紅眼の魔王――無能と呼ばれてパーティーをクビにされたけど、僕の本当の力をまだ誰も知らない――
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プロローグ たったそれだけの力
「ダンさん! お願いします!!」
「おう!」
四方が閉鎖された完全な密閉空間……ダンジョンと呼ばれるそこで、僕たちは巨大な魔物と戦っていた。
敵は第十階層のボスクラス、ロボス・コモドラ。コモドドラゴンという最低竜種の親玉だ。
この魔物の最大の特徴は、竜種でありながら人間に近い形状をしていることだ。そのため、魔物狩りというよりかは巨人と戦っている感覚に近い。
「喰らいやがれ、トカゲ野郎!」
筋骨隆々の男、ダンさんがロボス・コモドラの頭上まで跳躍して巨大な斧を力いっぱいに振り下ろす。
紅い残光を残しながら振り下ろされる斧は、そこらの鉄程度なら一瞬で溶解して粉砕する威力を持っている。
「グガァァアアア!!」
「うおっ!」
しかしその一撃は、ロボス・コモドラが片手に持っている大剣によって軽く弾かれてしまった。
だが、
「いまだ! ハルト!」
「ああ、腹ががら空きだぞ!」
ダンさんの攻撃を防ぐために得物を上空にかざしたことによって隙ができたロボス・コモドラの腹部を、パーティーのリーダーであるハルトさんが直剣で斬りつける。
雷のような黄色い光沢を散らしながら振るわれた剣は、ロボス・コモドラの竜種特有の硬い皮膚を容易く切り裂く。
「グァァァアアアアア!!」
横一線に血を噴き出している腹を片手で押さえて、痛みに耐えるように体を小刻みに震わせるロボス・コモドラ。
しばらく大人しくなるだろうと判断したダンさんとハルトさんは、体制を立て直すために後ろに下がる。
「
「任せて」
ハルトさんが声をかけると、仲間の魔法使いのエルファさんはすかさず詠唱を行う。するとハルトさんの剣が熱を宿して発火する。炎の付与魔法だ。
「グ、ォオオオ……」
低い唸り声を上げながら、自身に傷を負わせた人間を睨みつけるロボス・コモドラ。その目は真っ赤に血走っている。
「すごい、凄いです! 効いてますよ!」
僕はみんなのもとに駆け寄って興奮した声を出す。
僕、アストラ・フリートはリーンベルグ王国の冒険者パーティーに所属している。パーティー等級は下から数えて二番目のCランク。まだまだ成長途上だけど、みんなとても強くて向上心がある。
このパーティーの中では僕は一番の新参で、所属したのは三ヶ月前。
冒険者に憧れて片田舎から王都にやってきて、右も左もわからなかった時に声をかけてくれたのがこのパーティーだった。
運が良かったと思う。
みんなとても優しくて、新参者の僕にも親切に色々と教えてくれた。
返しきれない恩を感じている僕は、みんなの役に立つために日々努力している。
今回はパーティー初のボスクラスの魔物との交戦。
僕は前線で戦うタイプではないからサポートに徹する。せめて少しでもみんなが立ち回りやすくなるようにするのが僕の仕事だ。
「生半可な攻撃は効きそうにないな、常に全力でいくしかねえか」
「辛いけど、そうみたいだね」
緊張が走る。ここからが本番だ。
ダンさんとハルトさんはお互いに顔を見合わせ、
「はぁああああ!」
「うぉおおおお!」
ロボス・コモドラに劣らぬ勇ましい雄叫びと共に走り出した。
それに反応するように、剣を構えていたロボス・コモドラも体制を低くして地面を蹴る。
「グォオ!!」
「ぐっ!」
放たれた矢のように飛び出したロボス・コモドラは、一番の力持ちのダンさんを狙った。
すくい上げるように振るわれる大剣は、それを受け止めたダンさんをあっけなく空に弾き飛ばす。
そして空中で体制を崩すダンさんを追ってハイジャンプ。追撃として縦に一閃。
「させると思うか!!」
「──っ!!」
もうすぐで上半身と下半身が真っ二つになっていたところを、ハルトさんは直剣で大剣を叩くことによって軌道を逸らす。
「ぐあっ!」
「ダン!」
そのまま地面に落下したダンさんは背中を打ってしまった。
身体から嫌な音が鳴る。骨が折れたんだろう。息もできないほどの様子で悶えるダンさん。
もはや戦える状態にないダンさんを庇うように、ハルトさんはロボス・コモドラの前に立つ。
「回復、頼む!!」
「はい、ハルトさん!」
するとダンさんの周囲に緑色の光の輪が現れ、彼を飲み込むように輝く。
「ダン! 大丈夫か!?」
「……ああ、すまない。問題ない」
一分ほどかけてようやく動けるようになったダンさんは、むくりと起き上がって戦闘を続行する。
ロボス・コモドラは今まで戦ってきたどの魔物よりも強い。
初めてボス戦を経験したというのもあるのだろうけど、それでもそこら辺の魔物に比べて明らかにレベルが違う。
「狂化ってやつか……。話には聞いてたが、まさかここまで強くなるとは」
「さすが、ボスクラスというだけはあるね」
ロボス・コモドラは腹を切られたことに対する怒りで、先ほどよりも動きが激しくなっていた。ただ怒りにまかせた攻撃ならば隙が多くなって逆にありがたいのだが、そんなに都合よく事は運ばない。
ロボス・コモドラは低級竜種だが、それに引き換え人型に近い姿をしている。なので魔物として当然である本能のままの行動を、理性で御することができた。
怒り狂っても頭は冷静。誰にどうやって感情をぶつければいいのかちゃんと考えている。ひどく厄介な特性だ。
「グガァアア!!」
「来るぞ!」
「ああ!」
再び両陣がぶつかる。
黙って見ているわけにはいかない。
僕にだってしっかりと役割があるんだ。
僕は激しい戦闘に紛れ込んで邪魔をしないように大回りでロボス・コモドラに近づいていく。
刃を交えるみんなから少しだけ離れた場所まで走ると、瞳を閉じて深く空気を吸い込む。
念じる。強く。コモドドラゴンには効いたけど、ボスクラスの魔物に通じるかはわからない。それでもやるしかない。それが僕の唯一の役割なんだから。
瞼を開いて真紅に染まった瞳で敵を睨む。
「『僕を見ろ』」
ロボス・コモドラがピタリと静止する。
そして見つめるのは、襲いかかるダンさんでもハルトさんでもなく、僕ただ一人。
――効いた。
これが僕の力。
魔物の注意を引きつける、たったそれだけ。
他に用途はなく、魔物によっては効果がないこともある。
生まれながらに神の力の片鱗を宿した人間のことをそう呼ぶ。
恩恵者はそれだけでみんなから一目置かれる。才能という概念が曖昧な世界で、確固たる強みを持っているからだ。
けれど恩恵者だからといって、誰もが特別なわけではない。
恩恵は千差万別。一つとして共通するものはない。
能力の詳細や強弱は本人にも全ては把握できないと言われている。
特に厄介なのが、世の中には本当にどうしようもないほど役に立たない恩恵が存在するということだ。
誰も求めていない。自分すらも必要に感じない。そういう恩恵者はよく無能と呼ばれて笑われる。
開き直って一緒に笑う恩恵者もいるにはいるけど、僕にはそれがひどく情けなく思えてしまう。
みんなが言うように僕は無能だ。
恵まれない恩恵。
神の悪戯でゴミを押し付けられた、哀れな人間。
けれど、どんなに無能でも役に立つ局面はきっとある。
自分の才能を笑うことは本当の自分を否定することと同じだ。
例えその恩恵が使い時の少ないゴミ同然のものだったとしても。
僕は、絶対に僕の可能性を諦めない。
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