第13話

〜2121/08/28/16 :18 シオン〜


 ザクッ、と小気味いい音がした。まだ誰も足跡をつけていない、まっさらな砂浜。【城】の隠し扉をくぐった先には、異なる世界が広がっていた。

 イニゴの時のように罠がある可能性があり、徹が一番乗りする事になったのだ。


「いっちばーん!ほらほら、この足跡!」


「はぁ、わざわざクソガキが演じてると思うと吐き気がしてくるな…」


「あ?何つったてめぇ」


「いや、流してくれて結構。それより周りの様子はどうだ?」


 あたりを見回してみる。降り立った浜は遠くまで続いており、ところどころに木組みの船着き場が広がっている。沖の彼方を見つめてみると、そこには朧げに平たい影が存在していた。


 浜の端、海の蒼と陸の緑との境界に、美しい白い壁が広がっている。それを見上げると、その正体が海に面した高くそびえる崖であるとわかった。せり出した崖のすぐ内側には、灰色の壁、そしてその向こう側には高い塔がそびえている。

 目を凝らすと、灰色の壁には上部にぽつぽつと切り込みのようなものが見つかる。銃を撃つための窓のようなものだろう。

 この大きな建造物は古い要塞の類のようだ。


 陸には、白壁とオレンジの屋根の民家が点々と建っている。その中に高い塔を見つけた。上部に大きな空間があり、その中心に受け皿のようなものが釣り下がっている。古い時代の灯台だろう。ふと、声色高く伸びる鳥の鳴き声が耳に届いた。


 隠し扉の先に広がっていたのは、港町だったのだ。


〈地中海みを感じるな〉

〈異世界というよりは、ヨーロッパの町に来た気分〉

〈ゲーム中盤とかで出てきそう〉

〈酒が飲みたくなってきたな〜〉


「特に何もなさそうだぞ?」


「スキャンとかそういう技はないのか?お前ご自慢の魔法で」


「そんな便利なものはない」


「ん〜…じゃあ、今から俺の言うとおりにして見てくれ」


 扉から少し乗り出すように、しかしあくまでも扉の先には踏み出さないように、チアキは掌を広げ腕を伸ばした。


「ほら、こうやって腕を突き出す」


「こうか?」


「そうだ。で、そこから目に見えない波を出すんだ。見えてもいいが、それだと相手に見つかるからな」


 チアキはその格好のまま、目を閉じ真剣な表情で念じ始めた。


「少し間をおいて、跳ね返って来ているはずの波をキャッチする。そして、波が帰ってくる方向とタイミングのズレ具合によって、そこまでの距離を割り出す」


「レーダーの原理か。でもそんなの人間に感知できるのか?」


「NFAの魔法なら可能だ。誰かさんのように大雑把な使い方だけじゃなく、こういう複雑な用途にも使える。まったく便利なものだ」


 かざしていた手をぐっと握りしめ、再び手を広げると、ホログラムのように円状のウィンドウが浮かび上がる。そこには、大雑把な地形が浮かんでいた。


「ゲームとかのマップみたいにキレイじゃないのな」


「当たり前だろ。レーダーの仕組みであそこまでできるわけが無い。だから、ドローンとか衛星が必要になる。ん、ドローン…?」


「ドローン…?」


 フッと、配信用カメラドローンに二人の顔が向く。


〈当たり前だよなぁ?〉

〈最初からなぜ使わなかったのか、これが分からない〉

〈お似合いですぞ、お二人さん〉

〈ウィンナー茹でてきた〉



  ブゥゥンとドローンが低く唸り、高度を上げていく。徹はメガネを操作し、カメラからの映像を地面に映写した。

 オレンジ色の屋根がパッチワークのように、小さな隙間を開けて並んでいる。所々に木造の小屋がぽつぽつと見つかった。

 

「配信見てたときから思っていたが、これ滅茶苦茶いいカメラドローンなんじゃないか?」


「ハハハ、それは勿論アナ…んんッ、『ママ』お手製だからな」


「ママ…?フム、なかなかのエンジニアのようだ。この軽さで超画質、スピードに低遅延…なにより無限と言えるバッテリー…」


「どういう仕組みなのかは、教えてもらってないな〜…ん?ちょっと待て、カメラのここ」


 ふと、映し出されたカメラ映像のある一点に、自分たち以外の人間が写り込んだ。軽装の鎧を着た男だ。

 撮っているドローンのことに気づいているのか、カメラ目線に見える。そして…弓をこちらに引いていた。


「あ、こいつガッツリ構えてるな」

「マズイ!」


 徹がドローンを操作して急降下させるのと、鋼鉄のブロードベッドが元いた場所貫いたのは僅差であった。刹那の後、ピシュッと言う音がドローンのマイクを震わせる。


〈落ち武者にはなりとうない〉

〈返し付の矢とか、シオンの生物はどんだけ殺意が高いんだ…〉

〈なにげにシオンで初めて確認された人間じゃね?〉

〈せやな〜大体予想はされてたけどな〜〉


 コメント欄が目に入り、ハッと初めてその違和感に気がついた。城からこの空間に入るドアは、いまチアキがしがみついている隠し扉以外、確認されていないはずだ。


 そして今までに報告されている空間の例では、一つの空間の出入り口は一つだけ。視聴者の言うとおり、カメラに映るその人物は、シオンの住人なのである。


「チアキ、どうする?」


「決まってるだろ。初めての人間なんだから、取りあえず意思疎通が出来るかどうか、試してみてデータを取らないと。掲示板で報告できないじゃないか」


「チアキにしては珍しいその奉仕精神はどこから来るんだ?」


「承認要求の為に決まっているだろう?」


「清々しく言い切ったな、このエゴイストめ」


「あのなぁ、ミリアム。5段階の欲求の内、下位3段階はエレツでは完全に補完されているんだ。実質的に生理的欲求と同位になる承認欲求を、追い求めてはいけないのか?」


 生理的に社会的欲望を追求し、それを正当化するチアキの持論に、コメント欄と徹の顔が凍り付く。


〈ん〜、間違ってはないな、うん〉

〈この回答は59点としておきます〉

〈あらら、チアキくん単位落としちゃうよ〉

〈ちくわ大明神〉

〈人間として何かを投げ捨ててしまっている…〉

〈それよりさっきのヒューマンはどーすんの〜〉

〈ん、なんかカメラ奥に見えるような〉

 

 自動追尾に切り替えていたカメラの先を目線で追うと、自分の背後、浜の彼方ににさっきの人物がいた。


「ん、後ろ?うわっ、こっち来てるな〜…見つかっちゃったドローンが問題なのか?」


「かもしれないな…お前の魔法で見えないようにできないのか?」


「そっか〜、それがいいな。うるさいから防音もしとこうか」


 ドローンに手をかざして、『入ってきた光をそのまま通し、内側からの音を遮断する』薄い膜で覆うイメージをする。ステルス迷彩の原理だ。

 うまく行ったのか、フッと手元にあったはずのドローンが消え、小さく鳴いていたモーター音も止んだ。


「よし、念の為カメラテスト〜。みんな、ミリアムちゃんが見えてるかな〜」


〈しっかり見えてるぞ〜〉

〈オタク特有の謎知識が活きたな〉

〈俺たち、消えたのか…?〉

〈シックスセ○スだな〉


「これでよし、と。ほら、そろそろ入ってこいよ」


「ふむ…じゃあミリアム、このドア板ぶっ壊してくれ。そうすれば閉じ込められることもないだろう」


「おぉ〜なるほど、確かに。ちょっと下がってろよ」


 チアキが退避したのを確認すると、徹は右手をゆるりとドアに向けた。そしてバヒュン!という騒音と、ガコンという嫌な金属音が鳴り響き、ドア板が城の内側へ吹き飛ぶ。あとに残されたのは木製の枠だけとなった。


「お前にしては控えめだったな」


「イニゴの例があるからな〜。思いっきりやると、ドアそのものが消し飛ぶかもしれないだろう?」


「ふむ、物質的なドアの存在が空間をつなぐトリガーになっていると。その可能性もあったわけか…」


 コンコンと枠を叩きながら敷居をまたぎ、チアキは浜に降り立つ。


「例の人物はどこだ?」


「ほらあそこだ、もう結構近くまで…ってチアキ?」


 チアキは背中の分厚い盾を左手におろし、スタスタと謎の人物に近づいていく。相手側は明らかに警戒しているように見えるが、チアキには一切の緊張を感じない。

 置いて行かれまいと、徹はチアキの後ろに少し離れてついていく。


 チアキが謎の人物に近づくと、相手は剣を抜いてこちらに向けた。


「すいません。少しよろしいでしょうか?」


「そこに止まれ、それ以上近づくな。さもなければこの剣が貴様を打つ」


「ええ…分かりました」


「後に居るそこの女もだ」


〈こいつは女じゃないんだよなぁ…〉

〈ひぇ〜怖いよぉ〉

〈こんな場面ゲームとか映像以外で見たことないわ〉

〈ピザ美味い〉

〈合理主義者のチアキが盾を選ぶとはなぁ〜〉

〈いや、きっと何か仕掛けがあるに違いない〉


「見ない顔だが、どこから入ってきた?」


「それはもちろん、あのドアですが?」

 

「ドアだと?何を言っている、ここは砂浜だぞ?」


 そう言いながら男は、チアキの指す枠だけになったドアを見た。砂浜にポツンと立つそれは、改めて見ると非常に違和感のある画である。


「何だあれは…?私が見張っていた時にはあんなものはなかった上、貴様らも居なかった」


「私たちはつい今しがたここに来たばかりなのですが…迷い込んだとでもいうべきでしょうか、ここが何処なのか分からないのです。よろしければ教えていただけませんか?」


「ここはブリテンの港、ドーヴァーだ。貴様らはローマの手先なのだろう。先ほどの鳥も魔道具の類ではないか?」


「ローマ?いえいえ、私どもはただの冒険者ですよ。ドアの向こうからの訪問者です」


 ブリテンといえばイギリスの島の名前であり、ドーヴァーはブリテン島のフランスと最も近い地域の名称だ。この空間は相当広いものなのではないだろうか?


(でもなんでローマ?ヨーロッパ一体がローマ帝国に支配されてた時代か?それに、魔道具とか言ってたな…これは面白くなりそうだ)


「ふむ…まあいい。とにかく、私と一緒に詰所までついてきてもらおう」


「いいでしょう、身の潔白を証明させていただきますよ」


(なんかチアキが敬語使ってると寒気がしてくる)



 男が先導するままに付いて行くと、崖上の要塞にたどり着いた。あの要塞は、実用に重きを置いた城塞だったようだ。


「チャーチル隊長、不審者を見つけましたので連れてまいりました」


「ご苦労だった、ジョンソン班長。しかし不審者とは、この者たちは何をしておったのだ?」


「魔道具らしきもので偵察をしておりました。ここが何処なのか分からない、ただの冒険者だ、などと嘘を主張しています」


「ふむ、偵察か…ジョンソン班長、下がっていいぞ」


「はっ、失礼します」


 埃っぽい詰所からジョンソンと呼ばれた男が出ていく。隊長を呼称された背の高い男は、机の引き出しから葉巻を取り出し、むくりと椅子から立ち上がった。二人を見定めるかのように、ゆっくりと近づいてくる。


「まず自己紹介しようか。私はラムゼイ辺境伯騎士団ドーヴァー国境防衛隊隊長、ディラン・チャーチルだ。」


 彼は肩書と名前を名乗ると、葉巻の吸口を噛み切り、さも当たり前かのように指先に火をともして葉を炙った。魔法だ。

 肩書から察するに、なんとなく予想がついていたことだが、この異世界には貴族様が居るようだ。つまり、国が存在するのだ。


 人間すら見たことが無い他のドアと比べると、このドアの世界がいかにスケールが大きいことか。


〈辺境伯ねぇ〜。貴族様がいるわけか〉

〈吸口を噛み切るなァ!カッター使えよ!〉

〈世界の規模が大きすぎる。これヨーロッパ全体くらいあるんじゃないか?〉

〈騎士様がタバコ吸うなよ…肺やられるぞ〜〉


「…っ、ふぅ〜。君たちはどこから来たのかな。素直に答えてくれ」

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