第14話
〜2121/08/28/17:03 シオン : ドーヴァー城〜
シオンで見つけたドアの世界で、徹たちは尋問を受けていた。
「率直に言うと【エレツ】という所からです」
「エレツ…う〜む…聞いたことがないな。それはローマのどこだ?」
「いえ、だからローマの人ではなくてですね」
カシャン…シュピッ!
「本当のことを話してもらおうかな?」
「ッ…!」
「チアキ!?」
〈やべぇよやべぇよ…〉
〈ワザマエ!?〉
〈何が起きたんや!?〉
〈短剣を魔法で作ったな…俺でなきゃ見逃しちゃうね〉
一瞬にしてチアキの喉に刃が触れる。刃の全体像が視覚野に遅れて到達し、それがチャーチルの右手に握られたナイフだとチアキは理解した。
「ローマの情報が少しでも欲しい故、君が有用であれば殺しはしない。だが、有用でないとなれば…」
「な、なぜそこまでローマだと決めつけるのでしょうか?」
「その理由を知らない事こそが、理由なのだよ」
何かしらの、ドーヴァーの人間でないと知らない情報があったようだ。このままでは一方的に決めつけられ、延々と問い詰められるだろう。
(俺の魔法ならこんな軍人くらい、ひねり潰せるのだが…それだと折角のイベントがなぁ)
尋問中のチアキを横目に、徹は配信の撮れ高を気にして救助を渋っていた。徹とランキングを競っていたチアキの実力であれば、一人でどうにでもできるはずだからだ。
と、その時…
カンカンカンカン!!
空襲警報!空襲警報!!
〈やべぇ!机の下に隠れないと…〉
〈ヒャッハー!スクランブルだ!誰か機銃手やってくれ!〉
〈中世で空襲?オーパーツか?〉
〈魔法で爆撃とかじゃね?〉
「何だ!おい、ジャック!情報を伝えろ!」
右手はナイフをチアキに突き付けたまま、チャーチルは左手を顔まで寄せ、腕時計らしきものに話しかけた。
『隊長!パドカレー方面より飛行魔術師の分隊が40、全て青服、接敵まで6マイルです!』
「青服の中隊だと!?やつらも本気を出してきたか。城塞守備隊を除き、全隊出撃だ!城塞守備隊は本城の防衛、及びロンドンへの伝令を頼む!」
にわかに城内が騒がしくなり、ガチャガチャという金属音と怒声が響き渡る。通信を終えたチャーチルはチアキを睨みつけた。
「これを知っていたわけか」
「いやそれは…私は知りませんでしたが…」
(ほぅ〜?これは面白くなってきたぞ…!)
争いの匂いに誘われ、徹の中に住まうイェフディの意識が目を覚ました。何しろ、シオンという未知の環境で初めての対人戦。ディアスポラの傭兵が食らいつかない訳が無いのである。
「私達にも戦わせてくれませんか?」
「ミリアム?そんな勝手なことを…」
「何だ?どう見ても戦える者には見えんが。それに貴様ら、戦闘中にスキを見て我らを殺すつもりだろう?」
「アハハハ、何を言っているんですか?私は…」
右手をチャーチルに向け、彼とお揃いのナイフを首元ギリギリに魔法で出現させる。ミリアムの超人ボディが成した一瞬の動作に、チャーチルは反応できなかった。
「ッ…!」
「いつでも殺す事ができたんですよ?」
「おいミリアム!?」
(ノッてると、意外にできるもんだなぁ。もうちょいナイフの出現が遅いかと思ってたんだが)
チャーチルは何かあり得ない物を見たかのように、目を見開いて硬直してしまった。そのせいか、左手の葉巻が手の内からこぼれ落ちる。ヒューっと自由落下を始め…チアキの右手に着弾した。
ジュッ…
〈アツゥイ!〉
〈うへぇ…熱そ〜〉
チアキは一瞬にして顔を不機嫌に歪ませ、慣れた手付きでチャーチルを床に組み伏せる。硬直して抵抗が無かったとはいえ、チアキの手捌きは見事であった。
「いつでも貴方を無力化できたのは、私も同じです。もう勝手にやらせてもらいますよ。結果を見て判断してください、それでは。」
不機嫌一色で顔を染めたまま、チアキは足早に詰所をでていく。組伏せたとき頭をぶつけたのか、それともチアキが魔法を使ったのか、チャーチルは気を失っていた。
〜2121/08/28/17:12 シオン : ドーヴァー沿岸〜
「接敵まで2マイル!迎撃準備よし!」
チアキに続いて城を出ると、甲冑を着た兵士たちが杖、弓、剣と各々の得物を手に整列していた。彼らの目は沖に向いており、その視線の遠く先に、夕日に照らされた空より青い絨毯が在った。
〈多すぎィ!〉
〈分隊が40個て何人くらい?〉
〈1分隊10人として4000人だな〉
〈これ、大昔の映像資料で見たことあるぞ〉
〈ロンドン大空襲か…〉
「ん、あれか?空飛ぶ絨毯か?」
「ちがうな、編隊を組んで飛んでいるようだ。多すぎてそう見えるだけだな」
「そんな事ぐらいわかってるって。マジレスすんなよ」
「無駄口叩くな。それで、お前は何で戦うんだ?」
「相手が飛んでるからアルテミスがいいんだろうけど…でもコイツも使ってみたいしなぁ」
徹は背中の長巻をおろし、鞘から抜いて掲げた。長い刃に夕焼けが射し込み、キラキラと徹の顔に照り返す。
〈何だこの刀、大太刀か?〉
〈いや、こいつは確か長巻とかいう奴だ〉
〈戦略ゲーでしか見たことない〉
〈ていうか近接武器でやるつもりなのか?〉
「お前、飛べるのか?」
「あー、そっかぁ…」
ゴーレムを召喚できたから、飛ぶくらいなんてことは無いはずだ。だが、どういうイメージを浮べればいいのか…
(見えない足場とか?それとも不可視の水に浮かぶとか?)
「飛ぶ感覚が分からないからイメージできないな。それさえ分かればなぁ…」
〈うーんこのイキリ〉
〈ちょっと調子に乗りすぎやろ〉
〈NFAでの飛行は何人も試してるが、結果は…〉
〈飛ぼうとするんじゃなくて、飛べる前提で3次元的に座標を移動するイメージをするんやぞ〉
〈なんだこの長文!?〉
〈これマジ?〉
〈ガチの奴が来たな、これの通りなんだぜ〉
投稿された長文コメントにコメント欄が沸き、徹の目に止まる。飛ぼうとするのではなく、飛べることが前提にイメージをするとは、なかなか考えたものだ。
(よし、俺は飛べる俺は飛べる俺は飛べる…)
「なんかブツブツ言ってるがどうしたんだ?」
「I can fly, I can fly… アイ・キャン・フルルラァァァァイ!」
雄叫びを上げながら、和装の少女が天高く飛び上がる。黄金に染まる異界の空を、夢想の躰で游ぎ始める。ユラユラ、フラフラと覚束ない浮遊に観客たちが息を潜めた。
〈マジで浮いたぞ…〉
〈飛んだ飛んだ!トオルが飛んだ!〉
〈なんだっそら!〉
〈初めて、なんだよな…?〉
「おいそこの娘、何をしているんだ!早く降りてこい!」
(ぐっ…なんとか飛べてる…のか?体が揺れすぎてる気がする…だが…)
だが、彼の心は揺れ動いていなかった。勇気を出して高みに登り、水面に現れた宝石たちが、胸をすく潮風たちが迎えてくれたからだ。
地平の彼方で、さあ鳥になれ、風を掴めと、日ノ本へ帰りゆく太陽が手を振ったからだ。
そう感じたのは勿論、NFAによる気分高揚という副次効果にすぎないが。
(ああ、NFAの副作用で気分まで飛んでしまったのか?こういうのも、悪くないな…!)
「揺れが落ち着いてきたぞ、その調子だ」
「あの娘…どう見ても素人の癖に、揺れを一瞬で抑えやがった」
チアキの声に反応して下を見ると、整列した兵士たちがこちらを驚愕の眼差しで見つめていた。
隊列の外では将校らしき男が、こちらを見ながらブツブツとつぶやいている。
「ミリアム、それじゃ浮いてるだけだ。飛んでみせろ」
「簡単に言うなよチアキぃ〜…初めてなんだぞ?」
「敵はもうすぐそこまで来ているが?」
(ぐっ…そうなんだよな)
沖の方に在った青い絨毯が青い壁に変化し、すぐそこに押し寄せていた。こちらまで残り2km程だろう。
〈せっかく初の対人戦なんだから、BGMでも流そうぜ〉
〈ナイスアイデアやなぁ〉
〈おぉ、リクエストいいか?〉
(BGMか…気分をもっと上げれば気分諸共飛べるかもな)
感情がキーとなるNFAの魔法では、かなり効果があるだろう。徹はウィンドウからプレイヤーを開き、ディアスポラでよく聞いていたユーロビートを選択した。
〈なんだこの曲!?〉
〈20世紀末に流行ってたダンスミュージックやぞ〉
〈たまにオープンヤードで上がってるな〉
(そうそう、これだよコレ。なんで今まで流さなかったんだろうな)
重厚な電子音に心臓が高鳴り、脈拍が加速する。NFAで高ぶっていた感情がさらに加速し、瞳孔が開かれていく。
「俺は今、猛烈にトびたい気分だ!!ハハハハハ!」
徹は感情に身を任せ、迫りくる青壁に飛びゆく像を描いた。軽快なビートにのぼせた脳が、強烈にイメージを出力し、徹の体に反映される。
「お、おいミリアム、気でも狂れたのか?…って速い!?」
「ヒュウゥゥゥ!気持ちいいぞぉぉぉ!!」
「そ、そこのお前!無許可の飛行は重罪だぞ!今すぐ…」
「まあまあ、放って置け。あんな面白い小娘がローマの犬なわけ無いだろう?」
「で、ですが…」
「さっさと持ち場にもどれ」
将校が見逃した異界の少女は、ドンドン敵部隊に迫りゆく。単騎で突っ込んでくる徹に、飛行魔術師たちは戸惑いをあらわにする。
「陸より飛来する敵あり!数は1!長柄の武器を持っています!」
「ああ、交渉役の類かもしれんな。全部隊、進行やめ!話だけでも聞かせてもらおう」
飛行魔術師たちは交渉役と勘違いしていた。徹はそんな事はいざしらず、急に停止した敵軍へ得物を構えて吶喊していく。
「さあ!長巻の錆になるがいい!アンタらにはなんの恨みもないがな!」
「…違ったようだな。こいつはただの気狂いだ、とっとと片付けてやれ!」
リーダーらしき男の声に、魔術師たちが杖を構えた。
「させねぇよ…っと!」
口を開きかけた一人に狙いを定め、一気に加速する。そして相手が反応できない内に、両手で長巻を斜めに振り抜いた。
「ドンナーシュラ…グァァァ!!?」
ミリアムの体と名工の技のせいか、一切引っかかることなく刃が通った。
「やべぇ、妖刀だわコレ…」
〈なんか顔が大変なことになってるぞ〉
〈ラリって来てるんじゃないか?〉
〈ちょっとエロいんだなぁ…〉
〈ていうかあのスピードに付いていけるドローンて何者?〉
〈ママお手製だそうだが?〉
徹の昂ぶった感情を、妖刀の如き切れ味が更にくすぐる。一瞬だけ刃を見つめ、長巻を構え直して周りに目を向けた。敵は少し距離を取り、徹を取り囲んでいる。
刹那、体の直感が背後からの危険を捉えた。
「…ッ!」
本能的に上空へ回避すると、元いた場所で火球が尾を引いていた。やはりこの体には存分に補正が掛かっているようだ。
「ヒィィ怖ぇ…ってまたかよ!?」
さっきの火球を皮切りに、相手は攻勢を掛けてくる。直感のアラートがうるさいほどに警告を出し、的確に体が回避する。
「クッソ…お前らさっきからウザすぎ!」
攻撃が手薄になった瞬間、リーダーらしき魔術師に突撃する。回避していた間に飛行の感覚を掴んだ結果か、それは目にも止まらぬ強襲だった。
「なっ!?アイスストー…」
「ダイアキュートッ!」
詠唱を遮り、高速で十字に斬り込む。鋭い2連撃が正中線を狩り、リーダーは一瞬で杖を手放す。
「リーダーがやられちゃったぞ?」
「だ、第1分隊長戦死!」
「くっ…第2分隊長の私が指揮を引き継ぐ!第1から10までの分隊はここで戦闘継続、残りはドーヴァーへ向かえ!」
敵の空気が明らかに変わり、熱い殺気が海上に噴出した。
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