにが悪いんでしょうか。言われたら直します。もっと勉強して皆さんの役に立ちます!」
椅子を倒して立ち上がって、僕は声を上げた。
このパーティーに所属して半年。恩も愛着もある。
できることならみんなと一緒に全ての冒険者の夢であるSランクパーティーに成り上がりたい。
僕は必死に問いかけるが、ハルトさんは我関せずといった様子で僕と視線を合わせようとはしてくれない。
だめもとでダンさんを見るが、視線を逸らされる。アリアさんは貼り付けたような苦笑を浮かべるだけ。
どうして誰もなにも言ってくれないんだ。
「……そういう問題じゃないのよ」
ボソリとエルファさんが呟いた。
僕は聞き逃さず、それに反応する。
「それってどういう意味ですか!」
縋るようにエルファさんを見つめる。
葡萄酒をちびちびと啜りながらそっぽに目を向けるエルファさん。
これ以上答えてくれる気配はなかった。
なんで、どうして……。
「とにかくだ。アストラ、君は今日をもってこのパーティーから除籍する。この半年間、君はよく働いてくれた。君であれば他のパーティーでも十分にやっていけるだろう。自信を持って、これからも邁進してくれ」
ハルトさんが捲し立てるように話を切り上げた。
なんだよそれ。
そんなこと言うんだったらクビにしなくたっていいじゃないか。
「これはせめてもの気持ちだ。受け取ってくれ」
そう言ってハルトさんは小袋をテーブルに置く。
手に取って中身を見ると、五枚の銀貨。
たった五枚だ。数日の仕事で稼げてしまう。それなのに、僕にはとても重たく感じられた。
それから僕たちは最後の食事会と称して夕食を再開した。
僕はもうなにも言わなかった。お金を受け取ってしまった以上、形式的にも納得するしかなかった。
何事もなくいつも通りに戻る面々。愉快に騒ぐダンさんと宥めるハルトさん。呆れるエルファさんと微笑むアリアさん。……そして一線引いて眺める僕。
「お手洗いに行ってきます」
いつも通りの空気が逆に居た堪れなくなり、僕は席を離れる。
なにをやっているんだろうか、僕は。
最後なのに。たくさんお世話になったのに。僕が至らないばかりにみんなを苦労させて、食事の席くらい笑って過ごせないのか。
そうだ。せめて最後くらい楽しくしなくちゃ。いい思い出にしなくちゃ。みんなにマズいご飯を食べさせるわけにはいかない。
僕は深呼吸をしてみんなのもとに戻る。
「――しかし、本当に使えなかったなアイツ」
足が、石のように固まる。
手洗い場の仕切りを隔てた向こうから、ダンさんの声が聞こえた。
僕の話をしている。すぐにわかった。
「ああ。希少な
ハルトさんの嘲笑混じりの声。
あんなに優しい人からは想像ができないほどに、人を見下した声音だった。
そうか。僕は初めから期待されてなかったんだ。単なるステータス。恩恵者が所属するパーティーは注目されるから。
『そういう問題じゃない』
エルファさんが言いたかったことがわかった。
僕は歓迎されていなかったんだ。誰も僕を仲間だなんて思っていなかった。
気づくと、僕の視界は歪んでいた。
目頭が熱くなって、頬に止めどなく伝う水の感触。
僕はバカだ。無能でもできることはあるって信じてた。自分には可能性があるって望んでた。誰も僕に期待なんてしてないのに。
「使えない恩恵のくせに戦闘力は皆無。魔法も使えない。本当にどうしようもないよ。冒険者としての才能がなに一つない」
「なにが悪いって、指摘してたらキリがないもんな。困っちまったよ」
「全くだ」
笑うみんなの声。
僕を笑っている。僕は、笑われている。
拳を握って歯を食いしばる。悔しくてたまらなかった。
そうだ。なにもない。僕にはなに一つとして才能がない。
『レッドアイズ』
僕の恩恵。
魔物の注意を引きつける、それだけの力。
それも絶対ではなく、時には効果が現れない場合もある。
僕に注意を引きつけても誰かが一撃を入れれば効果はなくなる。
確定ではなく持続性もない。これを無能と呼ばずしてなにをそう呼ぶのか。僕にだって自覚はあるんだ。
自分の欠点を補うためにたくさん勉強した。
戦闘の立ち回り。道具の使い方。魔法の才能は確かにないけど、知識はあって困るものではない。そう信じた。
「まあ厄介なお荷物がいなくなってようやく身軽になった。これでBランクを目指せる」
「そうだな。半年間を無駄にしたんだ。もっと仕事をこなさなくちゃいけない」
無駄。僕がいた半年間の全てが。
その瞬間、僕の中の何かが切れた。
頭の中がぐちゃぐちゃになった僕は店を飛び出す。
「アストラ!」
誰かが僕を呼んだ気がした。
そんなはずはないのに。
だって僕は、誰にも望まれてなんていなかったんだから。
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